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95-3 国王陛下、回転寿司に行く

 それからどこへ行こうか迷ったのだが、結局回転寿司へ行く事にした。

 今度、回転寿司設備のメーカーへ設備を買うために視察に行こうかと思っている。


 それだって魔道具として作ろうと思えば作れるのだが、ちゃんと一式メーカーで売っているのだ。

 それに本物の機械式の回転寿司を正式に異世界にデビューさせてやるのも面白いし。

 まあメニューのネタは推して知るべしの内容ではあるのだが。

 ドラゴンステーキ寿司とか?


 ここは名古屋駅の地下街だ。

 今日は平日なので、まだ人は少ない。

 寒い季節だが、金曜なので夕方になればそれなりに賑わうだろう。

 夏暑くて冬が寒い名古屋では、人々は地下街を行く事が多い。


 色々と並んでいる飲食店や食品店に、陛下は気もそぞろだ。

 仕方が無いので、あれこれと店頭販売品を買いながら行く。 

 寿司店があまり混んでいなければいいんだが。

 駅地下なんで、あまり大きな店じゃない。


 だが幸いな事に、今は午後三時近くで時間が遅いせいもあるのか、店はかなり空いていた。


「ほう、これがお前の言う寿司屋というものか」


「ええ、これは回転寿司という形態です。

 これが物凄く普及したので、本家の寿司屋がほぼ絶滅してしまったほどですよ。

 ここはその中でも、比較的美味しい高級店ですね」


 高い分だけあってネタが美味しいのだ。


 年配の日本の寿司職人さんは海外へ行ってしまった人も多い。

 歳を取った職人さんの持つ蓄積された技術は海外では垂涎の的だ。

 海外の高級ホテルの寿司屋などでは若い職人さんをまったく見かけない。


 今はシャリすらも回転寿司ではロボットが握る。

 でも将来的にはその海外へ行く職人さんさえもいなくなるだろう。


 海外の人が見様見真似で握った、殆どやる気のない寿司はとても悲惨だ。

 真面な形さえ保ってはいない。

 それなら、まだ彼らが作ったチャーハンや焼きそばの方が遥かに美味しい。


 あれはチャーハンっつうか只のチャーハン風のピラフなんだろうけど。

 直火で炙ってパラっと仕上げたような美味しい物は置いていなかった。

 普通のアメリカ人のコックであれを作れるような奴はそうそういまい。


 昔ながらの寿司屋さんは、今はもう国内であまり見かけないのだから。

 随分と数を減らしてしまったはずだ。

 昔は町内に一軒くらいは必ず寿司屋さんがあって、何かあれば食べに行ったり出前を取ったりしたものだが。


 今では普通の寿司屋で出前を受けてくれるのは、かなり田舎の方くらいではないか。

 愛知県でも山の中の新城あたりではやっていたような気がする。

 愛知県は下手な街の寿司屋よりも何故か山の中の寿司の方が美味い。


 一般の寿司屋ではそんな余裕はない。

 街中では、ピザと同じようなデリバリー寿司屋くらいのものだろう。

 最近では一般の飲食店から配達のみを請け負うデリバリー業者も増えてきた。


 バブル崩壊後の日本からは何もかもが失われていってしまった。

 政治や役人は極端に保守的で、日本の民間が持つ全ての可能性をジェノサイドのように殺していった。

 日本が落ちぶれたのも当然だ。

 日本だけが下がっていくのに、他の国は上がっていくんだからな。


 あれだけあった世界を牽引出来るほどの、ありとあらゆるアドバンテージの全てが無駄に消滅していった。

 こういう国をビハインド国家っていうのかね。


 前に住んでいた家の近所にあった寿司店も一軒残らず閉店してしまった。

 回転寿司みたいに安く出来ないから、いくら美味しくたって御客さんが来ないものな。

 シャッター街と化した街の商店街と同じだ。


 彼らは海外で弟子を育てるのだろうか。

 日本人がとびきり美味い寿司を食いたくなったら、海外へ行くしかないような時代が来るのかもしれない。


 その寿司職人すら本国日本では激減しているので、やがては日本から指導員を供給出来なくなって、そのうちに純粋な日本風の寿司も海外から無くなっていくのだろう。

 少子化がそれを更に後押しする。


 海外の寿司職人は、一生をかけて技術を研鑽してそれを後進に伝えていくなんていう事は絶対にしないだろうからな。

 途中で仕事を変える人も少なくないだろうし。


 日本人の和食料理人が兼任で寿司を握るだけになるのだ。

 今でもそういう店は多い。


 だが寿司職人は、本来は長期の研鑽を必要とする完全な専門職なので、そうなると本当に美味しい寿司はもう食べられなくなる。

 寿司は『幻の味覚』として人類の記憶、いやメディアに残るだけのメニューとなるだろう。

 忍者や侍と同様に。


 うちも王侯貴族向けに日本人の寿司職人を雇うかな。

 今のうちに異世界で弟子を取ってもらうのもいいかもしれない。

 うちのゴーレムにも覚えさせよう。

 いっそゴーレムを寿司屋へ修行に出すか。


「いらっしゃい。

 気軽に申しつけてくださいね」


 声をかけてくれる店主に、国王陛下は笑顔で軽く会釈するとメニューを広げて選んでいた。

 こういうところがアルバトロス王家の人達のいいところなんだよな。

 見ていて大変気持ちのいいものだ。


 斉藤ちゃんが手慣れた手付きで、御茶の仕度をしてくれる。

 斉藤ちゃん達はあちこち派手に食べ歩いているのだ。

 こういう仕事も入るからな。

 もう回転寿司は完全に手の内に入っている感じだ。


「それでは、陛下は前菜を何になさいますか?」

「マグロ」


 些かの逡巡もなく御答えになった。


 な、なるほど。

 納得のチョイスだ。

 さすがは武の子孫だけある。


「それでは、この生マグロと大トロ、シアマジの刺身を人数分、それに生中を人数分御願いね」


 俺はおつまみとビールの注文に余念がない。


「はいー、まいどー。

 こちら生中四杯お出ししてー」


 この店は刺身も基本は値段の高い奴ばかりなので、それほど量はない。

 まあ口取りには充分だろう。


 さっと出て来た生ビールで乾杯する。

 音頭は当然、国王陛下が取る。


「それでは、日本の寿司屋の素晴らしさに乾杯じゃ」


 今度は回らない寿司屋に連れていかないとな。

 回転寿司の材料は、魚すら何の魚なのか怪しいし、変な下処理がしてあるかもしれない。


 まあ、今日のところはいいか。

 ここは比較的高級な店なので、その辺の事情も安い店よりはずっとマシなはず。


 幸いにして日本の家の近所に美味い本式の寿司店が一軒あった。

 近隣にある市にも、もう一軒あった。

 

「異世界アスベータに乾杯」


 俺もそう言って陛下とジョッキを重ね合わせた。

 もう現地でもアスベータという名称を向こうの世界の呼称にしてしまっている。

 元々は、ただ世界とだけ呼ばれていたのにな。


「大トロに乾杯」

「シマアジに乾杯」


 ゴーレム二人組は食べ物に乾杯した。

 連中も結構食い物には拘るのだ。

 これも実際には何という魚なのかは知らないが、少なくとも味は似たようなもんだ。


 手早く御造りが次々とカウンターに出されてきて、愛想のいい主人から声がかかる。


「言ってくだされば、お好きなネタを御流ししますよ」


「そうですね。

 では、まずマグロを。

 次に鯛を御願いします」 


 鯛と聞いて、国王陛下の顔も緩む。

 いつもの自分の持ちネタだものね。


「アルフォンスよ、お前は何が好きなのじゃ」


「そうですねー、その次はヒラメの縁側とツブ貝でしょうか。

 あと、大海老は外せませんね。

 イカも忘れちゃいけない。

 まあ、先にこちらの御刺身を頂きましょうよ」


 俺達は刺身を堪能しつつ、ビールの御代わりもいただいた。


 そして流れてくる注文した寿司。

 だが初めての陛下はうまく受け取れなかった。

 俺と斉藤ちゃんで手早くレスキューしておく。


「いやはや、これは楽しいが、なかなか難しいな」


「はは、そうかもしれませんね。

 おっと忘れていた。

 すいません、さび抜きの御寿司三百人前ほど御願いいたします。

 えーと、あとは子供用の、ああそれはいいや。

 そいつはどこかで買えばいいし。

 ここの美味しい御寿司で沢山いただければ」


 だが、突然顔色がよくない事になった店主がおそるおそる聞いて来る。


「一体どなたが、そんなにお食べになられるので?」


「いや子供とかでよく食う奴もいるしな。

 一番食う子は軽く五十人前くらい食べるよ」


 それを聞いて絶句する店主。

 いや、異世界には本当にそんな子供もいるんだよ。

 人間の子供じゃないけどな。


 本当にこの店、クレジットカードが使えてよかったわ。

 無制限のカードを用意しておいてくれてあってよかった。


 俺が元々持っていた物は百五十万円分の限度額しかないんだ。

 ああ、最近勝手に限度額が三百万円に上がっていたんだった。

 異世界でも使っていたからなあ。

 

 決済手段のライバルが増え過ぎて、クレカも昔ほどには儲からないからな。

 リボにしてくれと、毎回毎回煩い事煩い事。

 たとえ枠が無くても、あれだけは絶対にやっちゃいけない。


「な、なるべく頑張りますので。

 あ、あの。

 他のお客様の分が無くなりますので、ここは何とか百人前で御勘弁いただければと。

 あと御注文の量があるのと、シャリも炊かないといけませんので、少々御時間をいただきたいのですが」


「ああ、それでいいよ。

 駅のデパ地下でも食い物は買い込む予定だから」


 俺が笑顔で頷いたので、店主は安心した様子で握りに取りかかってくれた。


「あ、こっちは茶碗蒸しと赤出汁も御願いしますね」

「わかりました」


 店主は俺達の相手をしてくれて、他の二人は死に物狂いで御土産用の寿司を用意してくれている。

 他のお客さんだっているので、暇なばかりではないのだ。

 早くしないと休憩時間無しで夜の部に突入してしまうのだし。

 駅地下は人の流れが尽きないからなあ。

 まあ、そのうちに夜の部の従業員も来てくれるのではないだろうか。


 国王陛下は俺と違って器用なので、何でも箸で上手に食べる。

 それを見て店主も感心して話しかけてくる。


「そちらの御客さんは、箸の使い方も日本語も上手ですねえ」

「ああ、最近は中華や和食も海外に普及しまくっているからねえ」


 うん、異世界の国にもね。


「そうですか。

 そうでしょうねえ。

 それにしても、そちらの御客さんは何かこう威厳があって、まるで王様みたいですね」


 あはは、やっぱり普通の人じゃないものな。

 回転寿司を食べていても平民とはやっぱり雰囲気が違うのだ。

 とりあえず、笑って誤魔化す。


 斉藤ちゃんや沖田ちゃんも日本人風の美人だ。

 もっとも、やや日本人離れした感じの容貌ではあるのだが。

 髪は黒髪で黒い眼なのだけれど、若干は現地デザインも入っているからな。


 俺もそれなりに彫りの深い、やや外人風なので、やろうと思えば海外旅行に来た一団でいつでも誤魔化せる。

 俺だけは雰囲気がネイティブ過ぎて、一人だと完全に日本人扱いだが。


 陛下もにっこり笑顔になり、素晴らしい日本語で注文をする。


「店主。

 済まんが、皆にビールをもう一杯ずつくだされ。

 それと、このウニとやらの寿司を頼む」


「はい、かしこまりました」


 笑顔の店長の対応で、ゆったりとした異世界日本の遅い昼食を楽しむ、アルバトロス王国の国王並びに公爵なのだった。


 陛下は、俺の作ったリアルタイム解毒魔道具を首からぶらさげているので、毒見係も特に必要ないのだ。


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