131-5 風に舞う者達
「さあて、スタートだ!」
蟻地獄が砂の中から手(前足?)だけを出して、ピストルで号砲を鳴らした。
蟻地獄の巣の底付近から上へ向かって一斉に走りだす俺と親方。
だが滑る滑る、足元がずるずると滑り、その場に立っていられない。
俺達二人共、無様にひっくり返って砂に顔を突っ込んだ。
巣の周りには子供達が鈴生りになって夢中で見ている。
男の子は、もううずうずして全身から混ざりたいオーラを放ってしまっているし、女の子も新しい御遊びを興味深そうに見ていた。
「アル!
一体これは何だ」
不思議そうな顔の親方。
摩擦って小学校の理科で習うんだったかなあ。
中学へ上がってから物理で詳しく学んだような。
「わははは。
なんていうんだ、摩擦を減らす魔法を作ってかけてやったのさ。
要はこの蟻地獄の巣は、床に撒いた油みたいに滑るようになっているというわけだ。
しかも、あいつが底から微妙に砂を操っているしなあ」
というのは真っ赤な嘘。
いかにもってな感じで、わさわさと大顎を揺すって砂を操っているかのように振舞っているが、奴自身は何もしていない。
この砂浜自体がゴーレムなので、そいつが自分で制御しているだけなのだ。
こんな物は、只の御遊びのゲームなのでな。
だが蟻地獄の奴も次第に遊び始めた。
風魔法で上から強風を吹かせ、ヘル・ネスト登頂者達の行く手を阻む。
たとえ姿は蟻地獄といえども、やはり俺の作ったゴーレムだなあ。
よし、それなら!
「そーれ、人間ヨットー!」
ちょっと逆風を受ける感じに『帆』を張ってみたのだ。
なんというか、こいつは魔法の帆だ。
実際には帆なんていう物は存在していないのだが、これによって物理的な干渉は受けるという、一種の特殊な不可視のフィールドを展開しているのだ。
これは何かの御遊びに使えるかもと思って以前に作っておいたものだ
そのうちに島の湖で、水の上に浮かんで絶対に転ばない機能だけがついた魔法のボードに乗り、自らを柱としたセーリングなんかを試してみたいとか思って。
素だと、俺にセーリングなんていう高度な事は出来ないからな。
ローラースケートやスケボーなんかと一緒で、バランス遊戯系は全般壊滅的なおっさんなのだ。
なに、また娘ちゃんと一緒に楽しく遊ぼうと思って作ってみただけでな。
ここなら摩擦が減っているから存分に楽しめそうだ。
ただし、乗っているのは畳んだ段ボール箱をバラした物なんだけど。
だがそれは、俺が強化した魔法の段ボールだから、それでも問題ない。
俺はあっという間に、まるでスケボーやローラースケートでバンクを滑るかのように、擂鉢から激しく鮮やかに空中へと躍り出た。
そして、そのままクルっと回転して空中からまた巣の中へ戻っていった。
いや、これが案外と楽しくてね。
親方は、その図体が災いして、砂の漏斗の底で蟻地獄とじゃれる羽目になっている。
なんというか、御互いに「お前、あっちに行けよ」みたいな感じで。
本来ならば、相手を砂の中に引きずり込むのが蟻地獄の王道なのだが、あの図体をした親方なんて居ても仕事の邪魔になるだけなので。
とりあえず、このゲームは俺の勝ちね。
もしかしたら、あの親方の事だからここでも力業が見られるかもと思って期待したのだが、さすがに『力技を封じたフィールド』では分が悪かったようだ。
「僕達もやるー!」
トーヤ達が食いついてきたので仕方が無い。
俺は次にバンクの上に行った時に、トーヤをひょいっと抱えて一緒に宙を舞った。
その際に一応は自転車用のヘルメットを被せておいたが。
見ると、他の子も腕輪に付与されている収納からヘルメットを取り出して被り始めた。
番待ちを始めたのか。
仕方が無いのでゴーレム達に声をかけてやらせようと思ったら、突然真っ赤なワンピースの水着が俺の頭の上を舞った。
そして南国の太陽を遮る黄色いボード!
いかにもな感じで、南国風に椰子の木の模様が入っている。
チビ達の歓声が上から木霊する。
それは子供を四人ほど抱えてサーフボードを乗り回す真理の雄姿だった。
初代国王の妹の刻を十六歳で切り取ったまま(千年物の)大人の魅力を加味した、中々魅力的な肢体で格好いいのだが、そんなに子供を抱えていたんじゃ日本の海だとナンパ野郎も寄ってこないだろう。
だが、たくさんの笑顔を抱えつつ、本人も非常に御満悦のようだ。
普通はこんな真似をしたら危なくってしょうがないのだが、この己自身が魔法の塊である魔導ホムンクルスの御姉さんだけは完全に別格なのだ。
「園長先生、これ結構楽しいじゃない。
そーれっ」
またまた沸く歓声。
抱えている子供が、あんなに手足を(尻尾も)バタバタさせているのに、よく普通に滑っていられるな。
まあ人間とはパワーやバランス制御が桁違いな訳だが。
「ひゃあ、勇人君。これって最高~」
そう言って彼女からビキニの胸を背中に押し付けられて、いつの間にか乱入していた織原はもう半分溶けかかったバターのようにデレデレだ。
なかなか様になっている。
俺は横に併走しながら褒めてやった。
「上手いじゃないか、織原。
サーフィンが出来たのか。
さすがは金持ちの家の子だな」
「あー、いや。
うちんとこは、どっちかというとスキーやスノボ?
印象的に北陸の夏は冬に比べたら短くって。
それにこれ、全部魔法です~」
よく見たら、いろんな魔法を使っているな。
砂に沈まないように重力魔法を用い、風魔法を幾つも制御して横に倒れないようにし、横方向に風を噴出するウインドジェット・スラスターを左右に使って舵をとっている。
時には重力魔法も制御に回して使っているようだ。
そして後ろから風が来る時は、それを風魔法で制御して増幅し推進力にしている。
この世界で帆船の帆に使用するような魔法だな。
前から風が来る時は、それを制御して体の後ろに回りこませる。
それはコントロール次第では、推進力と共にカップルの間に物凄い密着度を産むはずだ。
考えたな、織原。
煩悩こそ魔法精進の道か。
だが、奴の悦楽もそこまでだった。
番長織原組の子供達の催促が煩いのだ。
「ばんちょう、おねがい~」
「のせてー」
「おりはらばんちょう~」
これには思わず苦笑いの織原。
「ほらほら、勇人君。
可愛い子分達が呼んでいるよ」
そして名残惜しそうな顔をしつつも織原が叫ぶ。
「よーし、お前ら。
順番だからなあ」
そう言って真理並みに、彼の崇拝者である子供達を抱えながら魔法番長賛美の歓声を異世界のリゾート地の砂浜に響かせた。
「パパー、あたしも~」
おっといけねえ。
なんと自分の娘が後回しになってしまっていたぜ。
「ごめんよー、今……」
だが、そのレミを横から掻っ攫っていった奴がいた。
「何ー!」
もちろん砂浜に人攫いが出た訳ではない。
毎度御馴染み、いつもの奴だ。
「おじいちゃん!」
「ほっほっほ。
またなにやら、楽しそうな事をやっておるなあ。
儂も混ざらせてもらうぞい」
そう言って爺さんは軽やかに段ボールを乗りこなした。
これまた上級者だな。
やるもんだ。
あれ? でも。
「おい、爺。
あんたは獣人だよな。
魔法は使えないんじゃなかったのか?」
無論、何事にも例外はいるものだが。
しかも、この爺は結構狸なのだ。
立派なネコミミを生やしているくせに。
魔法が使える事を隠していても、全然おかしくはない。
「ほっほっほ。
これは単に風に乗っておるだけじゃが。
ほれ、そこの蟻地獄が風を起こしてくれておるからのう」
この爺、単に身体能力を駆使して風に乗っているだけなのか。
ありえねえ。
化け物かよ!
「こくおうさまー」
「じゅうじんのおう!」
「すてきー」
「だいてー(だっこー)」
無論、叫んでいるのは獣人幼男ばかりだが。
うちの子達は、この王様の事が本当に大好き。
幼女達はミハエルやシドのような美形の王子様がいいのだ。
それでも、このケモミミ王の事も大好きなのだが。
エミリオは、ちょっと幼いので、幼女から見た憧れの王子様ではないらしい。
なんというか、いつもケモミミ園や小学校の男の子と一緒に弾けて走り回っているし、よく女装させられてしまっているのも減点なようだ。
自分達だって、彼によく女の子の服を着せているくせにな。
そしてこの遊びに撮影隊のおっさん達まで乱入して、ようやく一区切りついた頃にケインズがいきなり織原を迎えに来た。
そして突然マジックキャンセラーを織原の首に嵌めた。
「い、いきなり何をするんですか、団長~」
「さあ、せっかく面白いコースがあるのだ。
少し修練していくか」
「え、いや、俺はもう十分堪能しましたんで」
「何、遠慮するな」
「もう映画が始まっちゃいますよ~」
その場で首に付けられたマジックキャンセラーを両手で掴みながらバタバタする織原。
だが、その目前にはブレない笑顔がフンドシ姿で腕を組んでいた。
仕方がないな。
これはもう、やらないと済まないのだろう。
「あー、ケインズ。
映画は、すぐに始まるから、その。
ほどほどにな」
「ちょっと、園長先生!?」
そして修練に励む師弟? を置いて、みんなで白亜のホテルに併設された映画館へと向かうのだった。




