124ー10 筋肉(痛)マン
パウルは、あれからベン同様に物凄い顔をして、少し意味不明な言語を発しながらも無事に人間としての尊厳は守りぬいた。
その後でしばらくベッドでへたっていたのだが、やがて決死の形相で起き上がると例の棒を引っ張り出してベンの具合を覗きに行った。
「よお、ベン。生きてるか?」
「なんとかなあ」
「なあ、御腹が減らないか?」
「まさに今そう思ったとこなんだが、一人で起き上がる気力がまったくない」
「じゃあ、もう一人じゃないんだから起きろよ。
もう御腹がペコペコだよ」
「ああ、そうしよう。
んー、アイタタタ」
「あっはっは。
アイタタタ」
こんなに駄目駄目な二人であったのだが、それでも腹は減るのであった。
御昼のメニューは大盛りカレーにしてみた。
これは御飯とおかずが一体となっているからスプーンで掬えばいいだけなので。
食べる時にあまり複雑な動きを要求されるような料理は、本日ばかりは御免だった。
「お、ここはカレーも凄く美味いな。
上等な肉もゴロゴロ入っているし。
おっと、イタタタ」
「うん、本当だ。
いててて」
だが、なんだかんだいって、御代わりまでいってしまう二人であった。
朝飯が食えなかったので、痛む体に鞭打って完食した。
本来は自分で食事を取りに行ってトレーの片付けもしないといけないのだが、この駄目駄目筋肉痛コンビのためにゴーレムが給仕してくれている。
それから翌日になり、なんとか筋肉痛が軽くなった気がするので出発する事にした二人。
リュックに詰めた飲食物が重いので辟易するのだが、これ無くして行軍はできない。
諦めて、まだ残る筋肉痛を呻きながら堪え、ぎこちなく歩きだす二人であった。
その後姿を見送りながら独り言ちる真理。
「やれやれ。
これはしばらく目を離せないわねえ。
子供探索の旅が捗らないけれど仕方がないかあ。
ケモミミ園の子供達も見てあげないといけないのだし」
◆◇◆◇◆
それから数週間後。
学園寄宿舎のリビングというか、サロンの一角にて。
あれからヘインズとの仲を公開して、ステディな関係にキャッキャウフフな状態のフレイ。
だがヘインズは少し首を傾げた。
「なあ、俺達って何かを忘れているような気がしないか?」
「ええー、そんな事どうでもいいじゃないの。
二人の愛は永遠よ。
それだけで充分じゃない?
あなたも私だけを見てよ、人生は短いわ」
もうヘインズ命のフレイはそう言うと、ヘインズが座っている端側のソファの肘掛に腰掛けて、彼の頭を抱いて自分の胸に押し付けるようにした。
「愛しているわ、ヘインズ」
「ああ、僕もだよ、フレイ」
そこは平民や下級貴族なんかの、割合とその境界が曖昧な感じの微妙なグループなのであった。
おうちがそう煩く言わない系の男爵家や準男爵家などと、比較的優秀な平民なんかの集まったグループだ。
この学校の生徒は平民の子でも、おうちが商会などの金持ちの子も多いので、貧乏貴族の家などからは歓迎される組み合わせだ。
要はメンバー同士で結婚しても、まったく不思議ではないような関係なのだった。
しかし、このグループだけでクラスや学年を編成しているわけではないのだ。
他にも親しい友人などはいる。
そして、しばらく見回していたヘインズが唐突に言った。
「おい、誰かパウルとベンを見なかったか?」
彼らはこのグループではないのだが、特に平民同士は貧富の差を越えて仲がいいのも、この学園の特徴の一つだ。
「さあ、そういや夏休みのオリエンテーリングには来ていたみたいだけど、それ以降は特に見なかったぜ。
夏休みの間に出かけている奴らもいるしな」
「おいおい、あの赤貧な連中がどこかへ旅行に出かけるなんて有り得ない話だろ?」
「出稼ぎっていう説を新たに立ててみた」
それはあまりにも洒落になっていないので、言い出した本人も含めて皆が揃って苦笑する。
「ま、まさか!
あのままダンジョンに置いてきちまったんじゃないんだろうな?」
「いやいや、それは無いだろうさ。
学園主催の行事なんだ。
いくらなんでもな」
それを聞いて顔を見合わせるフレイとヘインズ。
「ま、まさかと思うけれど、あの二人。
まだ講習の続きを!?」
「ええーっ」
「ありえねえだろ」
「普通ならギブアップしているよな?」
「ああ、普通ならなあ」
少し意味深に言ったボーモンの言葉をヘインズが聞き咎めた。
「連中は普通じゃないのだと?」
「ああ、あいつらってさ。
この学園に入れたくらいなんだから本来なら優秀だったはずなのに、極貧が祟って結構成績がヤバイじゃない。
マジで卒業が危ぶまれるレベルでさ。
だから」
「だから?」
「ほら」
そう言ってボーモンが見せたのは、あのオリエンテーリングのスタンプカードの裏に描かれた、文字通りの【裏コース】だった。
「これって確か、完走したら卒業を確定出来る物凄い特典があったよな」
「ま、まさかあ。
あれをやるなんて正気じゃないわ。
下りコースだって半端なかったのに~。
帰りのコースは上りなんだから、下りコースの後で挑戦なんてしたら地獄の行軍になってしまうわ。
あれをやるって聞いていたら私は参加しなかったわよ」
もし本当にそうしていたら、ヘインズを射止める事はできなかっただろうから、それはそれで結構悩ましいなと思いつつも叫ぶフレイ。
「そうそう、下りコースだけでもマジで死ぬかと思ったぜー。
完走で無条件にポイント加算じゃなかったら絶対にリタイヤしていたよ」
そして皆の沈黙のタイミングがピタっと合った。
「まさかねー」
「うん、まさかだよな」
「あははははは」
あの訓練というか講習の過酷さを思い出した、サロンにいる全員の乾いた笑いが虚しく響いたのであった。




