第134章 うどんの季節 134-1 うどん大師
リビングを出ると、山本さんが離宮の廊下で窓の外を眺めていた。
庭には雪が少し積もっている。
こちらまで遠征してきた幼稚園の子供達が、楽しそうに雪だるまを作っていた。
雪で作ったドラゴンやフェンリルなども並んでいる。
キメルやフェメルは子供達が雪を集める御手伝いをしていた。
農耕馬のように、体の後ろに即席で作った板を組み合わせた道具を括り付けて、上手に雪をかいて集めてきている。
こいつらって雪が大好きなんだよな。
全身もふもふ魔物だから、全然寒くないだろうし。
「いや寒くなってきましたね。
ちょっと庭まで行ってくるだけで、もう体が冷えます」
そういや、この人は四国出身の人なのだった。
うどん県のある瀬戸内海の方も気候は温暖だしな。
ここも地理的には、名古屋よりもちょい上の太平洋側と同じくらいだ。
静岡県なんかは、愛知県のすぐ傍の三ケ日で蜜柑が育つくらい比較的温暖なのだが、名古屋がとりわけ寒いんだ。
三河湾方面の蒲郡蜜柑もあるんだけどね。
愛知県は海沿いよりも山の手となる内地の方が寒い。
大寒波が来ると、愛知県内の他の大きめの都市区域は大丈夫でも名古屋市内は少し雪が積もる。
名古屋人は積雪一~二センチでもう大騒ぎするので、時にはメートル単位で雪が積もる雪国から来た人がその様を見れば大笑いしてしまうだろう。
東京だって五センチも積もったら完全に交通が麻痺しちゃうけどね。
東京も大阪名古屋と比べれば結構北方にある都市なのだが、あそこも二センチくらい雪が降っただけで、ニュースになるくらい交通に支障が出る。
愛知県でも山の手にはスキー場があるけどな。
俺が異世界へ来た時のキャンプ場は、そっち方面にあるのだ。
大雪の降る岐阜県の目と鼻の先にあるんだし。
静岡の伊豆半島なんかサボテン公園があったりワニ園があったりするくらいだから暖かい。
温泉といえば伊豆と言われるくらいなんで、地熱が半端ねえわ。
休火山である富士山の御膝元なんだしなあ。
「ああ、本当にね。
このアルバトロスも大陸の北側にある王国だし。
俺は昔から寒いところが嫌いでねえ。
まだ、この辺は温かい方だけど。
この離宮はエアコン魔法が効いているし。
あんまり気温の変化がなくてもいけないんで、エアコン魔法は館の中だけで、敢えて庭園とかはそのままの気温にしてあるんだけど」
「まあ常春の国にいると、みんなボーっとしちゃいますからね。
うどんが美味しい季節ではありますが」
「うどんかあ。
やっぱり、寒い時にはいいですよね。
日本にいた頃は一人で暮らしていたので、うどんをよく食べていました。
御飯って炊くと、お釜を洗わないといけないのが凄く面倒くさくってね。
あれは冷やかしておかないと、なかなか綺麗にならない。
御飯はもっぱら特売のパックライス派でしたよ」
「ははは。
一人で暮らしていると大体そうなりますわね。
コンビニ飯とか多いでしょうし」
「電子レンジの発するマイクロ波は栄養を著しく壊してしまいますから、コンビニ飯は食べない事にしていたんですよ。
ただでさ栄養が欠乏気味の貧しい食生活だったもので。
俺は、ほか弁の方がまだいいですね」
日本から色々と輸入できるようになったので、材料的にはわざわざ異世界産を使わなくてもいいのであるが、たまには変わったうどんを食べるのもまたいいもんだ。
うどんは小麦粉を使って作るために、主にパン食であったこの世界でも受け入れられた。
専門家の中の専門家である山本さんの指導も受けられたしな。
ラーメンの場合は「かん水」なども必要だが、うどんの場合はそういう特殊な材料が必要ないというのもある。
もちろん、アルフォンス商会が和食素材については完璧に販売しているので、ラーメンも普及してきてはいるのだが、あれはまた麺について奥が深すぎる。
うどんの方がシンプルな部分があって、そういう意味では親しみやすく普及しやすかった。
また、うどん出汁や醤油の汁ではなく、いわゆるスープで食べる事も可能だ。
ラーメンスープのような奥の深いスープではなく、自分達で作れるスープでも食べられる感じなのが大変受けたようだ。
定番は、俺がこの世界で最初に作らせた肉スープだ。
もちろん、今は日本から輸入されたうどんスープに汁の材料、出汁や醤油などもある。
おかしな混ぜ物の入った安物は一切持ち込まない。
口の肥えた王侯貴族もたくさん消費するのだから。
日本のメーカーに頼んで、特別料金に加えて開発費まで全部払って特別な物を作っていただいている。
その高額な商品が、却って日本でも人気になっていたりするのだ。
愛知県の昔ながらの製法で醤油を作っている業者には、契約して大量に作ってもらい輸入している。
蕎麦も、和風の食べ方が紹介されて以来『貧しい僻地で作られ貧民が食べる物』から『価値のあるグレードの高い料理』へとランクが上がり、地方の貧しい農民にも大いなる福音となった。
何しろ、各地で違った品種の蕎麦が存在するのだ。
思わず涎が垂れる。
俺はその価値について常に力説して回り、あの食道楽の魔王にあそこまで言わせるのかと貴族達の間でも関心を高めたのだ。
蕎麦汁はアルフォンス商会から買い、蕎麦自体は各地から取り寄せた物を自分で打ってみる御隠居なども増えたという。
中には汁さえ自ら作り上げ、石臼で蕎麦粉を自在に挽き、それを客に振る舞う通な貴族家の当主なども現れた。
「蕎麦をないがしろにする者は蕎麦に泣く」
そんな格言を作っている奴までいる。
もちろん、それはうちのエバンス爺さんの事だ。
彼が作った蕎麦は異世界日本にも輸出され、提携商品である『異世界食通エバンス爺さんの拘り蕎麦』として大手食品メーカーから好評発売中だ。
蕎麦も異世界産で、香り高く非常に美味しい。
日本の安い物と違って、ほぼ蕎麦粉ばっかりだし。
十割蕎麦は製作が本当に難しく手間もかかるので、俺の住んでいた街でも出していた店はあったが、一日十食限定などの客寄せのために振る舞われる高価な目玉商品でしかない。
俺も食った事がねえわ。
エバンス爺さんは、わざわざ日本まで泊りがけで行ってメーカーを監修し、あれこれなっていないと担当者が杖でポカポカとやられて折檻タイムだ。
コスト重視の大手食品会社における製品化なので、そこまでやれというのは酷なのだが、爺さんときたらまるで聞いちゃあいない。
日本の麺類を扱う名店だって、宣伝のためと割り切って食品メーカーと提携仕事をする際には相当妥協するような企画なのに。
本当に美味い麺を食いたかったら是非うちの店へという訳だ。
俺達客もわかっているから、そうするんだけどね。
とにかく、何かある度に現場の担当が「すみません。エバンス先生、すみません」と蹲りながら平謝りだ。
一応、うちのゴーレムをつけてドクターストップをかけさせるようにしているのだが。
もっとも、エリーンが助手についていった時などは、もっと手厳しいのだ。
あいつも蕎麦には非常に煩い。
食い物の味にだけは絶対に妥協しないからな。
そういや最初に蕎麦を打ち出した頃も、あいつは自力で打っていたっけな。
この前、リヒターの奴が仕事の合間に修行に来ていてエバンス爺さんに折檻されていた。
蕎麦はもちろんの事、うどんやラーメンまで叩き込まれている。
普通の人からみたら実に素晴らしい上達の速度なのだが、爺さんから見ると不満の塊のようだ。
爺さんは俺には絶対に文句を言わない。
一応は俺にも仕込もうとはしてくれたのだが、最初に蕎麦粉の扱いを見ただけで頭を振って「お前には一生無理じゃ」とあっさり見捨てられた。
異世界の食通爺さんからも蕎麦打ちをやる資格無しと認められてしまった日本人の俺。
少なくとも麺類の製造に関しては、日本人としての矜持は一切保てなかった。
まあそれに関しては、異世界でも最初っから駄目駄目だったしなあ。
だからこそ、こっちの人にうどんを作ってもらい、それに端を発してケモミミ園が誕生したんだけどね。
修行に来たリヒターがあまりにも長い間帰ってこないので、上司である帝国皇帝から苦情の電話が来たっけな。
提携商品のうどん版で、『異世界料理人山本さんの王室御用達うどん』とかもある。
これはもう、超厳選で王家へ納められる小麦粉のみで作られていて、とてもじゃないが量が出せない超高級品なのだ。
日本では凄く高値で発売されているのだが、いつも品薄状態だった。
在日外国人や外国人観光客などからも凄い人気だった。
一応俺もアイテムボックスに元本を持っているのだが、それをコピーするなんて風情の無い事は、この小麦を作ってくれた農家の誇りを汚してしまいそうだったので敢えてやっていない。
世の中、やっていい事と悪い事があるのだ。




