第137章 芋虫の季節 137-1 やってきた季節
また、この季節がやってきた。
やってきてしまった。
芋虫デー、いやバレンタインデーが。
カカオを大切に栽培する知的魔物フリークの存在により、この世界でもチョコレートは自給出来るようになった。
日本へも行けるようになったので、地球製のチョコや原料も輸入可能になったのだし。
資金も豊富なので各種高級チョコレートも仕入れ放題だ。
一般にもかなり普及してきたチョコレート。
当然の如くバレンタインデーも盛んになってきたので、アルフォンス商会は大忙しなのだ。
家宰のロドスも目一杯切り盛りしてくれている。
葵ちゃんの絵細工でも、事前の宣伝に励んでいる。
もう御母さんになったのに、相変わらずイベント大好き御姉ちゃんだからな。
女の子は大概こういう事が好きなもんだ。
だが、今年は事前に手を打っておいた。
「バレンタインデーにおいて、芋虫を原料に、あるいは味や匂い・形などを模したチョコの製造を禁ずる。
グランバースト公爵家当主並びにケモミミ学園学園長アルフォンスより」
この御触れは子供達の間で大変に不評だった。
特に我がネコミミ公爵令嬢には。
「パパー、おうぼうだー。
バレンタインデーからイモムシチョコをとったら、なにがのこるというの⁉」
「えー、そこまで言いますか。
もう芋虫チョコは勘弁してほしいなあ」
「まあまあ、あなた。
いいじゃない。
レミちゃんの芋虫チョコは他の人にも好評だったし。
あなたは食べなくてもいいっていう事にしてさ。
ね、レミちゃん」
「むう」
愛娘は、まだ大いに不満な御様子だったが、なんとかそれで手を打ってくれたようだった。
子供達は芋虫を大事に養殖している。
この季節にも手に入るようにだ。
どうも温室で育てると、冬でも立派に育つようなのだ。
普通は、たとえ温室といえども、この季節にはいないよな。
だが、この世界の芋虫達は立派に丸々と育っておられる。
「お前達、温室は芋虫を育てるための施設じゃあないんだからな」
「でも、その辺は生徒の自主性に任せてくれているはずだよね?」
一応、ケモミミ小学校児童会長を務めているトーヤが反撃してくる。
相変わらず痛いところを突くな。
「ああ、だから絶対に駄目だとは言わないがな。
どうせやるなら、学習性の高い熱帯性の植物とか、南海の綺麗な鳥とかにしてもらいたかったものだ」
「ふふ、まあそのうちに、それも考えておきましょう」
何故、普通の芋虫をそこまでして育てる。
せめて南方の暖かい地域でしか生育出来ない珍しい昆虫とかならいいのに。
まあ、それはいいのだけれど。
「なあ、頼むからバレンタインは普通にやってくれよ」
「おやおや。
日頃は子供の個性を貴ぶとかなんとか言っている御方が」
「お前らは個性的過ぎなんだよ!」
「あーっはっはっは。
園長先生、限りある人生は思いっきり楽しまなくっちゃあ」
「お前らは、ちょっと楽しみ過ぎなの!」
そんな俺の感慨は無視して、ケモミミ園ではチョコイベントに向かって邁進していくのだった。
そんな中でも、大人の部は快調に戦果を挙げていたらしい。
職員さんは大概が女の子で、冒険者は男が多いのだ。
当然のようにチョコが飛び交うシーンも多い。
これで結構カップルが成立したケースもある。
日頃のイベントにおける交流によるゴールのみならず、ここまでにバレンタインデーだけで、ケモミミ園では五組のカップルが成立している。
今まであまり馴染みのなかったチョコと、男女の特別イベントの威力は絶大だったのだ。
その他日常の付き合いの中からもカップルは誕生しているのだが、やはりこのイベントは強い。
あとは義理チョコなんかも多いようだ。
あれは御返しが怖かったりするのだが、なぜか俺のところにも寄越したりする奴がいる。
大体は手作りの奴だ。
どうやら作り過ぎて余った物らしい。
まあ義理だからいいのだけどね。
うちは自由な気風だが、チョコ要求の無理強いは禁止だ。
ここは女性の方が人数も多いので、義理チョコでいいなら貰えていない男性はいないようだった。
この世界で始めて間もないイベントなので、女性達も楽しく手作りチョコの製作に取り組んでいるようだし。
そのために離宮の厨房は女性陣に開放して、チョコの材料も使い放題にしてある。
本来なら芋虫チョコも自由に作ればいいのだが、どうしても俺に食べさせようと画策する奴らが何人もいるのでな。
その筆頭が、うちの娘ちゃんなのが頭の痛いところだ。
それでも俺はあの子の事を愛しているのだ。
でも芋虫は愛しておりませんので。
「というわけで、今年は地球へチョコを買い出しに行くぞ」
「へえ、日本製のですか?」
職員さんも興味があるようで訊いてくる。
「いや、チョコは外国産の方が美味しいよ。
砂糖が違うのが大きいな。
日本製のも見たいけどね」
「添加物とかは?」
その辺は俺がほぼ禁止しているので、トーヤから突っ込みが入った。
「一応、ハンボルト家から頼んでもらって、完全無添加の物を特注で作ってもらっているのだ」
「へえ、いいな」
「まあ人間、少々の添加物では死なないし、添加物無しだと日持ちが悪いとか見栄えが悪くなる可能性もあるが、一流メーカーなら頑張れば十分にやれる仕事だろう。
うちはアイテムボックスがあるから、日持ちの問題はそう関係ない」
それに、うちの子達に食べさせるなら、あまりおかしな物は食べさせたくないからな。
一応は公爵家なのだ。
それ相応の物を求めても問題はあるまい。
俺からの注文という事でヨーロッパ系のメーカーも協力的だ。
特にヨーロッパ社会では、たとえ異世界の身分といえども『公爵』という肩書は非常に重要視される。
どうやら、このアスベータという異世界に対してはヨーロッパ人が一番憧れを抱いているらしい。
一種のノスタルジーというものだろうか。
まあ、それもわかるような気もするのだが。
生憎な事に、この世界へ島流しにされていたのは貴族社会とは無縁な日本人ばかりだがな。
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