129-6 マツタケ?
「秋更けて、旬の味覚、松茸や」
何故か腕組みをして、日本語で一句読んでいるエリーン。
やけに神妙な顔をしているが、その実、脳内では松茸に対する欲望に塗れ、何か怪しげな脳汁が垂れ流されているだけなのだ。
リヒターも、何度も狩りの御伴にされているので、もうその辺の具合がよくわかっていたようだ。
相変わらず狩りの御伴くらいにしか思われていないようだが、彼女にとって大切な狩りの時には呼んでもらえるし、その獲物で開かれる宴席にも呼んでもらえるという圧倒的な好待遇だった。
あくまで「今までとの比較で」というだけの話だけどな。
何よりも、ちゃんと名前を覚えてもらえ、リヒターと「さんづけ無し」で呼んでもらえるようになったのは彼にとって何よりも嬉しい事だ。
「さあて、リヒター。
狩るわよお」
「はいはい」
一応、ここの松茸も手配写真(絵姿)だけは入手済みだ。
地球産の本物もゴーレムを御使いに出して買ってこさせて拝ませてもらったのだが、試食した土瓶蒸しや卓上コンロで焼いた物は絶品であった。
必ず、狩る。
絶対に狩る。
そんな決意を秘めた瞳。
そのきりりっとした姿や眼差しにもリヒターは見惚れてしまっていた。
こんなアレな女に惚れてしまうと、もうその辺の無駄に上品な貴族令嬢如きなど、ただただ退屈な相手でしかない。
「確か、エバンス爺さんに聞いた話だと、こっち方面に行けばいいはずなんだけどな」
土地は違えども、狩人の本能は自らを確実に獲物へと導いていった。
もしかしたら嗅覚だったのかもしれないけれど。
その道中に出会ったキノコは残らず狩った。
そしてリヒターが捌いては、アイテムボックスの獲物袋に仕舞う。
一国の宰相ともあろう者が完全に狩りの付き人状態だ。
甘い要素が全くない。
しばらく進むも松茸とやらは陰も形も見えない。
「おっかしいなあ。
こっちの方面でいいはずなんだけどなあ」
不審そうに眉を潜めるエリーン。
そして、その様に見惚れるリヒター。
だが、|微かな、僅かな、何気ない気配。
振り向きざまに、エリーンの投げナイフが一閃した。
「そこだー!」
そして、そこにいたのは『体高四メートル』の巨大な松茸。
思わず息を飲むリヒター。
なんだか嫌な予感がしていたのだ。
その姿は松茸なれど、それは異形。
今までのような温いキノコとは違う。
なんていうか、これは確実に凶悪なタイプだ。
しかし形はどう見ても立派な松茸だった。
ただし強靭な手足を生やし、その足捌き、動きは強者を思わせる。
「エリーンさん、これがヌシですかね?」
「いや違うわね。
だって、これ松茸だもの。
只の一般最強種なんじゃない?」
「そうでしたか」
今エリーンの頭の中には、あの領主の言葉が渦巻いていた。
『この辺りのキノコは大変に美味で滋養強壮にもよく、とても素晴らしいのです』
「狩るわよ、リヒター。
でもこいつ、結構手強そう。
じゃあ囮役は御願いね」
「え?」
その言葉を理解するよりも一瞬早く、どんっとその魔物の前に突き出されるリヒター。
「え、ええと」
とりあえず、オリハルコン剣を抜いて構えるリヒター。
そして大量に流れる脂汗。
だが、ここは引くわけにはいかない。
(毎回毎回、こんな役ばっかりだな。
まあ慣れたけどさ)
松茸は無言だ。
どうやらキノコは喋らないというか、啼かない魔物らしい。
植物というか、キノコは菌なので当たり前といえば当たり前なのだが。
「さあ、かかってこい」
だが、松茸はその柄に刻まれた切れ目のような目をニーっと歪ませたかと思うと、カサの襞々から猛烈な量の胞子を吹いた。
「ぶわっ、なんだこれ。
あれ?」
何か違和感を覚えたリヒターは思わず棒立ちになっていたが、奴は攻撃してきたりしない。
なんというか、もうニヤニヤ見ているという感じに眺めているだけだった。
「な、何?
はっ、これはもしかして~」
慌てて飛び退るエリーン。
そして急ぎ地球製の高性能ガスマスクを取り出して着用する。
「ふふふふ」
リヒターは、なんだか怪しい笑いを浮かべている。
「くはははは」
そして、次に背中を大きく震わせ出した。
「ギャハハハハー」
ついには剣を取り落とし、両手を広げ気味に仰け反って、指を鉤爪状に曲げた状態で広げながら大爆笑している。
そして一瞬体を静かに戻したかと思ったら、腰に手を当てて下品な高笑いを始めた。
「ウエーハッハッハ~」
それを見ていたエリーンは蒼ざめた。
「ヤッバ~。
こいつが噂の笑いキノコだったのかー。
ああなると、多分丸一日以上ああだからね。
それだとキノコ料理が食べられなくなっちゃうじゃないの」
彼女にとっては、そこが一番問題だったらしい。
「うーん、食わなくても胞子で笑わせるとは。
松茸め、なかなかやるわね。
やっぱり、リヒターを連れてきてよかったわ」
それもリヒターにとっては本望なのだろうが、仕事が忙しい時だったのに急ぎ数行の書置きを残しただけで強引にやってきてしまっているので後が大変だろう。
この状態で彼が帰った時の皇帝ドランの反応が見物だ。
だが、そのような些事はエリーンには関係のない話だった。
「えーと、ちくしょう。
どうしてやったものかしら」




