129-7 マツタケ討伐
「まあ、これで相手の手の内はわかったわけだから」
そう言いながら腕輪の魔法を起動していくエリーン。
この世界においては、敵の攻撃を食らったからといって、それに対する耐性スキルが生まれたりとかしない。
そんな特別な事は特に何もない。
若干それに対して慣れるくらいのものじゃないだろうか。
ダメージを与えてくるものがあれば、その都度ダメージを受ける。
残念ながらリヒターは三日ほど使い物にならないだろう。
あれは通常の状態異常ではなく、毒キノコを食ったようなものなので、王族が貰ったような『防毒の魔道具』でもなければ防げない。
今度、園長先生にあれを貰っておこうと決意したエリーンだった。
あれは王族専用みたいな物なので、さすがに強請るのは遠慮しておいたのだが、もうそんな事は言っていられない。
『美味い物を生涯狩って、一生美味い物を食べる』
それが今は亡き、猟師であった御師匠様との最後の約束なのだから。
あの人は孤児だった自分にとっては本当の祖母、いや母のような人だった。
松茸は笑い胞子を吹き付けてきたが、エリーンは風魔法で吹き散らした。
リヒターは馬鹿笑いしていたので、更にそれを吸い込んでしまった。
この辺の厭らしさが、松茸が最強主と呼ばれる由縁なのだろう。
哀れなる恋の奴隷リヒター。
突然勝手に仕事を抜け出したので、今頃帝国皇帝はカンカンになっているはずなのだが。
「うひひひひ、ぐははははは」
リヒターの、更に下品な笑いが山中隅々にまでに木霊した。
それを耳にした山の獣達が薄気味悪そうにしながら巣穴へ潜っていく。
「あちゃあ、失敗。
この人、日頃から相当ストレスが溜まっているみたいね……」
胞子による攻撃が通用しないので、やや焦った様子の松茸。
だが攻撃には慎重なエリーン。
この特大マツタケを『姿焼き』にしたいのだ。
あまり外観を傷つけたくない。
普通なら、このサイズで姿焼きは生焼けになってしまうので非常に良くないのだが、園長先生の魔道具で焼けばきっと!
「ファスト・ファスト・ファスト……」
加速魔法の重ね掛けをして、圧倒的な速度ブーストをもって迫るエリーン。
胞子を振り撒く隙も与えずに接近し、そいつの手足を切り落とした。
どうっと倒れたところで、すかさず上に乗ってしまうと、オリハルコン刀を眼と眼の間に突き立てる。
大概はそういうところが急所なのだ。
並みの鋼鉄の剣であれば、この大型キノコの弾力で止められてしまうかもしれないが、切っ先鋭いオリハルコンの刀をエリーンのような手練れが扱ったならば。
キノコなので断末魔の悲鳴はない。
ビクビクと体を小刻みに跳ねるようにして、ゆっくりと息絶えていく松茸。
こいつの場合は、息をしていたのかどうかもよくわからぬのだが。
とにもかくも巨大松茸は仕留めたのだ。
そして無事に収納出来た。
後は料理するだけなのだが、問題は。
「ケタケタケタケタ」
依然として異様に笑い続けるだけのリヒター。
仕方が無いので、彼が迷子になってしまわぬように仲良く手を繋いでベースキャンプまで戻った。
比較的長い時間そうしていられたので、彼にとってはとても幸福な状況なのだが、その事実に本人はまったく気付いていない。
まあパッと見には彼も非常に幸福そうに見える。
帰ってみれば、積み上げられたキノコの山に、普通に狩られた狩りの獲物や山菜に、地元で採れた野菜などが、ずっしりと並べられていた。
「おや、エリーン。
お帰り。
って、そいつは一体どうしたんだ!?」
「ああ、園長先生。
ちょっとワライダケの胞子に当たったみたいでさ。
ほら、これ」
出された巨大マツタケに、皆が爆笑した。
「ぶはははは。
そ、それがワライダケなのかよ」
キノコが齎した笑いは、待っていた人の間にも幸せに木霊として広がった。
「でも味はちゃんと松茸らしいのよ?
焼き松茸で食べたいです」
「へえ」
「そういう訳だから、胞子はよく取り除いた方がいいわよ」
「特段にカサが開いてもいないのに、武器として胞子をばらまくのか。
豪く非常識な奴だな」
だが、それを見た山本さんは言った。
「そいつで土瓶蒸しを作ってみたいですね」
「これで丸ごと?
うーん、それも捨て難い。
じゃあ焼き松茸用に、もう一本狩ってきます。
えーと、そいつの事は、よろしく御願いしますね」
そしてリヒターを見捨てて、さっさと次の獲物を探しに行くエリーン。
「そうか。
じゃあリヒターに回復魔法をかけるか。
それ。
あれ?」
だが回復魔法をかけられても、依然として笑い続けているリヒター。
続けてゴッドヒールをかけても、なんと治らなかった。
そして状態異常を確実に回復させるゴッドキャンセラーすら通用しなかったのだ。
「そ、そんな馬鹿な!
課題達成型の回復魔法が通用しないなんていう事がある訳ないのに」
そこで御領主様から一言。
「ああ、言い忘れていましたが、そいつの胞子にやられると回復魔法もポーションも効きませんので。
まあ時間が経てば症状は治まりますので、そのまま放っておくしかありませんな」
「そ、そうだったのか。
まるで、あの五月病みたいな症状だな。
非殺傷兵器として使えてしまいそうなほどヤバイ代物だぜ。
ちょっと胞子を回収しておこうかな。
じゃあ、しょうがない。
日頃の鬱憤をここで晴らしておけよ、リヒター」
またしても、あっさりと見捨てられたリヒター。
だが非常に面白い状態になっていたので、子供達に手を引かれて連れていかれてしまった。
「ぶははははは」
幸いにして、当の御本人様はあまり不幸だとは思っていないようだった。




