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83-6 シンデレラは帰れない

「うー、何か緊張するねー」


 珍しく、この経験豊かなSランク冒険者が緊張している。

 少々の事では決して動じないこの男が。


 もう、さっきの修羅場については考えない事にしたようだ。

 この辺の切り替えの速さはさすがだな。

 どうせ国に帰ったら、あの渦中の主人公なのだし。


「あー、そういや俺はこういうのをやらなかったっけなあ」

「あは、あれはねえ」


 あれは酷かったな。

 別に現状に文句があるわけじゃないのだが。

 あの時は【いい機会だから、ついでに片付けてしまおう感】が半端なかった。


『御嬢さんを私にください』


 これは確かに人生の一大行事だな。

 相手の歳も歳だし。

 特にアワアワいう奴が。

 あれも、もう十一歳になったのか。

 あいつは親いねえけどな。


 アルバトロス王国で唯一の姫になったせいか、アワアワ娘よりも一つ年上なだけのハミル王女も最近は年齢も相まって少し大人びてきた。

 今のところ、それはもっぱら弟弄りの方面に特化されているようだったが。


 まあ歳については、若い国王の場合はそれくらいなら当たり前レベルだからいいか。

 うちの見事過ぎるまでの歳の差夫婦に比べたらな。


「よお」


「おやおや? これはこれは。

 ようこそ、アルバ王宮へ。

 英雄王の御一行様」


 俺達二人と顔馴染みの門番に挨拶して王宮入り口を通る。

 心なしか彼も、にやついているような感じで見ていた気がする。

 そういう事は気心が知れた奴ならば、顔には出していなくても、まあなんとなくわかるものだ。

 なんとはなしに振り向いたアルスに笑顔のサムズアップが飛んできた。

 それに対して、ほんのりとした笑顔を浮かべて軽く優雅に手を上げて返し、アルスも少し緊張が解れたようだ。


 今日は特に他国の人間(アルス除く)が参列するような公式行事ではないので、俺の相方であるシルは来ていない。


 本日のメインプレイヤーがアルスなので、肝心のメイン花嫁であるベルベットなんかは、もうその場に居るだけでいい御飾りに過ぎないのだ。

 サブ花嫁の方は顔見せすらしないかもしれない。

 あれをいきなり半公式な行事に出して何か粗相をされても困るし、御飾りの人形に徹していないといけない立場であるメイン花嫁がバタバタしてしまいそうだ。


 今日は彼女も侍女の貴族令嬢一人だけを帯同してくる。

 ベルベットも事情は分かり過ぎるほどよくわかってくれているしな。

 本当に賢い子だ。

 今回の酷過ぎる状態の中で、この子の存在だけが光り輝いている。

 今のあの国を照らす唯一の希望の光なのだ。


 なんたって本来ならば何事にも動じず卒のない男であるはずのアルスが、あの為体(ていたらく)なんだからなあ。


 何しろ彼女だって、主従共々ずっとあのポンコツと王宮で同居しているのだから。

 同居というか、王族関連は皆王宮ゾーン内にいるのだが。

 自宅である北の公爵邸だけでなく、王宮にも彼女達の部屋があるようだ。

 バイトン公爵家のキルミスにさえ部屋があったらしい。


 本来ならばバイトン公爵家の後釜であるうちがそこの住人になるはずであったのだが、シルがそこを嫌がって元々自分の部屋だった場所をうち用にしたので、そこは空室のままになっている。

 その空き部屋はメリーヌ元王女の居室ともども、やがてこの国に誕生する新王女王子達の部屋になるのだろう。


 あのアワアワ娘の素性が素性だけに、二人とも警護の厳重な王宮の方にいる事も多かったようだ。

 ベルベットの兄達も王国騎士団の重鎮として王宮近辺にいてくれていたし。

 元々はその縁で、あのポンコツ娘が王宮にいたのだから。


 あの二人の兄達も、ゲルスの問題が片付いたので、やっと一安心といったところか。

 まさか自分の妹があの国へ嫁に行くとは思ってもいなかったらしいが。

 彼らは将来、一人は先に北の公爵家へ戻って父親の跡を継ぎ、もう一人はそのうちに自分の家の騎士団を任されるのだろう。


 そういう訳もあって、あのあたりの王族少女達は大変仲がよかったらしい。

 彼女達の従兄弟が暮らす母親の実家なんかは、まさにそれそのものの雰囲気だし。


 まあ本日の行事なんかは、アニオン公爵がピシっと取り仕切ってくれてあるはずだ。

 別に遠い国から長い時間をかけて旅をしてきた異国の花嫁という訳ではないのだからな。


 関係者は全員顔見知りなのだ。

 アルスも、あの王族の家にいるにしては一風変わっていた少女には、仕事柄よく注目していたようだし。

 まさか自分の親戚だとは思ってもみなかったらしいが。

 だって彼は凄いSランク冒険者なのに、アレがあまりにもポンコツ過ぎるので。


 本日はシルもサポートの必要すら感じていないようだ。

 さすがに生まれながらの生粋の王族なので、こういう場合の進行もよくわかっている。

 最近はシルもだらけているので、あまり堅苦しい場には出たくないのかもしれない。

 実家へもよく顔を出していて、親の顔なんかは、しょっちゅう見ているしな。


 どうしてもベルベットのための支援が必要なら、呼べば彼女もすぐ来てくれる手筈になっている。

 シルは真理や葵ちゃん達と一緒に予備メンバーとして離宮にて待機中なのだ。

 さすがに、いくら優秀な人間だとはいえ、うちの奥さんをあの修羅場の国へ送るのは憚られたし。

 真理も子供の世話があるので向こうへ行っていない。


 まあ性格的に、アルスもこんな些事くらいは無難にこなしてくれそうだ。


「やあ来たね、アルス君。

 いやアル・グランド国王陛下」


 いきなり後ろから声をかけてくるのは当の花嫁の父だ。


「こ、これはアニオン公爵閣下。

 御久し振りです」


 突然声をかけられて、心の準備が出来きていなかったので少し慌てるアルス。


「ははは。

 まあ気楽にな。

 別に取って食いはせんよ。

 今日は形式に則った御披露目に過ぎない。

 何分、王族にとってはこういう物は大事でね。

 こういう事にも早く慣れてくれたまえ。

 君もSランク冒険者として色々と見てきたのだろう?」


「は、はい。

 ありがとうございます。

 それでも、やはり当事者となると色々と緊張いたします」


「何、すぐ慣れる。

 それに、そこにいる君の親友である魔王も一緒なんだから気楽にしたまえ。

 君は嘗てこの国の危機を救い、ミレーヌ王女やエミリオ王子を守ってくれた英雄だ。

 この国の王家で、君に対してそうとやかく言う者はおらんよ。

 ああ、ただ東の公爵には少し気を付けたまえ。

 あそこも娘をアル・グランド王国の王妃に出したがっていたからね」


 げ、そうなのか。

 俺の渋そうな顔を見て、アルスも苦笑いだ。


「俺は東の公爵にはまったく伝が無いんだ。

 おかしな事にならなけりゃいいがな」


 別に悪い人ではないらしいし、この国を強く思う立派な人士なので無碍にはできないのだが、俺はあのカイゼル髭がよく似合う厳つい顔立ちの人の事が大層苦手だった。


「ま、まあ。

 国同士は殆ど大陸の端と端にあって離れているし、そう特に問題は無いんじゃないかな」


 そうだといいんだがなあ~。

 俺が転移の腕輪を超大量にバラまいちまったんで、アルバトロス関係の案件では距離の問題ってあまり関係ないんだよね。


 それはアルス本人にさえやってあるんだしなー。

 今回の挨拶も、本当ならかなりの時間をかけてアルスが移動しなけりゃいけない行事なので、すぐにはやれないのだが、まあ俺の関係者には関係ないわな。


「さあ、行こうか。

 国王陛下も御待ちかねだ」



 俺達はアニオン公爵に促されて晩餐会場へと出かけていった。

 中に入ると、なんと御出迎えは当の東の公爵だ。

 俺の顔は若干引き攣りかかったが、かろうじてそいつは抑え込んだ。


 だが、彼は表情を面(おもて)に表さないまま、このように俺を労ってくれた。


「やあ、グランバースト公爵。

 此度の戦役は真に御苦労であった。

 いや、大儀大儀」


 開口一番、真面目くさった表情(かお)でそう言われたので、逆に俺の方が慌ててしまった。

 なんと彼は、この俺にそれを言うだけのために、わざわざその場で待ってくれていたのだ。

 いかん、ここが俺にとって本日の天王山だ。


 俺は心の中で兜の緒ならぬ、かつては世界一高価な材質と言われた自衛隊の特殊鋼製ヘルメットの締め金具を、しっかりと締めておいた。

 マジで、あれを被っておきたいくらいの心境だった。


「あ、い、いえ。

 別にそう大した事では。

 あ、いや頑張りました。

 全身全霊で頑張りましたとも!

 なんたって、この私は敵を迎撃するためにいる西の公爵なのですから~」


 この人がこう言う時には、特に他意など微塵も無いらしい。

 実直で一本気、国を思う気持ちは人一倍強いので、国に対する脅威を退けた俺をちゃんと称えてくれているのだ。

 こういう時に変に勘繰ったりすると、却って良くないとミハエルからは聞いている。

 しかも逆の場合には、大変厳しい御言葉を頂く羽目になるのだろう。


 彼は俺の返答に満足そうに頷くと、アルスにも挨拶して促した。


「アル・グランド王国、アルス国王陛下。

 アルバトロス王国へようこそ。

 どうぞ、御席へ」


 この国にずっと滞在していたアルスにとっては、あまりにも今更過ぎて、ようこそもへったくれもないのだが、そこは王族としての慣用句の定番の挨拶というかそういうものなのだ。


 そういう部分に関しては、新米王族を覚束なくやっている俺なんかよりも、Sランクとしてそういう事にも精通しているアルスの方がよっぽどよくわかっている。


 そして給仕に案内されて俺達も席に着く。

 俺もこういう事にはだいぶ慣れてきた。


 俺が自分で思うほど、この東の公爵は俺の事をそう悪く思っていないのかもしれない。

 あのバイトン公爵家が西を預かったままでいたら、こんないい具合にはならないのだから。


 この人がバイトンに対しては一番厳しい見方をしていた人なのかもしれない。

 おそらく彼もバイトンと血族関係なのだろうから、その分は余計に厳しく見ていたのではないだろうか。


 ゲルス委員長討伐もアルバトロス王国主導で行なわれた。

 このアルス自身も、この国と以前から深い係わり合いがある。

 今回の結末は、彼東の公爵的にはそれなりに満足な結果なのかもしれない。


「それにしても残念なのは、我が娘を王妃として迎えていただけない点ですな。

 そのあたりが無念なところである」


 おお~っと、いきなり直球で時速百八十キロくらいの剛速球がど真ん中に来たぜ!


 ストラーイク。

 思わず、そいつがキャッチャーミットに収まった素晴らしくいい音を幻聴した。

 さすがのアルスも、バッターボックスで半分固まって棒立ちしてしまった。


 この人って、良くも悪くも裏表がなくて実直な性格なのか。

 以前に会った時もそんな感じだったし。


 頑張れ、スラッガー・アルス。

 アル・グランド王国の四番打者は君だ。


「は、はあ。

 それにつきましては、先だってアニオン公爵家と御話がありまして。

 そのあたり、拠所無い事情もありましたので」


 アルスもちょっと押され気味で返事を反す。

 ここでしどろもどろにならないのは、さすがに俺とは違うところだ。

 頑張れ、新人国王!


「ああ、それは聞いておるよ。

 あの頼りない娘だけが王妃ではな。

 まあ、あの大人びた娘であるベルベットであるならば、必ずやしっかりやってくれる事であろう。

 あれも伝統あるハリマオの娘なのだからな。


 いやそれで、うちの娘もメルス大陸のパルシア王家との縁談が持ち上がっておっての。

 あちらとの通商も受け持つ東の公爵家としては、むしろ悪くない組み合わせとなった。

 こうして本人を前にして言うのはなんなのだが、長年荒れ果てて、これから全てをやり直さねばならない王国へ可愛い娘を王妃として嫁がせるよりは、その方がよいやもしれぬしな」


 うん。

 この人って決して悪気はないんじゃないかと思うんだ。

 そういう人は日本でもいっぱい見てきたよ。


 俺はその場の面子を見回して、苦笑いをしている国王夫妻とアニオン公爵親子、そしてカクテル片手に面白そうな風で、その小寸劇を眺めている南の犬公爵と目を合わせた。


 やれやれ。

 さすがのアルスも若干苦笑気味だ。


「まあ、収まるべくして収まったわけじゃしのう」


 陛下もそんな風に言ってくれている。

 今回のこれは、他ならぬ国王陛下の御采配だろう。


 これで当面、自国への他国家からの脅威を完全に排除できた。

 ここで東のローゼンバーグ公爵の不満を和らげると共に、国家間というか大陸間の通商の拡大を図る狙いがあるのだろう。


 さすがは切れ者と評判の陛下だ。

 どちらかというと彼は平時に采配を振るうのを得意とするタイプだ。


 あと、おまけとして東の公爵から俺への不満も和らげる事が出来、王国内での余分な不協和音を排除する事もできる。

 なんたってメルス大陸諸国との密接な関係は、俺が貢献した部分が非常に大きいのだから。

 その通商量は優に以前の三倍を超える。

 それも十三か国連合へ無用な被害を与えずに収めた結果であり、もちろん俺自身も素晴らしい恩恵を受けている。

 だから俺とローゼンバーグ公爵はウインウインの関係にあるのだ。


 そして、それらは全て彼の娘の嫁ぎ先であるパルシア王国を経由するのだ。

 当然の事ながら、東方面との通商を担うローゼンバーグ公爵家に対する利益にも大きく貢献しているわけだ。

 東の公爵の、俺に対する機嫌もよくなろうというものだ。


 いやあ愛してますわ、義父上。

 義父上と言いつつ、歳は一緒なんだけどね。



 だが東のローゼンバーグ公爵は大変機嫌が良かった。

 いや、良過ぎた。

 顔見せの食事という行事が終わっても、中々帰してもらえないのだ。

 一本気であるのだが、空気はまったく読まない人らしい。


 この時間で既に、アル・グランド王宮は地獄の様相を帯びているはずなのだが。

 だが陛下はそれを知りつつも、敢えて止めない方針のようだ。

 先の事を考えるのであれば、この意気に苦手なタイプともしっかり仲良くなっておけという事なのだろうか。

 この俺も含めてな。


 まったく、あの薄幸の少女シンデレラでさえ夜中の零時を回ったら帰るというのに。


 当の主役の片割れであるベルベット嬢は、禄にアルスと話す事さえなく、早々にシンデレラのように退場していった。

 ガラスの靴の代わりに、目線で「頑張ってね」とアルスに言い残して。


 俺は諦めの境地で一本気公爵と飲み交わした。

 まあ、この方と仲良くなるにはいい機会だし。


 しかも彼は大変頭も良く、この世界における通商の仕事に関しても非常に有意義な、目から鱗が落ちるような御話を惜しみなく聞かせてくれた。

 きっと普段なら、ここまですいすいと何の見返りもなく教えてはくれないはずだ。


 俺はこの飲み会を、知識と経験が豊富な彼からあれこれと学ぶ場として活用する事にした。

 うっかり半分寝ているといけないのでビデオにも撮っておいた。


 それはアルスも同様というか、彼こそしっかりと学ばないとな。

 何しろSランク冒険者の彼も、新米王族としては完全にFランクの見習いなのだから。

 なんたって彼は、荒廃した国を再興するために通商にも力を入れないといけないんだからな。

 

 ここ数日碌に寝ていなさそうなアルスは半分死んでいたが、彼も諦めてとことん一緒に飲む事にしたようだ。

 そういう状態なんで、あいつも死に物狂いで話に聞き耳を立てていた。


 なあに、相手がドワーフではない分だけマシだと思おうぜ。

 何しろお前の国では、今夜は寝る事が許されていない奴らが山ほどいるのだからな~。


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