99-5 二人の時間
「こんなものでどうでしょう」
「うん。
悪くはないわ。
あなたって本当に器用ね~。
アル御兄ちゃんとは大違いだわ。
あなたって本当に冒険者なの?」
ロレンスは、さもおかしそうに笑うと、菓子の出来具合を見つつ言った。
「私は冒険者パーティでは煮炊きをやっていましたからね。
他の連中の料理の腕が壊滅的だったので、自分でやらないと真面な飯にありつけませんでしたよ。
公爵家入りしてからは、優雅に御菓子作りなどをしながら楽しんでおりました」
「ふうん、そうなんだ。
でも、うちの素敵の数々も、全部あの御兄ちゃんが持ち込んだものよ。
あの人って自分じゃ料理とかは殆どやらないんだけどねー」
「ははは、普通の冒険者はそうですよ」
「御兄ちゃんは元々冒険者じゃあない、異世界の普通の人なんだけどね。
御飯はカップ麺やレトルト食品の時も多かったって。
あ、そこはもう少し練るようにして。
手早くね。
練りすぎても駄目よ」
ロレンスは楽しそうにエリから御菓子作りを習いながら、さりげなく訊いてみる。
「あなたは将来どうなさるのですか?」
「私?
もちろん、御嫁さんになるわよ。
うちみたいな楽しい家庭を作るの。
でも、まずは食いっぱぐれないようにしないとね。
そっちの方は本当に苦労したもの。
それと私のためにウエディングケーキを作ってくれる弟子を育てないとね。
みんな、まだまだよ。
さすがに王族のためにケーキを作れるレベルの人は、そう簡単には育たないわね」
そんなエリの事を眩しそうに見ながら、ロレンスはまたも聞いてみた。
「どんな方と家庭を築きたいですか?」
「そうね、優しくて面倒見のいいアル御兄ちゃんみたいな人もいいけど、ああいうタイプは思いっきり世話が焼けるからパス」
「はっはっは、確かに」
エリは遠い将来に思いを馳せながら、眩しくそれを仰ぎ見るような仕草をしながらボウルを置いた。
「あなたこそ、どうなの?
私なんかに構っている場合じゃないでしょ。
転移魔法の御蔭で公爵家に入れたのだから、いい魔法使いを産んでくれそうな御嫁さんを探さないといけないんじゃないの?」
ロレンスは爽やかな笑顔と白い歯を見せながら答えた。
「あはは。
その資質は私が提供するから、その辺の話は別によいのですよ。
義父からは、お前が好きな嫁さんを選んでこいと。
あの家へ婿入りしたわけではないですしね。
まあ気楽なものです」
「へえ、いい家じゃない。
貴族や王族だと、もっと厄介なところは幾らでもあるみたいだし」
エリは、あれやこれやを思い出して顔を顰めた。
「まあ、そうですね。
メルス大陸でも、十三か国の方は大変な家もあるようですが。
うちは仲のいいケモミミハイムが、どんと彼らとの間に構えてくれていますしね。
あと、十三か国の中でも貿易に意欲的なマリノ王国とも折り合いがいい。
あそこが十三か国の入り口に陣取ってくれているので我が国も安泰なのです。
あの国は今回も侵攻に参加しない事を唯一表明していましたし、裏ではこちら側の陣営に擦り寄ってきていましたからね。
そして反対側はあの魔物でいっぱいの海だ。
その海の向こうのロス大陸の玄関口であるハイド王国は、同盟国にも等しいような利害の共同体です。
本来であれば、誰も我が国になんか攻めてきませんのでね。
まあ、のんびりもしようというものです。
この前の十三か国戦役は滅多にない特別の騒動でしょう。
あれも、あのゲルス帝国さえいなければ、どうという事もない話でした」
なんだかんだ言いながら、不思議と仲がいい二人なのだった。
エリが歳の割に大人っぽい少女であるのに加えて、ロレンスが彼女の事を心から尊重し、一人の女性として素晴らしく敬意を示してくれるからだろう。
「さて、少し休憩にしましょうか」
エリに言われて手を空けるロレンス。
◆◇◆◇◆
そんな二人の様子を、俺が作った原始的な布というか板というか、そういう隠蔽グッズで壁と同化させて、エリーンと二人で忍者のように隠れて監視していたのだ。
このロレンスという男は転移魔法だけでなくて凄まじく勘も良く、冒険者としての役割がシーフだったせいか隠蔽を見破る力も非常に強い。
インビジブルで隠れていても見破られてしまう。
なんと俺必殺の感知無効スキルまでも見破られてしまった。
油断していると、あのプリティドッグさえも捕獲されてしまいそうなほど危険な男だ。
なんて油断のならない野郎なのだ。
伊達に高ランク冒険者としての才能で公爵家の養子として迎えられたわけではないな。
以前のケモミミ園襲撃騒動の時に、もしこいつが敵だったらと思うとゾッとするわ。
というわけで、この迷彩板のようなグッズで俺はエリーンと一緒に、キッチンエリの特別講習室の壁際に潜んでいた。
この方がロレンスのような男相手になら却って感づかれないものなのだ。
エリーンなんかは、むしろこういうやり方の方が専門家の元狩人、いや現役の黄金の狩人なのであった。
(特に問題はなさそうですかね)
(いや、まだわからんぞ。
帰る間際がよくないかもしれん)
(ああ、それはありえますね)
そんな事とは露知らず、エリはロレンスと一緒に優雅に御茶を楽しんでいた。
「私はね、幼い頃に母と死に別れたのですが、幼心にも朧に覚えております。
母がいつも美味しい御菓子を作ってくれた事、そして優しかった父。
あんな家庭を作ってみたいのです。
噂に聞くアドロスの大師、あなたはそんな母のイメージに重なるような方でした」
「いいけれどね」
エリはふうふういって御茶を啜ると、はっきりとこう言った。
「私、あなたの御母さん代わりにはなってあげられないわよ?」
「もちろん弁えておりますよ。
でも、こうして御会い出来て本当に良かった。
あなたは私が思っていたのと何も変わらない人だった。
あなたも今は幼いけれども、そのうちにきっと素敵なレディになられる事でしょう。
その時に私も伴侶としての選択肢に入れていただければ」
「うん、頑張るよ。
そう言ってくれてありがとう。
でも、私は好きな人がいるの」
「それは構いません。
宜しければ、それがどなたか御教えいただければ嬉しいのですが」
「それは駄目よ。
乙女の秘密なの。
それに、こればっかりはアル御兄ちゃんにもね。
ところで、そんなところで何をやっているのよ、アル御兄ちゃん達」
あっちゃあ。
エリにバレているぞ。
なんでだ!?
「園長先生、思いっきり顔と手が遮蔽物から出ちゃっていますよ。
エリちゃんの側からは丸見えです」
「おおっと、いけねえ。
つい乗り出しちまって」
思わず『園長先生は見た』の状態になってしまっていた。
いかん、いかん。
よくこうやって人に圧力をかけたりするので、うっかりと無意識にやってしまっていた。
「グランバースト公爵……」
「ま、まあそのなんだ。
ざ、残念だったな、ロレンス」
うひゃあ、かっちょわりい。
覗きがバレたあ。
しかも、あんなしょうもない理由で。
「まだ諦める気はありませんよ。
というか、なんですかそれ。
そんな玩具みたいな物で案外と気が付かないものなんだな。
それは稀人の国の物なのですか?」
ロレンスは怒るどころか、むしろ感心したように仕掛けを触りつつ確かめていた。
それから間もなくして、一週間の研修期間を終えてロレンスの野郎は国へ帰っていった。
なんかこうアレな展開になってしまったので少し気が引けた感じに油断していたら、野郎が帰り際にエリのほっぺにキスしていきやがったので追いかけていってぶっ殺しておこうかと思ったのだが、一緒に見送りに来ていた奥さんに頭を叩かれたので思い直した。
だが夢見る年頃の少女はちょっと頬を染めていた。
あの野郎も結構二枚目だったしな。
まあ、いいかな。
だがあの野郎は、転移魔法使いだから油断は出来ない。
さすがに他国の公爵家の人間の首に、魔封じの魔道具を括りつけておくわけにもいかないしな。
とりたててエリに危害を加えようという人間ではないらしいので、まあいいのだが。
それにしても、エリの想い人っていうのは一体誰なんだ?
またそいつが厄介な相手でなければいいのだがね。




