84-4 王たる者、それは茨の道を行く者
そして彼はやってきた。
突然やってきてしまった。
転移魔法でミハエルが連れてきたその方は!
「ほう。
ここが古の都アルフォンスか。
そして、あのアル・グランド動乱。
遠い記憶の彼方に伝え聞いたこの都に、今になってこの儂がやってくる事になろうとはな」
アル・グランド王宮前には、何故か着物のように合わせるタイプの上衣をはだけ、筋肉隆々の肢体を見せ付けている偉丈夫が立っていた。
俺がアルバ王宮へ迎えに行くはずだったのに、何故かもうここにおられる。
何かこう逸って、気が急いたのであろうか。
とてもそんな風には見えないくらい、どっしりとされておられるのだが。
そして、その肩に担いだ大槍の迫力。
いや、こいつはでっかいわ。
槍と呼ぶのも憚られるようなゴツイ代物だ。
長さ三・五メートルの、刃渡りが一・五メートル近いぞ。
重心が超頭でっかちだ。
だが、その御方はビクともせずに余裕綽々で微動だにせず、威風堂々と立ち聳えておられる。
物理的に非現実的な光景に、思わず親方と重ね合わせてしまった。
この御方、本当に人族の方?
そいつはどう見ても対ドラゴン用の武器にしか見えない。
そんな物は、真面な人間には重すぎて軽く持ち上げる事すら無理だろう。
刃渡りも普通の槍と違い、とても大きいものだ。
あの方は、なんか凄く軽そうに持っていらっしゃるのだが。
軟弱なライトウエイトの魔法なんざ一切発動していないのが俺にはわかる。
まだまだ十分に黒い髪は後ろに馬の尻尾のように纏め上げ、口髭を蓄えた厳めしさが目を引く。
そして顎まで伸ばした髭には若干白いものは混じるのだが、たぶん俺と同じ歳くらいなんじゃないかな。
「ミ、ミハエル。
こちらの方は?」
「あ、ああ。
草原の国ザイードの現国王陛下であられる、草原の大虎ベイネス様だ。
我が義姉上の御父上でもあられる」
この白虎の俺よりもかなり逞しいな。
俺はひょろひょろ体形なんで、かなりなんていうものじゃないが。
これが、あの草原の黒狼太子の御父つぁんなのか。
確か虎って草原じゃなくて森の住人じゃなかったかな。
だが、そんな些事はこの方の迫力がぶっとばしていた。
そして俺にとっても我が義姉上の御父様なわけか。
つまリ、俺の少し遠い親戚という事でいいのだろうか。
身長は二メートル近くある。
限りなく親方に近い背丈だ。
そういや、あの太子も背は高かったな。
それよりも、いいのか。
「現国王陛下」が他所の国の応援なんかに来ていて。
元々、政務は息子に任せているようだったけど。
だが国王の座はまだ譲らず、若輩者を鍛え上げる事に専念していたらしい。
まあ親方だって昨日はここへ応援に寄越したわけだが、彼はトーヤの付き添いに来ただけだし。
そもそもあの人は、元々禄に政務をやっていない人なわけで、こういう仕事にはこれ以上ないくらい向いていない。
「龍殺しのベイネス。
まさか、あなたのような方が援軍に来てくださるとは」
「彼を知っているのか、アルス」
「仮りにも冒険者と名のつく職業に従事する者で、彼の名を知らないのは全世界で君くらいのもんだけどね」
そうだったのか。
おっさんは俄か冒険者というか、エセ冒険者というか。
元は冒険者でも何でもない只の異世界人なのだし。
それにしても物騒な通り名だな。
俺も一応は龍殺しの称号を持っている訳なのだが『龍殺しの』などと表現される字名は持っていないぞ。
「即位されて冒険者を引退されるまではSランクの冒険者だったよ。
僕も即位と同時に冒険者は引退だけれどね」
「案外と元冒険者の王様って多いのかな」
「王族関係で言うとそれなりにいるかもしれないね」
未だに現役Aランクの王妃様もいるけどな。
「ようこそ、ベイネス様。
その勇名はかねがね」
「うむ。頑張っておるかの。
いやSランクの実力は国家運営に必須なものじゃ」
ええー、本当かな~。
なんか嘘くせえな。
大体、あんたの息子は冒険者ですらないぞ。
自分の身分で、王太子の王の字すら略しているくらいだし。
だがベイネスのおっさんは、突如その巨大過ぎる槍を縦横無尽に振り回しだした。
唸りを上げて巨大な大槍が、縦横斜めと隈なく空間を切り裂いて回転している。
その勇壮な御姿は、とても現役の国王様には見えない。
まさしく龍殺しの称号を持つ勇者以外の何物でもない。
でもそれって、はたして国家運営に必要なものなの?
SSSランクの俺だって、運営しているのは幼稚園と小学校までなのだが。
まあ、この物騒な世界じゃ、いつ敵国が攻めてくるかわからんのであれなのだが。
王様が先頭に立つのも有りなのかもしれんが。
あの十三か国相手の海戦で、元大王国の血筋たるベンノハイム提督が先頭に立っていたっけな。
地球だってそうなんだが、さすがにこういうのはないよな。
地球にも、御自分で超音速戦闘爆撃機を操縦されるような本物の国王様も現実にいらっしゃるそうなのだが。
確か物騒な中東の辺りだったよな。
結構ネットを媒介して、そういうキャラが外国の若者にも人気だったりするし。
御蔭で国王自ら戦闘爆撃機を駆ってテロリストどもを爆撃に行ったなどという世界的な風評が立っている。
実際には、さすがにそれはないらしいが。
万が一にも国王様が撃ち落とされて死んだりしたら、残された家来どもが困ってしまう。
テロリストだって携帯式の対空ミサイルくらいは持っている。
王様が撃墜されて脱出し、テロリストに生きたまま捕まってしまっても、これまた大変な事に。
解放交渉などにおいても周辺国家を巻き込んで政治的な思惑が、鳴門の大渦張りに渦巻いてしまうわ。
そんな俺の疑問は蚊帳の外に置いたまま、彼の人「龍殺しのベイネス」は、ずかずかと王宮の中へ入っていった。
彼はきっちりと国王執務室の机に陣取り、実に細かくチェックを始めた。
アルスが面倒を見ていたエルフ新町謹製の椅子の座り心地から、机上の配置や引き出しの中身、そして後ろにある棚というかキャビネットの中まで精査していた。
目の付け所が恐ろしくヤベエな、この親父。
見た目の豪快さと違って、かなり繊細な感覚の持ち主だった。
これは実の息子も大変なわけだな。
そして彼は突如として大笑いし始めた。
「いやあ、やるのお、若いの。
これは中々のものだぞ。
そして、あの辺りに並べられた魔道具ときたら、実に大したものよ。
王国運営に、あそこまで力を入れる者もそうそうはおらぬて。
最近の若い者ときた日には気の逸るようなところにばかりに神経を使いおって。
こういう地道な部分に目を配るものこそが、真の王というものだ!」
いやあベタ褒めにされているけど、そこはアルスも苦笑いするしかない。
すべての采配はトーヤが振るって、現場で指揮を揮った部分だからなあ、それ。
ま、まあいいけどね。
それも全てアルスの人望が元になっているのだから。
「大好きなアルスちゃんのために駆けつけた」トーヤの手柄だからな。
ケモミミ園から御見送りする時に、おチビ猫も言った。
「トーヤおにいちゃん、あたしのアルスちゃんをよろしくね~」
可愛いガッツポーズで応えるトーヤ(ケモミミ長老)。
他のみんなも手を振って見送っていた。
何しろ、アルスは園に関わった冒険者の中では子供達からダントツで一番人気だったからな。
あの遊びの天才であるアルスと人気でためを張れるのはエリーンくらいのものか。
「これとても貴様自身が考えた物ではあるまい。
だが、それでよい。
全てを一人で成し遂げられる王など、この世界のどこにもおらぬ。
己が心から信頼する仲間、また己を信頼して力を尽くしてくれる仲間、それを得る力。
それもまた王道よ。
見たところ、御主はまずまずの王とみるがな」
俺の方をチラっと見ながら、豪傑な現役国王様が豪快に笑った。
そして人差し指でポリポリと頬をかきながら頭を下げるアルス。
「どうも。
私のような新米国王のやる事など、あなたのような方には全て御見通しですね。
すみません、しばらく御世話になります」
「うむ。
うちの洟垂れと違って、若輩ながらも数々の修羅場を潜り抜けて来たお前は鍛え甲斐がありそうだ。
共に力を合わせて、この国を再興しようぞ。
かつて儂が王位を継いだばかりの頃、我が国は帝国の脅威に屈しかけていた。
だが御主の祖父は我が国へ単騎駆けつけてくれ、この若輩者も大いに薫陶を受けたものだ。
御蔭で我が国は帝国の謀略に屈せずに済んだ。
だが二十五年前には国もまた少し大変な状況で、儂はここへ駆けつける事も叶わず、期せずして為してしまった忘恩の様に無念の涙を飲んだものよ」
「そうだったのですか。それでは、これからよろしく御願いいたします」
深く深く一礼する若き国王。
かつて草原の勇者と謳われた伝説の国王。
その方が若き日の恩を返すために今、古き王国の復活に馳せ参じてくれた。
もうこの国は大丈夫そうだなあ。
ふと視線を感じて振り向いたら、新生アル・グランド王家の家宰に収まった男が優雅に礼をしてくれていた。
俺がアルバの学園から連れてきた六人の学生達も、ちょっとこの尋常ではない雰囲気に圧倒されていた。
彼らはここで、正式な卒業までは実習生扱いとなっている。
いきなり、この荒れ果てた国と運命を共にと言われても困るだろうからとアルスが配慮したものだ。
草原の勇者様も、新国王のそういった気遣いに対して満足そうな笑みを浮べていた。
人望のある若き国王と、それを補佐してくれるアル・グランド王国に恩義を感じている現役国王の国家運営コンサルタント。
全てはなるようになったのか。
だがな、アルス。
手を貸してほしい時があるというのなら、この魔王園長がいつでも駆けつけるからな!




