108-2 笛吹き童子
そして俺はまた放課後に、あのヤンキー連中に捕まってしまっていた。
まず遥が連中に連れ去られたのだ。
そして呼び出された俺は、間抜けにも一緒に捕まってしまったという訳だ。
今は自分の彼女と向き合って共におかしな連中に捕まっているという、非常にみっともない状態になっている。
俺って魔法は凄いけど腕っ節はさっぱりだという、夜が明けたら朝がやってくるのと同じくらい明らかな現実の前に舞い降りた、あまりにも必然の結果であった。
騎士団の訓練などで少しはマシになっていると思っていたのだが、相手がこの手の奴ら数人がかりとあっては、そんなものは只の思い上がりに過ぎなかった。
相手はヤンキーが六人ほど。
うちの学校にヤンキーなんて奴らがこんなに大勢いたのかよ。
俺はそういう事にまったく興味が無いんで、よく知らなかったな。
そして遥に何かがあるかもと思った時、俺は思わず援軍を大声で呼んでいた。
「ゴーレムさん、ゴーレムさん!
助けてえ」
まるで、か弱い少女が黄金の蝙蝠を呼ぶかのように、情けない声でSOSを送っておいた。
遥は呆れるを通り越して笑っていた。
自分のためになりふり構わない姿勢なのを理解してくれているのだろう。
俺が出来る事なら魔法を使いたくないのも知っているのだ。
魔法は過去の陰惨な経験を思い出させる。
剣や魔法に、異世界の軍勢なんかも大嫌いだ。
朝は非殺傷のスタンとはいえ、曲りなりにも魔法を使ってしまったので一日中気分がよくなかった。
「おい、ちょっと待て、お前。
それはいくらなんでも……
っていうか、ゴーレムって何だ?」
ヤンキーはそう抗議したが、その背後にあった校舎裏の窓が突然勢いよく音を立てて開いて、中から沖田ちゃんが顔を出した。
確か、そこは理科室だったな。
なんでそんなところに、あんたがいるんだよ。
彼女は俺の監視役だから、てっきり転移魔法ですぐ助けに来てくれると思ったのに。
「なんだ、お前は!」
俺を捕まえていたヤンキーは慌てた。
何か怪しい格好をした、ちょっとハーフみたいな感じの女がいきなり現われたからだ。
無論、彼女らは新撰組のダンダラ模様の着物姿で腰に刀を差している。
今日は、その少し人形じみた顔が少し不気味だ。
彼女らは、普段は愛想良くてまるで人間そのもののようだが、時々このように人外の雰囲気を意識的に強烈に醸し出す。
ある意味、それは人化したプリティドッグが意図的に行う人非アピールと同じで少々不気味だ。
俺はもう見慣れたけど、初めて見る人間にとっては、かなり不気味に映るものなのかもしれない。
そして今日の彼女達は何か怒っているようだ。
「もう織原、何をやっているんですか。
確かに私達はあなたの御目付け役も兼ねていますけれど、取引の仕事なんかもあって、いつも暇なわけじゃないんですからね?」
そう言っている彼女の手にはヤカンがあった。
「お、沖田ちゃん。
人の学校の理科室で何をやっているの?」
自分で彼女達を呼んでおいてなんなのだが、俺も随分と間抜けな顔をしていたと思う。
「そんな物、カップヤキソバを作っていたのに決まっているじゃありませんか。
あ、ハジメ。
時間は測ってくれている?」
「バッチリ~」
斉藤ちゃんも来ているのか。
「もう。
既に御湯を注いであるから一番デリケートな時間帯なんですから。
カップメンの中でも、やはりカップヤキソバは上級者向けですよね」
「いや待て待て。
何故、うちの学校の理科室でカップヤキソバなんかを作っているんだよ!」
「いや、だって!
魔王様が言っていたんです。
授業をサボって高校の理科室で作って食うカップヤキソバの味は最高だって!」
「それは日頃ちゃんと授業を受けている奴の話だろうが~。
あの魔王、部下に何を教えているんだよ。
それに今は、もう放課後なんだから授業なんて無いからな」
「総司~、もうすぐ三分ー」
「待って、今行くー。
あんた達、ちょっと待っていなさいよ」
くそ、相変わらず人の話を聞いていないようだ。
まあ、そういうマイペースな連中なんだけど。
いきなりの展開についていけなくて呆然とするヤンキーども。
遥は笑いを堪えて俯きながら少し震えている。
この後の展開が想像出来るのだろう。
中でどたばたとカップヤキソバを仕上げている音がし、それからヤキソバを啜る音がして、その合間に感嘆の声が漏れていた。
「うまー、やっぱり理科室で作って食うヤキソバうまー!」
それから、理科室の窓から這い出てきた二人は軽く咳払いをしてから言った。
「待たせたね!」
その表情は、いつもの人懐っこい彼女らのものだった。
単に、御楽しみのカップヤキソバタイムの邪魔をされて怒っていたのか。
「……うん、待ったけどさ」
何かどうしようもなく弛緩した空気が辺りに流れ、ヤンキー共も呆れ返っている。
「何なんだよ、お前らは!
俺達は、その織原に用があって来たんだ。
関係ねえ奴はすっこんでやがれ」
その啖呵を切られたので、沖田ちゃんは無言でかなりでかい鉄の球をアイテムボックスから出して、バレーのトスの要領で如何にも軽そうに広げた両手の指の先で打ち上げ、そいつは高々と送球を舞った。
その鉄球は、差し渡し直径一メートルはありそうなでかい奴だった。
「そおれっ、ハジメー!」
「よおし、アタックー!」
遠慮なくゴーレムのパワーで打ち込んだ、五~六トンは重量がありそうな鉄球は唸りを上げてヤンキーどもの真ん中目指して跳んでいった。
それは地面に勢いよく命中してめり込み、凄まじい地響きが鳴り渡った。
「ああ、こらこらこら。
向こうに遥もいるんだぞ!」
俺は慌てて後ろから俺を抑えている二人を振り払おうとしたが、そいつらは結構ガタイのいい奴らで、自力でその拘束を外せなかった。
鉄球を打ち込まれた方のヤンキーどもは大慌てで退いたので怪我人は誰もいなかった。
遥も新撰組隊士によって見事に救出されていた。
えーと、普通は一人くらい俺の救出に来てくれるもんなんじゃないのか?
「あぶねえな!」
「なんだ、こりゃあ。
て、鉄の球か!?」
もちろん、その物体は連中が揺すってみてもビクとも動かない。
「こんなもん、どこから出した。
思いっきり地面にめり込んでいるし」
「人間技じゃねえ」
ヤンキーどもが口々に文句を垂れ流していたが、まあ無理もない。
「そりゃあ、そうだ。
そいつらはゴーレムという連中だ。
人間じゃなくてロボット、いやアンドロイドみたいなもんだ。
凄いパワーの持ち主なんだから今みたいに怒らせると、ただじゃすまないぜ。
ちなみに、人間を傷付けちゃいけないというロボット三原則には従っていない連中だから、せいぜい気を付けるこったな」
向こうの世界にアイザック・アシモフという天才はいなかったし。
おまけにあの連中ときたら、『我らはゴーレム、心行くまま愉しく生きるのみ』という在り方なんだからな。
あいつらって別段生きちゃいないと思うのだが、魂みたいな物はあるらしい。
「はあ!?」
ヤンキー共は目を剥いて、新撰組の二人組と地面に深々とめり込んだ巨大な鉄球とを見比べた。
まあ、どうみても外見は只の女の子にしか見えないものな。
「ところで沖田ちゃん。
俺の事は助けてくれないの?
そのために呼んだんだけど⁉」
俺はまだ取り押さえられた格好で身動きができず、一人だけ間抜けな格好だ。
「何を甘えているんですか、織原。
自力で頑張りなさい。
あなただって苟も異世界で活躍した稀人ではありませんか。
一時は園長先生だって、きりきり舞いさせたほどの暴れっぷりだったのですよ?」
「いや、あれは。
あの時は俺も意識が無かったんだし」
「男なら言い訳無用」
「いいから頑張れ、男の子!」
あくまで俺自身に対抗させて、それを見て楽しもうとする二人。
「ちぇっ、しょうがねえなあ。
これじゃ沖田ちゃん達を呼んだ意味がないじゃんか。
じゃあ今度はこれだな」
脱出のために転移魔法なんて使わない。
忌々しい異世界の魔法なんて使いたくない。
しかも、それじゃまったく面白くない。
俺は首を揺すって、そいつを胸元から空中に放り出し、器用に空中キャッチで咥えると思いっきり吹き鳴らした。
その音は人間には聞こえないので、みんな不思議そうな顔をしている。
これは園長先生が作ってくれた必殺アイテムの『異世界犬笛』だ。
次元を越えて犬を召喚できる優れ物の犬笛で、基本的にフェルド用だ。
油断すると、あのプリティドッグを召喚してしまう事になる危険性もあるのだが。
そうなると大惨事になってしまうので非常に要注意な代物だ。
「呼んだー?」とでも言いたいかの如くに突然そこへ現われて、伏せの姿勢で懐っこそうに尻尾を振っている全長十メートルの巨獣を見て、さすがにヤンキー共も震え上がった。
「ぎゃあ~。なんじゃあ、それは~」
「い、いきなり現れたぞ」
「ば、化け物~」
ゴーレム二人組は呆れて、その様子を見ている。
「もう、本当に他力本願なんですね~」
「それでも男の子なんですか。
タマついてる?」
「うるせえよ。
俺は基本的に大人しい男なの。
あの暴れ者の魔王園長とは違うんだからさ!
おいフェルド、頼むよ。
そいつらとちょっと遊んでやってくれ」
「ウオーン」
大喜びで追いかけ回して、前足でじゃらしにかかる巨大な狼にヤンキーどもが泣き叫んだ。
「やめろ、やめてくれ」
「織原様~」
その情けない姿に何かこうムカっと来る俺。
弱い者には強気な癖に、ちょっと強い奴が相手だとこれかよ。
「おい、フェルド。
遠慮なんて一切しなくていいからな。
そいつらとは好きなだけ遊んでおいてやってくれ。
特別に許すからよ。
もちろん、甘噛みもOKだぜ」
それを聞いて、嬉々として連中にじゃれつく白銀狼。
最近、なかなかこういう御許しは出ないのだ。
まあそういう事情は知った上で召喚主として許可を出したんだけど。
一応、こいつは俺のボディガードの任務も受けていて、いつでも呼んでいい事になっている。
あの園長が自分で来るのが面倒だからだろう。
その間にすたすたと歩いていってしまう俺と遥の二人。
「ふう、何だったんだ、あれは」
「びっくりしたね」
俺はそっと遥の手を繋いだ。
「あいつらに変な事されなかったか?」
「うん、大丈夫」
よかった。
そんな事は、俺だってまだしていないというのにな~。




