84-1 段ボール君主
「それにしても、人材不足は否めないねえ」
明け方、やっとローゼンバーグ公爵から解放された俺達はアル・グランドに帰還し、死屍累々の国王執務室を見回した。
「ああ、もう駄目だ」
たっぷりと体中にアルコールを詰め込まれたアルスは、自ら床に段ボールを敷いて転がった。
まるでラノベの編集者か、夜勤の工場労働者みたいな有様だな。
そっと梱包用の大型プチプチマットを被せてやるのは俺の優しさだ。
こいつには俺も工場勤務時代によく世話になったもんだぜ。
これがあれば冷たい石の床も怖くは無い。
若くして段ボールの温かみを知る、苦労の塊のような国王。
将来は、きっと名君と呼ばれるようになるのに違いない(どこが)。
ここは執務室というのは名ばかりで、広めな会議室のようなものだ。
名前の発祥も含めて、俺の故郷西三河がその源泉である『カイゼン』をやりとげたトーヤ達は、収納で持ち込んだベッドで可愛い寝息を立てている。
俺がトーヤの布団をかけ直していると背中から声がかかる。
「よお、お帰り!」
一人、いや一匹だけ元気なプリティドッグがサインしまくっていた。
「お、ジョニー、御苦労さん。
さすが魔物だけあって元気いっぱいだな」
「いやあ、これちょっと楽しいわあ。
だって、この俺のサインで国が一つ動くんだぜえ。
おい、執事の小僧ども。
次の書類をさっさと持ってこい。
我はアル・グランド王国の国王陛下(偽)であるぞ」
なんかこう、豪く調子こいているな。
当の国王は今絶賛、段ボールの上で死んでいるところなのだが。
そして、こっちも半分死んでいるミハルドが、ふらふらと書類を持ってきていた。
「なあ、魔王。
サインの代わりに、俺様の足型じゃ駄目かな?」
楽しそうにとんでもない事を嘯く犬がいた。
「さすがに、それは止めてくれ。
あ、でもアルバの王妃様とか、あの犬公爵にくれてやったら喜ぶかもな」
親書のサインに付け加えておくと、可愛くて悶死されるかもしれんな。
そういや、多分一匹は花嫁と一緒にこっちへ来るかもしれん。
こっちにもドッグゲートを繋いでおかないといけないな。
油断すると、ここも犬だらけになっているかもしれんが。
そして背中から声をかけてくれる人がいた。
「御帰りなさいませ、旦那様」
よしてくれよ、シェルミナさん。
まるで、ずっとここへ帰ってこないといけないみたいじゃないか~。
さすがにそれはなあ。
それにしてもピンシャンとしているな、この人も。
「まだ連中に付き合っていたんですか。
もう御休みになられては」
「いえ、この状況ではおちおち寝てなどおれません。
姫様に対して面目が立ちませぬゆえ」
もう。
一昔前の日本人みたいな人だな。
この人は稀人子孫ではないはずだが。
その肝心の姫様は、まだ離宮で寝こけていそうな按排だが。
「あの子達が色々とやってくれている御陰で、随分と仕事の効率がよくなりましたよ」
そう言って、彼女はトーヤ達の方へ優しげな表情を向ける。
「うん、うちの子達の中ではトップエリートの子達だからね」
「しかして、アルス陛下も元々非常に優秀な方ではありますものの、国王としてはまだまだ不慣れ。
そのあたりをサポートしてくださる方がいらしたほうが良さそうな按配でございますが」
ああ、王宮務めの長いシェルミナさんから見たらそうなんだろうなあ。
いかに最古参のSランク冒険者といえども、さすがにいきなり国王業務はなあ。
アルスなんて上級冒険者の中では性格がかなり真面な奴なんだが、まあ国王たる者はそうばかりでもいられん職業なのだし。
「シェルミナさん的にはどうしたらいいと思う?」
すかさず王家古参の知恵袋を借りに行く俺。
「とりあえず、ミハエル殿下にでも御相談なされてはいかがでしょうか。
それと旦那様も大変御疲れの御様子です。
それはまず少し寝てからという事で」
「なるほどなあ。
じゃあ後でミハエルに訊いてきますね~。
では、俺も失礼して」
そう言いながら、段ボールの上にプチプチマットの敷き布団を敷いて、俺は倒れこむようにして眠り込んだ。
そしてシェルミナさんも優しく大判プチプチマットの掛け布団を被せてくれるのであった。
彼女も無事我が家の風習に毒されてきているようだ。
目が覚めたら、もう日は高くなっており昼になっていた。
辺りには死屍累々の屍の山がダンボールの上に載っていた。
気になってレーダーMAPを展開したら、本当に灰色になっている奴は一人もいなかったので安心した。
どうやら奇跡の霊薬エリクサーの出番はないようだ。
あれって本当に『本来の用途外の用途』にしか使った事がないんだよな。
それで世界を救うほど物凄く役に立っているのは否めないが。
霊薬部外品っていう奴なんだろうか。
アルスが一人で黙々と仕事をしていて、臨時の文官を務めているロミオが受け取った書類を運んできている。
ロミオは、あの時市民の中で真っ先に立ち上がって叫んでいた青年だ。
そんな人材を逃がす余裕は今のアルスにはない。
うちの執事どもがダウンしているのでジョニーの出る幕はもう無い。
というか本物が帰ってきたので、王様ごっこはもう終わりだ。
執事どもは急場を凌ぐために連れてきただけなので、そろそろ連れて帰るか。
うちの仕事も溜まってきているはずだ。
とりあえずベッドの上に寝かせてくるか。
「いや、あの執事の子達も中々優秀だね。
書類も及第の出来で片付けてくれてあったよ。
結婚式の時はまた貸してくれない?」
「そういえば、お前が体を空けないといけない行事もいろいろあるよなあ。
落ち着けば政務の方も少しはマシになるとは思うが」
正式な戴冠式と結婚式があるな。
いっそ、そいつはシドの時みたいに一緒にやるか。
その方が手間ない。
というか一緒に片付けてしまわないと、アルスの体が空かないから無理だしな。
「うーん、落ち着くかなあ。
トーヤ君の御蔭でだいぶ書類に関してはマシになったよ。
シェルミナさんや真理ちゃんが作ってくれた形式が行き渡れば、かなりの省力にはなるかな」
そう言う間にも、アルスは手を休めない。
流石は元Sランクだけあって書類仕事をやらせても手際が良い(俺やギルマス・アーモン除く)。
アルバ訪問の用件が済んだので、アルスも精神的には少し落ち着いたようだ。
「それで、うちのシェルミナさんから話があったのだが、国王の政務を補佐してくれる人物をなんとか連れてこれないかと思ってな。
あくまで応援としてなのだが、出来れば国王経験者みたいな人をだな」
「そんな人が、うちなんかに来てくれるものかな?」
「さあなあ。
とりあえずはミハエルにでも訊いてみるつもりなんだけど。
あいつだって、早くアル・グランドが落ち着いてくれた方がいいと思っているだろうしなあ」
戦後処理が上手くいかないとイラクとかアフガニスタンみたいになるからなあ。
まあ、ここはあんな酷い事にはならないだろうけど。
アルスという、かつての王太子が古巣へ帰ってきて戴冠しただけなのだから。
諸国からの支援も手厚い。
それでも早く落ち着いてほしいのは確かだ。
トーヤの付き添いである親方も、ずっとこっちにいるって訳にはいかんだろうし。
仕事としての鍛冶が出来ないと、そのうちに爆発してしまうだろう。
こっちでは鍛冶どころではない騒ぎだったからなあ。
そもそも、彼は我々が希望するタイプの人材ではないのだ。
現役国王のくせにな。
むしろ、そういう需要なら女将さんの方が欲しい。
彼女は一足先に国へ帰っていったが。
そうしないと向こうの国が回らなくなるからな。
だが、あの国から彼女を抜いてしまったら大変な事に!
「まあ、期待しないで待っているよ」
頭を振って気合を入れ直す新米国王がそう言った。




