84-3 男の華
向こうへ戻ってみたら、何かアル・グランド王宮の仮執務室の様子がおかしい。
別に異変があるとかそういう事ではないが。
むしろ活気があるというか、そんな雰囲気なのだ。
今ならどちらかといえば、死んでいるような雰囲気こそが、ここの空気に合っているような気もするのだが。
「はいはいはい。
そこ、もうちょっと頑張って~。
おっと。
陛下、ちょっと休憩にいたしましょうか。
グランバースト公爵が御戻りになったようですし」
そこには、何か陽気に采配を振るう青年がいた。
なんというかこう、艶やかな感じ?
彼は金髪を軽やかに靡かせて、バイオレットの瞳を知的に煌かせていた。
だが王子様のように御髪を丁寧に撫で付けたという感じではなく、半ば野趣溢れる雰囲気の男だ。
強いていえば、「海賊王子」みたいな感じか?
あのハイド王族の必然たる野生の味と共に高貴な雰囲気を自然体で纏わせている海賊王シドに、更なる野性味と併せて庶民的な人懐っこさを加えたような不思議な感じだろうか。
またそういう按排だからなのか、そいつからは妙に人を惹き付けるような要素が醸し出されている。
「ん? 君は誰なんだい?」
「御初に御目にかかります。
私はグランバースト公爵家の家宰ロドスの甥にして、ヘルストン家の一員でシュワルツと申します。
どうぞ、御見知りおきを」
なんというかこう、陽気なイタリアン・シェフのような男だな。
悪い印象は受けない。
歳の頃がアルスと同じような年代であるのも、今の彼にとっては好印象だろう。
だがこの男には、もし家宰として扱うのならば、一目見てわかるような重大な問題がある。
「華が有りすぎる」のだ。
主人を食っちまうような華やかさ、個性が見受けられる。
さてはロドスが言っていた、一族で持て余している男というのはこの男の事だな。
これは疎まれるというか、なんというか。
この男を貴族の家に置いておくと、きっと先方が落ち着かないだろう。
どこの家でも上手くいかなかったものに違いない。
だが、この年寄りの目から見ても相当に有能な男とみたが。
俺っていう男は、どうにもこうにも人を自分の年輪を通して見る癖があるな。
「ロドス。
これが例の君が言っていた、ヘルストン家の人間で少々難ありという人材だな。
今までのところをどう見る」
「そうですな。
とりあえず様子見という事でいかがでしょう。
有能な男であるのは、この私が保証いたします。
色々と気が利く男なのでアルス陛下も助かるでしょう。
なんと言いますか、今の時期のアル・グランドには非常に有用であるかと思います」
今の時期、はね。
まあ居てもらってもそう困るものではあるまい。
「じゃあ、シュワルツ。
これからよろしく頼むよ」
そのように言われたシュワルツは、嬉しそうに俺に向かって恭しく礼をした。
まあここで駄目だったら、うちで貰ってもいい具合の男かな。
圧倒的に人材不足であるアルスのところなら、こういう人材でも、よほど持て余すような事はないと思うのだが。
なんといってもアルス自身が、少々の華に食われたりはしないほど数々の逸話を残してきた英雄王であるのに加えて、そもそもここでは持て余すほど人材が余ってはいないのだし。
ここはクーデターにより荒廃した古の王国を劇的に再誕させた国。
むしろ、これくらい華がある男を英雄王の傍に置くくらいで丁度よかろう。
もしそれでもうちへ回ってくるようならば、また癖のある奴とかの相手をさせてやってもいいだろうし。
とりあえず、アル・グランドにしろうちにしろ、居てもらって何も困らん稀有な人材だ。
あるいは王都の公邸の方へ回しておくのも悪くない考えだ。
うちは千客万来な感じの家だし、こういうタイプの人材が一人いてもいい。
こいつも千年物の末裔の一人なのだしな。
ハロルドは離宮の方へ回ってもらってもいいし、本邸を二人体制でやってもらってもいい。
いっそシュワルツをメインである離宮の方へ回して、身内であるロドスの方ではなくシェルミナさんの下に付けてリベロ的な使い方をしてみるのも面白い。
また何かあればアル・グランドへ戻してもいいのだし、とにかく俺の管轄で是非使いたい男だな。
「やあ園長先生、お帰り」
やれやれ、こいつも『お帰り』なのか。
アルスも、もう少し俺に居てほしいとみた。
「ああ、ただいま。
明日、王都学園の生徒を何人か見繕ってくるつもりだ。
もう学園長と国王陛下には話を通してある。
この時期なら、特別に正規卒業扱いにしてもらってもそう問題はないだろう。
既に卒業が確定している連中なんて仕事を探すのに専念するシーズンだ。
俺の学園講師権限で、そのようにしておこう」
「そうか、それは助かるな。
あそこの出身者は優秀だから。
それにしても、よく今頃人材を確保できたね」
「まあ、時期がよかった。
もう少しタイミングが遅かったら駄目だったろうな。
それと、うちの陛下が君本人に対して助っ人を寄越すそうだ。
俺も誰だか知らないのだが、あの陛下の推薦なんだから、そうおかしな人は寄越さないはずだ。
アルバトロスの国外から来られるそうだ」
それにはアルスも少し微妙な顔をする。
「へえ? 誰なんだろう。
まあ、僕としては助かるけれど」
「うん、多分国王経験者みたいな雰囲気なんだがな。
俺にもよくわからん。
まあ明日になればわかるさ」
トーヤ達は一旦帰ったようだ。
あの子も御昼寝は卒業した頃だろうか。
「御茶が入りました」
シュワルツはワゴンで御茶を運んできてくれる。
御茶を入れる際の優雅な手付きは、やはりこの男も千年物の一族の出である逸材なのだと知らしめる。
「ありがとう」
御茶を一口含むと、ふうっと息を吐くアルス。
今のアルスに必要なのは、こういう男なのだろう。
相手の呼吸を見て動ける技量というか、人をホッとさせる空気を作れる心映えの持ち主というか。
こんな人材は鐘と太鼓を鳴らして捜したとて、そうそう見つかるものではない。
そして明日はまた別の方向からの援軍も来る予定だし。
「シュワルツ、またそのうちに戴冠式と結婚式をやらねばならん。
花嫁も一気に二人前だからな。
心しておいてくれ。
あと、新婚旅行の日程もある。
旅行の面倒はうちでみるが、その間のこっちの仕事の方とかはな。
必要ならば援軍を出そう。
まあ十中八九は援軍が要ると思うがな」
いっそ、またジョニーを貸し出すか。
今頃あの犬は、自分の女房子供相手に熱く冒険譚を聞かせている頃合いだろう。
「かしこまりました。
詳細はまた後ほど御願いいたします」
この男ならば、何かにつけて全てを卒なくやってくれそうだ。
事ここに至って、一つ大きな安心材料ではあるな。
昨日の惨状を省みて改めて思うわ。
御蔭で応援の侍女軍団もきちんと休憩出来ている。
侍女……?
「アルス、今気が付いたのだが、お前に侍女はいるのか?」
だが、それを聞いた彼はペンを片手に、ただただ笑ってしまっていた。
「園長先生、この僕にそんな気の利いたものがいるはずがないさ。
僕はつい二~三日前までは一介の冒険者だったんだぜ?」
少し疲れたような感じで応えを返すアルス。
やっぱりかあ。
王様に侍女のような人間一人いないのは、
「わかった。
とりあえず、それも陛下と相談しておく。
あの子が自分の侍女を何人か連れてきてくれるとは思うが、それはあくまで王妃付きの侍女だからな。
それまで、うちの侍女さんとゴーレム達で凌いでくれ」
うちの経験したノウハウが真面に生きる展開になったな。
「ありがたく、そうさせてもらうよ。
何から何まで悪いね」
「気にするな。
お前は俺の身内みたいなものなのだからな。
おっと身内と言えば、アルス。
ギルマスのアーモンには挨拶が出来ていたかな?」
彼は忙しすぎて、うちの行事にも中々出てもらえないのだ。
だが、ここは元チームメイトのために一つ頑張ってもらおうかな。
何せアーモンは、アルスの少年時代に母親代わりだったヘレンから直接彼を預かっていたくらいの関係なのだからな。
「あー、それ。
向こうも、いつも忙しいからなあ。
ちょっと遠慮していたら、もうこんな状態だよ」
「あっはっは。
そうか、じゃ結婚式にはアーモンを呼ぶか。
その間くらいはレッグさんがなんとかしてくれるだろう。
あいつは、お前の父親代わりみたいなものだからな」
「あはは。
父親か、いいね」
そういや、ここの大神殿とかはどうなっているのかな。
結婚式を執り行なってもらわないといかんのだが。
独裁国家だと大概がそういう物を排して独裁者が自分を偶像化するものだから、現状神殿自体が無いのかもしれんな。
ゲルスにとっては、このアル・グランドなどは世界を手中に収めるまでの踏み台のつもりだったらしいから、そんな物は必要なかったのだろう。
最悪はジェシカとかに頼む手もあるが、神聖エリオンがいれば、まあなんとか格好はつくだろう。
この俺とて精霊の森から頼まれて大神殿を取り仕切る大司祭なのだからな。
やる事がいっぱいで頭が痛いな。
当分の間は裏ダンジョン攻略に行けそうもない。
今頃アドミンの奴が待ちくたびれてイライラしているかもしれないな。
この前、あれだけ格好を付けて退場していったというのに。




