131-9 道頓堀の魔王
「ふむ。
この異世界も植生などは地球に近いのじゃなあ。
やはり元は同じ世界だったか、あるいは近似の世界として在るものなのか」
有名大学を出て、そこでは植物関係の専攻をしていたという、この教授役の俳優ニール・J・ハンプソン。
結構良い論文なども書いて、専門雑誌に掲載されたり新聞のコラムを書いたりしており、その筋では有名な男らしい。
フィールドワークもよくやると聞いた。
映画の中でも、実際に植物を手に取って、それを繁々と眺めている。
撮影の合間には、植物採集などの活動を行っていたらしい。
珍しい植物がないか訊かれたので、うちの『桜と苔』を紹介してやったら大爆笑された。
さすがにあいつらが標本にはされていなかったが。
桜の方のピンク頭は、だいぶ口が悪いしね。
そのあたりは苔の方もいい勝負だけどな。
紹介したフローラが、開口一番に「なんじゃ、おんどれ」とか言っていたので、頭をはたいておいた。
あの精霊樹の女王フレイヤを彼に紹介してやったら一体どんな顔をするだろう。
彼はブラウンゴブリンの描いた壁画にも深く感銘していたようだった。
地球へもネットを通じて紹介してあったので、ロスコーの見学を凄く強請られたのだ。
芸術のわかる男は実にいい。
俺も領主として快く許可を出した。
そしてゴブリンの花言葉をテーマにして何か執筆するらしい。
ブラウンゴブリンに色々と取材していたが、ゴブリン達も芸術や自然科学に造詣が深い彼を尊敬しているようだ。
俺も『教授』の本を今から非常に楽しみにしている。
というか、俺自らロスコーへと案内してやったのだ。
この異世界は、彼の知的俳優の心の琴線に触れ、だいぶ御気に召したようだ。
そして、それに応えるアレックス役のジョセフ。
彼も自然を愛するタイプの俳優で、ニールと気が合うらしく、今回はこういうコンビを組んだのだ。
だが有名俳優を湯水のように使い捨てにするモブ兵士役も捨て難かったようで、彼としてはかなり迷っていたようだった。
あれは彼のような大作映画の主役級俳優が滅多にやれないような役だからなあ。
それでも最終的には仲のいいニールとの共演を選んだようだった。
他にも理由はあったのだが。
「そうですねえ。
ほら教授、そこの大きなシダを御覧なさい。
まるでそこから巨大な恐竜がぬっと顔を出しそうな風情じゃないですか」
「ふむ。なかなか趣があって良いものだ。どれ」
そう言って教授がシダをかきわけた、まさにその時。
その先に現れた巨大な顔。
「うお! なんだ、こいつは」
「危ない! 教授、下がって」
そう言って自信満々に進み出る兵士達。
手に持っているのはB級映画では御馴染みの5.56ミリのアサルトライフル、いやカービン銃だ。
全員で歯を剥きだし、喚き散らしながら撃ちまくっている。
どうして、いつもアメリカ映画では、小口径の豆鉄砲で怪物や宇宙人と戦いたがるのだろうか。
役に立つ訳が無いんだが。
地中を進む怪物をテーマにした有名なB級映画なんか、登場人物が化け物のような二十四ミリ口径ライフルまで持ち出しているというのに。
あれは超人気シリーズだった。
まあ単に御約束というか、面白いからなんだろうけど。
昔の日本の怪獣映画に登場する、やられ役のプラモデルっぽい感じの自衛隊のノリだよな。
あれは何度見てもいい。
今時の本物の自衛隊が出演しているような作品は、どうにも趣がなくていかん。
まさに興醒めという奴よ。
そして吼えるそのドラゴンは、惜しげもなくその超絶に美しいボディを画面いっぱいに映し出した。
これは最高にいいアングルだ。
「「「ジョリー~」」」
幼年クラスの子供達から、幼稚園のアイドルに向かい楽しげな声援が飛んだ。
華麗・優美・婉麗。
銀幕の支配者の如くに見る者の目を奪うその姿を前に、言葉では尽くしきれない賛美が脳裏に浮かぶが、その残念な正体を知っている俺としては非常に複雑な気持ちだ。
今日の映画の中では口の周りを汚していないようだが。
もし汚れているとしたら、それは撮影用の血糊だな。
監督も、美しいエターナルドラゴンにその血塗られた演技は無粋と判断したとみえて、ジョリーが噛み付く演技は無しのようだ。
尻尾や前足で激しく撥ね飛ばされた、と見せかけた演技で、うちのゴーレムの風魔法で飛ばされ派手に軟着陸していく兵士役の大俳優達。
その顔に楽しげな薄笑いが張り付いていたりするのも、監督の指示によるファンサービスなのだろう。
彼らはプロだから、どんな演技にも手は抜くまい。
でも監督だけでなく本人達も楽しんでいるのだから、これはまあ仕方がないな。
親方も渋い笑みを見せながら飛んでいった。
あれ?
もしかして親方の出番って、これで終わりなのか?
ジョゼはトーヤが手を引っ張って隠れている。
ぐいぐいと演技でジョゼをリードしていくトーヤ。
さすがはリーダー気質の狐獣人だなあ。
「ところで、あんたの御父さんの事はいいの?」
「あの人なら絶対に大丈夫だから!」
まあ確かにな。
これが映画ではなくリアルなハプニングでも絶対に大丈夫そうだ。
ドラゴン形態のジョリーと親方が二人共本気を出したら、一体どっちが強いんだ?
まあ目力だけで、あっさりと決着がついてしまいそうだけどな。
ジョリーはシダを掻き分け進み出ると、獰猛そうに一声吼えて教授に首を伸ばし、その流麗な顎の間に教授の樽に近い形状のボディを優しく挟み込んだ(そっと甘噛みで)。
吼え声もなかなか優美であったのだがね。
そこへ、しわがれたような乾いた笑いが木霊する。
これはまた聞き覚えのある……。
確かケモミミ園でジャングルジムを作った時に、その頂点で鳴り響いていた声だな。
そいつも魔女っぽくアレンジされてはいるのだが。
「そこの侵入者ども!
よくも、この魔王エリーンの居城ドートンボリーを荒らしおったな!
許さぬ、絶対に許さぬぞー」
もし実際に本物の道頓堀に対して、そのような真似をする不埒者がいたとしたなら、こいつは絶対に魔王化する所存だろう。
俺としては違う名前が良かったのだが、エリーンの奴が譲らなかったらしいので。
あいつは、よく道頓堀まで遊びに行っているらしいし。
いや、あそこは俺も結構好きなんだけどね。
パスポートの無い奴らに、あまり無断で日本をうろうろされていても困るので、首相官邸の総理にはエリーンも紹介しておいたのだが。
エリーンは、あそこの連中も例によって御愛想で懐柔しまくったようだ。
そしてジョリーは羽ばたいた。
絶対に教授を傷つけないように、そっと大事そうに咥えたままで。
いかにハリウッドの名優といえども、本物のドラゴンに咥えられて空を飛ぶのは撮影中に中々体験出来ないシーンだろうなあ。
教授は一見必死そうに見えて、実に満足そうにしている様子だった。
教授のリアルでの知己がこのシーンを見たら、ちょっと身体を揺する事になるシーンじゃないのかな。




