120-7 化け猫の正体見たり
ファルや織原の投入も無駄に終わり、グスタフにも電話をしてみたが出られないようだ。
これは野暮を言ってはいけない大切な時間を過ごしていそうだな。
仕方がないので彼の投入は諦める。
これはもう今回のミッションを成就させるのは無理かと思われ、俺が俯き加減に唇を噛み締めていた時、ミニョンがジョゼママを連れてきた。
ジョゼも「出遅れたわ」という感じで一緒についてきている。
ここは俺のリビングだ。
「あらあら、何か楽しい猫の催しがあるんですって?」
夏色のワンピースを着こなした猫派のマダムが楽しそうにしていた。
ハリウッドの大女優も、もうすっかりこの異世界の虜になったようだ。
「絶対に正体を見てやるー。
ママも絶対にあいつの正体を教えてくれないんだもん」
ミニョンが珍しく大興奮で息巻いていた。
いつもなら、静かに密かに獲物を観察するのが心情の彼らなのだが。
ミニョンの両親も、あいつらの事は妙に避けているようだしな。
む、これはもしかして親心っていう奴なのかもしれない。
ミニョンママって、プリティドッグにしては意外と常識人だからな。
なんだか嫌な予感がするぜ。
この前も何か微妙な事を呟いていたからな。
だからといって、俺としては今更ステージを降りる気には絶対ならないんだけれど。
「まあ、いいものかどうかはわからないが、プリティドッグ以来の逸材のようだしね。
絶対にあいつを捕まえて正体を暴くのだ!」
「おーっ」と子供達からも歓声が上がる。
それを楽しそうに眺めて微笑むジョゼママ。
「あらあ?
中々賑やかで楽しそうな雰囲気じゃあないのお。
あちきも混ぜてくださいなっと」
またしてもいつの間にやら現れた、こちらの数々の攻勢をさらっと潜りぬけてきた余裕綽々のおばはんが抜け抜けと言い放った。
「出たな、この妖怪め」
「まあまあ、初めまして猫の御姉さん。
私はサンダーキャット・ヘルメスよ。
あなたって、正体が何か素敵な猫さんなんですって」
「ふふ。
でも簡単には見せてあげないわよ」
その割には出たがりだな、おい。
本当は見てもらいたいのだろう。
なんて面倒臭い奴なのだ。
本来であれば面倒臭がりの俺には絶対向かない案件なのだが、見たい物はやっぱりどうしても見たいのだ。
「やい、化け猫め。正体を見せろー」
うちの子達も同じような気持ちだったと見えて、真剣な表情でトーヤが捕虫網を突き出している。
だが奴はそれを尻目に、やや仰け反り加減に体をくねらせると、手の甲を口元に寄せる感じに高笑いした。
「ほっほっほ。
やれるものなら、やってごらんなさいな」
うぬう。
どうしてくれようか。
だが彼女サンダーキャットは、にっこりと笑顔で俺を制して前へと進み出た。
ん? どうするつもりなんだ?
そして彼女は柔らかな笑みを浮かべたまま、そっとバッグに手を入れて『ある物』を取り出した。
「あんた!
そ、それは~」
まるで『エクスカリバー』といった感じにハリウッドの大女優が天へ向かって突き出したそれは。
そう、ごく普通の市販の猫じゃらしだった。
「そんなアホな。
そんな物で、この老獪な魔物がなんとかなるわけないだろうが」
「まあまあ、園長先生。
見てらっしゃいって」
ジョゼが笑って俺の肩に手をかけて宥めにかかる。
何故か、こいつがドヤ顔をしていた。
「なんだあ?」
子供達もみんな、不思議そうに彼女を見た。
特に彼女ヘルメスの大ファンである御狐王子達は、その勇姿にもう夢中だった。
「がんばれ、サンダーキャット~!」
声援を送る子供達に笑顔で答えに代えると、彼女はテニスラケットのように猫じゃらしを構えた。
まずジョゼママは右へ、すると奴は左へ。
そしてまた反対へ。
まるで俺のリビングがテニスコートであるかの様相だ。
ジョゼママが走る。
奴もそれに合わせて走る。
それ自体に特に意味は無いらしいのだが、御遊びという事で奴も合わせているだけのようだ。
そして振られる猫じゃらし。
思わずその動きに反応してしまう奴。
走っては止まり、振られる猫じゃらし。
奴はもう逆らう事は出来ずに脊髄反射のように反応してしまう。
その顔に浮かぶ焦りと玉のような汗。
なんだ、こりゃあ。
「えーと、もしかして傀儡の技!?」
「ううん、只の猫じゃらしよ。
うちに来る子の中にも手強い子とかいるからさ。
ああやって体を張ってじゃらすの。
ただ、それだけ」
「それだけ、……って」
何か魅入られたように、そして取り憑かれたように何故か逆らえないプリティキャット。
そして何時の間にかやってきていたジョニー達が呆然としている。
「なんてこった。
信じられない。
あいつを、あそこまでじゃらせる人間がいただなんて。
異世界地球、おそるべし」
そうこうするうちにも勝負はついてしまいそうな按配だ。
やがて、歩くのもままならぬほどに疲労困憊した猫のおば様の足が止まってしまって、とうとう白旗を上げたようだ。
「さあて。
そろそろ私の勝ちという事でいいのかしら。
可愛い猫ちゃん」
「参った。参りました。
なんて恐ろしい。
世の中には、こんな凄い人間がいたなんて」
座り込んで、そのままへたり込みながらボヤく人化猫。
「そうかい、そうかい。
じゃあ、大人しく正体を見せてもらうとしようかい」
捕獲には特に貢献していないのだが、俺の妙に勝ち誇った笑みを前にして、そいつは観念したかのように立ち上がると、ついに人化を解いた。
だが、その姿は。
「あわわわわ。
なんだ、そりゃあ!」
「ひゃあ。
なあに、それ~」
「うはあっ」
御狐小僧達も仰天している。
「ええーっ」
ファルとレミも絶句していた。
その手からポトリと落ちる昆虫網。
ファルの頭から探険帽の紐がするっと外れて、風に吹かれてふわりと帽子は旅に出てしまった。
ここは屋内なのに、どこから吹いたんだ、この風。
ファル付きの精霊による演出か何かか?
それくらいの衝撃だったようだ。
その正体は、もう殆ど日本の【化け猫】だった。
おどろおどろしいその顔は、正しく江戸時代などに描かれた化け猫そのものだ。
着物姿だから、なお心臓に悪いわ。
プリティドッグと違って完全な猫体形にならない。
何かこう半人半妖怪の姿で着物を着込んだ、あの怪奇な姿だ。
「うっぎゃあー、なんでだよ!
本物の化け猫だったんじゃねえかよ~。
これのどこがプリティなんだよ。
こんなの詐欺だああ~」
俺の雄叫びが、美しい姫君の名を冠した自ら創り上げたシルベスター離宮に木霊した。
「こ、これは、なんというか。
ジャパニーズ妖怪?」
「あらあら、ハリウッドに出演させたくなっちゃうような素敵な容姿ねえ」
ジョゼ母子も感心したような様子だ。
さすがゾンビ好きなアメリカ人だよな。
というか家族や本人が映画人なせいか、こういう迫力ある造形は見慣れているんだろうな。
「もう。
だから言ったのに。
園長先生ったら」
いつのまにか、俺の後ろに立っていた人間形態のミニョンママは呆れたように頭を振った。
ママも、あの化け猫は苦手だったようだ。
「そいつらは、【自称プリティ】なんだって。
名前だけを見て、俺達までそいつらと一緒のレベルで括られちゃうから嫌なんだよな。
なんか俺達に対抗意識を燃やしてストーカーしてくるし。
おまけに奴らの隠蔽能力ときたら俺達以上なんだからなあ」
ゲンナリしたジョニーの解説に、俺は膝から砕けて絨毯の上へ「気を付け」の姿勢のまま倒れ伏し、そのまま俯せの姿勢で突っ伏した。
同じくファルも隣に同様の格好で沈んでおり、立ち直れなかったようだ。
「可愛い物、誰か俺に何か可愛い物をくれ~」
また可愛い物を求めて、必ず旅に出ようと決意した俺とファルなのだった。




