第126章 古の銭湯 126-1 それは伝説の
やはり王宮の風呂はいいよなあ。
広くて綺麗でさ。
だが、俺には一つ大きな野望があった。
今では我が井上家より失われてしまった古の物件を復刻させたいのだ。
それは我が井上家においては先祖伝来の物なのであった。
即ち、かつて我が家で所有していた銭湯だ。
その名は『龍ヶ湯』。
俺は何故か、ネットでその名を知るまで『亀の湯』だとばかり思い込んでいた。
何でだろうね。
子供の頃に親から聞いた話が、どこかの記憶回路の中で誤変換されているらしい。
まあ子供にはよくある事だ。
歳を食ってからも、知り合いと話していたりすると本当の話が判明したり、子供の頃に放映していた古い番組をネットで見ていると「あれえ? この番組って、こんな話だったのか!?」と思ったりとか。
ネットで流れている話なども、地元の人なんかに話を聞くと内容がまったく違う事も多い。
知ったか野郎が嘘八百を、本人も嘘だとは知らずに実しやかに書き並べていやがるからな。
ネイチャータイプのフェイクニュースだ。
話を本題に戻そう。
銭湯、龍ヶ湯。
それも昭和のものではない。
ギリギリで昭和以前である大正十四年に始まる歴史あるもの、しかも薪で沸かす方式の御風呂だ。
もっと正確に言えば、龍ヶ湯は失われてはいない。
なんとまだ御健在なのだ。
そして市内に現存する唯一の銭湯として孤軍奮闘で頑張っていらっしゃる。
それどころか、あまりにもレトロ過ぎて、なんと日本中にファンがいるらしい!
ネットで見ると、現在の経営者の方が「何人もの人手を渡っているので創業者は不明」と言われているが、俺の親がそう言っていたので、うちが経営していた事実に間違いない。
おそらくは、うちの祖父が創業者から買い取ったものだと思う。
うちの祖父も母親も他の街の生まれだ。
母が亡くなった時に、その街の元の原戸籍を遡ったから、そいつは間違いない。
大正時代には、祖父もあの俺の故郷の街にはいなかっただろう。
あるいは昭和三十五年に経営を受け継いだ今の経営者の方が三代目だそうなので、他の街にいながら祖父が創業者であった可能性もあるが。
その頃は俺もまだ生まれていない。
龍ヶ湯が人手に渡った頃、祖父はまだかろうじて御存命だった。
丁度その年に無くなったと聞いている。
彼は俺が生まれる前に亡くなってしまったのだが、特殊な能力や性格が似ているので、俺が彼の生まれ変わりである可能性すらある。
俺は彼が亡くなってから三年後に生まれたので、その線は薄いのではないかと思うのだが。
専門の研究者によれば、生まれ変わりというものは生前の近親者の家族として、あるいは住んでいる場所などの近くに生まれてくる可能性があるらしい。
まあ実際にはどうなのかは知らないけれど。
猫なんかは生まれ変わってまた帰ってきてくれると、よく言われるよな。
仕草なんかがそっくりらしい。
家庭に風呂が普及しだして、風呂屋自体の経営が思わしくなくなってきて手放したと叔父から聞いているので、やはりうちが時期的に二代目だったはずだ。
祖父から子供達に経営が引き継がれた分は売買がないため、経営自体の代替わりにはカウントされていないんだと思う。
うちの叔父さんが直接銭湯を買い付けたわけじゃないから創業者の話をよく知らなかったので、今の経営者の方も創業者の話を知らないのだ。
母と叔父の二人が姉弟で切り盛りしていたそうなので、多分そうなのだと思う。
戦前、祖父ははたくさんの貸家や銭湯を経営していたのだが、戦争で焼夷弾による延焼を防ぐ為に、国家の手によって全て破壊された。
代わりに与えられた軍が発行する軍票は、敗戦で軍が解体されて只の紙切れとなった。
本家の叔父の口癖はいつもこうだ。
「御爺さんも、あの戦争さえなければなあ」
だが生きていたから、うちの親達もそれなりの人生を送ってこれた。
祖父は不思議な能力で、立派に家族を戦禍から守り抜いたのだ。
彼もまた、どこかの龍神の龍王であったのかもしれない。
俺が生まれる前に死んでしまった人なので、それは知る由もないことだが。
そんな父親を持っているくせに、叔父は「うちの一族でそんな超能力のような話は聞いた事がない!」といって、そういう話題を出すと妙に怒り出す。
昔気質の人なので、サイキックのような話は生まれつき理解出来ないのだ。
人の言う事に絶対耳を貸さないタイプの人だったし。
うちに生まれてくるだろう子供達の子孫の中にも、将来そういう事を言う奴がいるのかもしれないな。
「魔王などというものは、この世界には絶対いない。そのようなものが、この世にいるはずがねえ!」とか、後の世に言っていそうだ。
俺の子孫なら、いかにも言いそうな事だ。
もしそんな事にでもなっていたら、草葉の陰で笑ってやるとしよう。
祖父が所有していた大量の風呂屋や貸家などの家財産は、空襲による延焼を防ぐため国家の手によって破壊されてしまったが、それはまあ仕方がない事だった。
そいつばかりは今の時代でも保険会社が保険金を支払ってくれないような内容なのだ。
今では貴重な木造銭湯である龍ヶ湯は、そのような戦災の危機や、戦中から戦後にかけて頻発した三河大地震群などを乗り越えて現在も立派に御健在なのである。
一度母親に頼まれて、何かの用で通りかかった時に車で見にいったが、俺は車に残っていたので見ていなかった。
そして戻ってきた母親が、珍しく興奮気味にこう言ったのだ。
「まだ、あの頃のまま残っていた。
まったく改修もしていないし、壁も古い木の板のままだった。
信じられない、まだ当時のまま残っていたなんて!
とっくに無くなっているか、あるいは改装されていると思っていたのに」
しかし、元オーナーである母親を驚愕させた時から既に二十年くらいは経っているのだが、龍ヶ湯は未だに元気に経営されているのであった。
嫁いできた時に二十一歳だったという奥さんも、もうしっかりと年輪を刻まれていた。
あと十年くらいで龍ヶ湯は百周年なんで、うんと長生きして是非そこまで頑張ってほしい。
何しろ、もうとっくに亡くなったうちの母親が生まれる遙か以前から建っている代物なのだ。
もはや骨董品の建物である。
市の文化財に指定されてもいいような物で、銭湯文化という観点のみから言うのであれば、日本全国レベルで特定国家文化財に指定されてもいいような歴史と趣がある。
それなりの年齢である息子さんも近所で評判の高い飲食店を営んでおり、あの風呂屋は今代で終了の模様だ。
だが、それはもう遙か半世紀以上も昔に、我が井上一族の物ではないのであった。
というわけで、この異世界に由緒ある龍ヶ湯を復刻しようと考えたのだ。
是非とも国王陛下にも、あの趣のある銭湯の湯に入っていただきたい。
なんでそんな事を考えたのかというと、俺がこの街に作った銭湯はいわゆるスーパー銭湯の類である。
確かにあれは良い物で、街の人には大変好評ではあるのだが。
しかし、あくまでスーパー銭湯でしかないものだ。
元の銭湯なるものが何だかわかっていないのに、それを飛び越えてスーパー銭湯とは一体何事だ。
というわけで、急遽作ってみたいと思い立ったわけだ。
「ふーん、それで?」
「なんだ、真理。
俺の考えている事がわかるのか」
「いえ、最初から全部口に出していたわよ」
「そ、そうだったのか。
俺って激しく独り言を言う癖があるからな」
心の声が駄々漏れだぜ。
き、気を付けようっと。
一応は公爵なんだしなあ。
せっかくなので街の中に建てようと思う。
アドロス西端にあるこの場所だと辺鄙過ぎて誰も来ないかもしれない。
他にもっといい風呂屋がいっぱいあるしな。
ちょっと街中に御風呂屋さんを建て過ぎちゃったかしら。
ちょっと体調不良につきストックが尽きましたので、古い原稿を出させていただきました。
元々は書籍三巻で、分量調整のためオリジナル・ストーリーとして書いたのですが、不要となって死蔵していたものを少し書き直しました幻の作品です。
丁度、今、書籍発売時期なので内容的には相応しいかもしれません。
まだ地球に帰る前の時点でのお話として書かれましたので、若干違和感がありますね。
この銭湯は実在し、実際にうちの親が経営していました。
作中では名称だけ変更しております。
(正しくは、今も実在しております)
まあ、この小説って、そういう話ばかりですけどね。
主人公周りのお話はすべて、「ちびまるこちゃん」と同じで作者の昔話のようなものなので。




