109-7 狩りの時間
「や、沖田ちゃん。
アキレスも」
俺は新宿駅のでかいフルカラーLEDビジョンの前で彼らと合流した。
沖田ちゃんは手を振り、アキレスは尻尾を振ってくれた。
「あ、御待ちしていました」
すっと上品な所作で立ち上がり、軽く頭を下げてくれるアキレス。
この犬、なんて人間臭い奴なのだろう。
さすがは世界一の『犬の名家』で育てられただけの事はあるな。
犬と自由に御話出来ないのが本当に残念だぜ。
俺は膝を曲げて彼の頭を撫でてやった。
彼も俺の手をペロペロと舐めてくれる。
ふふ、やっぱり犬も悪くないよな。
中にはジョニーみたいな性質の悪い奴もいるわけなのだが。
それでは一ついってみますか。
俺は立ち上がり、魔力放射をぐっと強めた。
普通の人間にはよく見えないが、魔物どころか犬や比較的ランクの高い冒険者には、はっきりとわかるレベルの物を。
それは東京の摩天楼の間を抜けて空へも大きく放たれた。
きっと少し遠くの場所からでも見えるのではないか。
アキレスが少し眩しそうにしていたが、ロイネスが飛びついてきて、うっとりとしている。
俺は傍目には、何か珍しい生物に取り付かれている、何の変哲もない青年にしか見えないだろう。
ロイネスはヌイグルミか何かに見えるかもしれないな。
そして山吹色の輝きを放つオリハルコンのプレートを首にぶら下げた。
こいつにも魔力を激しく通しておく。
もしポロが来ていれば、きっと異世界由来の魔法金属だとすぐにわかるだろう。
たとえオリハルコンを見た事が無くても、手練のCランク冒険者であるならばオリハルコンの山吹色の輝きを見誤る事などあるまい。
だが、そこへ後ろから声をかけてきた別の者がいた。
「よお、魔王。
出遅れたな」
振り返って見れば、人化したジョニーがなにやらスーツの男と一緒にいる。
どこかで見たような風貌だ。
俺にはわかる。
明らかに向こうの世界の人間だな。
やっぱり狩りに参加していたか、ジョニー。
「鑑定 冒険者ポロ」
当たりだ。
少なくともプリティドッグは迷探偵よりは優秀な探偵になりうるようだ。
うん、パパさんもパッと見には外国人のビジネスマン風だよな。
ここ東京なら腐るほど見かける人種だ。
かなり整った顔立ちで、中々のイケメンだ。
そういや彼の息子であるポールも、幼いながらも凄いイケメンなんだよな。
そいつはなんというかこう、誠実そうな顔をしている。
本当に、あの極悪棄民都市アドロスに住んでいた人間なのかね。
ただ、日本人のような羊の性質を持つ男性ではないのが、その隙の無い所作からも知れる。
比較的綺麗な金髪で、長髪でもなく短髪でもなく、また綺麗過ぎるほど整えているわけでもなく、粗野というほどではないのだが、それなりに野趣あふれるような魅力を醸し出している。
いわゆる『鯔背』という風でもないのだが。
鯔背な感じに着崩すのではなく、もうなんというのかな。
高級な神戸牛のステーキとかではなく、一流のシェフにより丁寧に調理されたジビエのような物というか。
地球のスーツも見事に着こなし、割とパリっとしていて、そして何よりも身のこなしが常人とは明らかに違う。
こればかりは一朝一夕では身につかない代物だ。
要するに、素人同然のこのおっさんには、たとえ世界最高ランクの冒険者資格を持つに至ろうとも、一生身につかないのではないかというような類の空気なのだ。
それは、ずっと冒険者生活をしていないと絶対に身につかない性質の物なのだ。
うちの、というかアルスのところのシュワルツも似たような雰囲気を出しているのであるが、あれとはまったく似て異なる空気を纏った者、即ち手練れの冒険者なのだ。
あいつの場合は家宰としての手練れの雰囲気だから、こういうものとは全然違う物なのだ。
エリに言い寄っていたロレンスの醸し出す、『上品な手練れ』のような空気とはまた違ったものであり、なんというかな。
一種のいかがわしさを含んだかのような、あるいは渡世の雰囲気とでもいうのかな。
さすがは元棄民都市アドロスの住人だけの事はある。
このような人物と出会った事が人生で初めてなので、どうにも上手い事言えないのだが、やはり『一廉の冒険者』というのが、もっとも相応しい言い表し方であるものか。
この前に俺が捕らえた、どこかの国の工作員のように剣呑な空気を纏っているわけではない。
だが自然体で、「この男一体何者」と思わせるような特別な雰囲気を放っている。
それでいて、何かこう人を安心させるような何かを持っている男なので、気になってしばし観察していた日本の警察官がいたとしても、すぐに目の光を緩ませて立ち去る事だろう。
何よりも、温厚なその眼が印象的だ。
だが、それは決して単なる羊の目ではない。
俺にはわかる。
彼こそは、まさしく一流の冒険者を体現した存在であった。
エドとはまた違うタイプであったのだが。
一人で冒険者をしていたらしいので、彼のような知的でリーダー気質なタイプとは異なる一匹狼的な雰囲気だ。
しかしこの男、本当にCランクなのか?
高ランク冒険者を多数見慣れた俺の眼には、もっと遙か上のランクに見えるのだが。
Sでも全然おかしくないぜ、この男。
実力がありながら、訳有りか何かで敢えて高ランク試験を避けてきたのだろうか。
だが彼は、ただただ驚愕していた。
「あなたは、あなたは……もしかして私の世界から来た者なのですか?
パッと見に、そうは思えない雰囲気を持っているのだが。
まるで、こちらの世界の人間のような在り様だ。
たった今、そこの彼に声をかけられたばかりなのだが。
そして一緒に、この一番目立つ広告の場所を目指したのです。
しかし、その今現在の東京において冒険者にとってランドマークといっていいほどの強大な魔力放射は一体!
それに、その首に提げたオリハルコンのプレートは高ランク冒険者の証。
やや!?
え、SSSランク冒険者ですと??
し、信じられん。
そんなとんでもない階級の冒険者が実際に存在するなんて!」
さすがに並みの人間には見えない奴さんも色々と驚愕を隠せないようだった。
「いや、あんた。
もう街中探したぜ。
あんた、ポロさんだよな。
あちこちに出した広告は見てくれたかい?」
「あ、ああ。
それでどうしたものかと思いまして。
私は警察に行くわけにはいかなくてね」
「なんだよ、犯罪にでも手を染めていたのかい?」
「この国では住所不定なだけで捕まってしまいますよ。
ここはアルバトロス王国よりも法律が厳しい。
ましてや私のようなパスポートすら持たない国籍不肖の外国人ではね。
それに少々ヤバいような仕事をさせていただいておりまして」
そう言って彼は少し寂しそうに笑った。
う、俺も向こうの世界へ行った時の事を思い出しちまった。
最初は途方に暮れたもんだよな。
しかし、ヤバい仕事をしているのだと!?
「とりあえず、あちこちで広告を見ましたので、どうしたものかと思っていたら彼に会いましてね。
この目立つ場所に来てみてはどうかと連れてきてくれたのです。
彼には驚きましたよ。
なんと、あの伝説のプリティドッグとはね。
それが異世界地球で私を探してくれていただなんて!」
やれやれ、ジョニーめ。
相変わらず如才のない奴だぜ。
一番美味しいところを持っていきやがった。
だが俺に知らせてくれるという気配りは、まったく持ち合わせていないようだ。
いや、それはわざとなんだろうけど。
「そうか。
俺は元々こっちの人間さ。
次元断層に巻き込まれて向こうの世界へ渡ったのだ。
そして広告主はあんたの娘のエリだ。
あの子も、今こっちへ来ているよ」
「え! そうなのですか?」
彼は驚きを隠せないようだった。
俺だって、もし家族を地球に残してきていたんだったらなあ。
自分の娘から地元の冒険者ギルドに捜索依頼が出ていたなんて知ったら!
「リサさんも向こうで、あんたの事をずっと待っているぞ。
回ってきた縁談話も全て断ってな」
「そう……ですか。
あいつには本当に済まない事をしました。
娘は、娘はどこです?」
涙ぐむポロに、その少し丸めた背中の方からまた同じように涙ぐんで声をかける人物がいた。
「御父さん……」
「エリ!」
「御父さーん!」
父親の胸に飛び込んでいくエリ。
大人びてはいても、やっと中学に上がったくらいの歳なのだ。
ずっと頑張って家族の生活を切り盛りしてきたので、子供らしくない部分も色々あったのだが、今は。
いいな、こうやって迎えに来てくれる家族って。
まあ、俺にも今では家族がいるんだから。
何時の間にか、沖田ちゃんがジョゼとエリを連れてきてくれていたものらしい。




