78-1 待ちきれない日々
大運動会も終わり、また街が落ち着きを見せる頃に二人が俺を訪ねてきた。
言わずと知れたジェシカとグスタフである。
それに先立つ少し前、そっとケモミミ園を訪ねてきた者がいた。
精霊のミレーであった。
彼女には、自由に神殿を出て出歩く許可を大司祭として与えておいた。
他のオイタの過ぎる精霊どもは当然不許可であったが。
ミレーも、今日は大人体形でソファに腰掛けながら上目遣いに訊いてくる。
「ねえ、園長先生。
運動会のイベントも終わって、あれこれと落ち着いた頃合だから、そろそろ……」
「そうだなあ。
まだゲルスの件が残っているのでどうかとは思っていたんだが、二人も待ち遠しいよなあ」
俺もコーヒーに入れた砂糖とミルクを掻き混ぜながら頷いた。
「じゃあ、一回二人をうちに寄越してくれ。
その話をしたいから」
「わかりました。
じゃあ、また後で」
ミレーは立ち上がると、何故か竜巻のように木の葉を巻き上げながら消えていった。
そのエフェクトの残し方は、どうやら葵ちゃんが汚染元のようだった。
「園長先生、こんにちは」
「よお!」
離宮の俺のリビングで待っていたら(一応、ビールは抜きで)、ちょっと余所行きの雰囲気を纏ったジェシカと、いつも通りに気兼ねのない感じのグスタフがやってきた。
さすがにこの二人は、その辺でちょっと見ないほどの美男美女のカップルだ。
もっとも、この二人の場合はその過去の人生も、その辺では絶対に見ないだろう凄まじい内容であったのだが。
地球でもよく探せば、これ以上の人生もきっとあるんだろうなあ。
姉貴の読んでいた少女漫画に、ローマ法王の私生児で公爵なんていうアレな人間が出て来る話もあったし。
そんなの当時は小学生だった俺にだってヤバイ人間だってすぐわかる。
生憎と平凡な日本のサラリーマンであった俺は、そんなようなヤバイ人間を実際に見た事なんかないがね。
ちょっとソワソワしたジェシカの様子に、彼女を軽く抱き寄せて微笑むグスタフ。
やっぱり、こいつはそういう様も絵になるな。
「そ、それで園長先生。
お話というのは、私達の、その結婚についてなんですよね」
「うん、まあそうだ。
といっても、そう肩肘張るような事でもあるまい。
親方の所を通しているのだから、グスタフの実家とどうこうという事はない。
この前の会議にて、各方面とはきちんと話をつけたのだし。
後は、こいつの甲斐性だけさ」
俺は顎でグスタフをくいっと指し示した。
よく考えたら、こいつと出会ったのは俺のAランク試験の時だったよなあ。
あの時はイコマが凄まじい勢いで警報を鳴らしていたっけ。
まさか、あんな魔界の鎧などという、とんでもない代物を隠し持っていたとは思わなかった。
それに、あの当時はこんなに頼もしい仲間になってくれるとは思ってもみなかったのだ。
最後の鎧を滅したこのタイミングで、こういう話になるのも自然の成り行きというものなのだろう。
「式場はどうする?
王宮でもいいし、大神殿でもいいしな。
ドランが出席するようなら王宮にした方がいいし。
大神官の結婚式なんだから、大神殿の方がいいかもしれないしなあ。
あるいは、お前達二人の結婚式ならば精霊の森という特別な会場を用意する手もあるがな。
どれにする?」
地球でいえば、天皇陛下御出席の上で皇居にて結婚式を挙げるとか明治神宮貸切でとか。
あるいはバチカン市国貸切で、ローマ法王により式が執り行なわれるみたいな感じだろうか。
さすがに有り得んわ。
ジェシカなんて、元々は只の孤児なんだからな。
まあ俺がジェシカの親権を持っていた大司祭なのもあって、親がいない彼女は半分うちの子みたいなものだし、元々アルバ大神官などはアルバトロス王家とも親交があるのだから、こんな待遇は充分過ぎるほど有りだ。
今では一国の王女扱いなのだし。
レインも、ファルを救い魔界の鎧を滅した聖騎士を、精霊の森にて下にも置かない歓迎で迎えてくれるだろう。
「大変に忙しいだろう、うちの皇帝陛下が来られるのかな?」
やや懐疑的に首を傾げる聖騎士がいたが、あっさりと言ってやった。
「大丈夫だろう。
あいつも腹心の部下が結婚するのなら式には出たいだろうし。
なんといっても、苦労してドラフト一位で聖騎士なんて良いものを獲得出来たんだ。
あいつの事だから、自ら式に参列して見せびらかしたい気持ちも充分あるはずだ。
最近は、あいつも仕事を余裕でこなしているみたいだしなあ」
「そうか。
それならありがたいな。
ジェシカとの式に華を添えてやれる」
「まあ、そのあたりはゲルスとの戦いの前に、同盟としての結束のような意味もあるから。
だからハイドの国王夫妻やサイラス国王夫妻も来るんじゃないかな。
ザイードの御兄ちゃんも来るだろう。
もうみんな、この前は心胆寒からしめるほどの冷や汗物だったんだからな」
ふふ。
その世界の一大事の時に、完全な私事で留守をしていた俺は大いに株を下げたわけだが。
それはもう、各方面から手厳しく嫌味を言われたもんだ。
まあそれに関しては毎度の事だから、別に気にしちゃあいないけどね。
最後はちゃんと魔王様御一行で落とし前を付けたわけなのだし。
「はあ、アルバトロスの魔王ともあろうものが嘆かわしい」
「全く、この世界の危機につまらん用で留守にしておるとは!」
「お前は危機察知の専門家じゃなかったのか」
言われてみれば、ぐうの音も出ないほどに悲惨な状態だった訳だが。
でも俺だって、いつもいつも余裕こいて、危機を察知しているばっかりでもないんだからな。
この世界に来てからは、あまりにも異常な察知力だった。
まあ、あの時はレミの看病のために残っていた真理が頑張ってくれたので幸いだった。
レミちゃんは御熱を出して大殊勲賞。
前にもあったな、そういうの。
銀髪オッドアイの子は、何か不思議な力でも持っているのだろうか。
「ああ、あの鎧がやっと消えてなくなってくれたんでホッとしたよ。
新調した新しい鎧の方には馴染んだけどな」
「俺なんか、あの魔界の鎧の本体がくっついてきていても、全く気が付いていなかったけどな」
「うーん、それもまたどうかと思うのだが」
その呪いの鎧を散々背負い込んできた男が感慨深げに言う。
まあ、こいつから魔界の鎧を引っぺがすのは本当に苦労したけどな。
その前に、グスタフが最初から着込んでいた武の作った魔法鎧にも苦労したわけだが。
「それで園長先生、御式はいつ頃になるのかしら」
やや顔を紅潮させて、おやつの匂いを嗅ぎつけたハリネズミのように落ち着かない様子であるジェシカが、手を前に組み合わせながら訊いてきた。
今ならば、この子もフィア並みの粗相をやってのけそうな雰囲気を十分過ぎるほど漂わせている。
「一応、正式に新たな貴族家を立ち上げる訳だからな。
招待状を送って返事を貰い、あれこれと準備をしないといけない。
まあ、そのあたりはうちの離宮のメンバーがやってくれるよ。
アルバトロスの王家も支援してくれるだろうし。
それと女将さんに任せておけば間違いないさ。
あそこは確か他に女の子がいないから、今頃は支度に張り切っているんじゃないかな」
日頃はアレなんで想像もつかないが、親方達もやっぱり国王夫妻なんで、決める時はビシっと決めているのだ。
それが逆に違和感ありありなんだけど。




