73-3 修行の大神官
ゲートで大神殿へと帰った俺達だったが、その後がまた大変だった。
まず、そいつはジェシカに挨拶をしようとして、着替えた神官服の裾を踏んづけて派手にすっころんだ。
「ふえええー」
あの大馬鹿者は石の床で顔面を強打したようで、もう半泣きだ。
ボタボタと吹き零れる鼻血が痛々しいな。
ジェシカにハイヒールをかけてもらって、ミレーにジェシカの小さかった頃の御古に着替えさせられた。
その間に少し裾上げしておくのだ。
替えの服もあるので大変だ。
仕方がないので、馴染みの王都の御店から御針子さんを応援に呼んだ。
小さい頃はすぐ体が大きくなるので、大神官候補も若干大きめの物を着せられる。
こいつの場合は、それが完全に裏目に出た格好だ。
それから御茶の仕度をやらせてみたのだが、ミレーの御気に入りのティーセットを木っ端微塵の粉々にした。
何故ちょっと躓いただけで、ティーセットがあんなにも高く舞い上がっていくのだ。
放り上げたわけでもあるまいに。
ミレーが泣いているので再生のスキルでなんとか復元してみた。
一応は念のために、そいつのコピーもとっておいた。
またやられそうだから。
他の調度も危ないので、一通り予防的にコピーしておく。
試しに掃除をさせてみたが、埃がもうもうと舞い散って、とんでもない事になってしまった。
さっそく壺や花瓶が何個も割れたし。
恐れをなして精霊達も一斉に逃げ出していった。
やっぱりこうなったか。
「う、うーむ」
試しに料理をさせてみたのだが、これまた悲惨な事になった。
食器は全滅、食材は飛び散って、本人は指を切って泣き喚いている。
おまけに、またあれこれとジェシカの世話になっているし。
「おい、お前も神官の端くれならヒールくらい自分でかけろ」
惨憺たる有様ではあったのだが、これで神官としての才能は飛び抜けており、精霊との交感能力もズバ抜けていてジェシカに比肩するほどらしい。
つまり、交替不可の人材であるという事だ。
「ジェシカの時は、こんな事はなかったんですけど」
ミレーもかなり困っているようだ。
これではジェシカの御嫁入りが遅れてしまいそうな勢いだな。
「ああ、相当な粗忽者だな。
おまけに何かおかしな能力持ちのようだし。
ちょっとこれ、しばらく借りていくぞ。
このままでは訪れる信者さんの相手はとてもじゃないが務まらない。
しばらくの間、うちの離宮で修行させよう。
危なくて他所の家には出せないわ。
簡単にチェンジできない貴重な人材だから、また余計に取り扱い要注意だ」
仕方がないので、うちの元御姫様の侍女チームに任せよう。
これはアカン。
うちには織原がいるから、あの能力が発動しても、まあなんとかなるだろう。
他の所では大惨事になりそうだ。
これの世話は王宮でも手に負えまい。
「よ、宜しくお願いしますね、園長先生」
さすがの高位精霊ミレーも、このアレな事態には大苦笑だ。
こいつの出来次第でジェシカの将来が左右されてしまうのだからな。
このジェシカの結婚という案件は、結構トントン拍子でここまで来れたのに、これはまたとんだ伏兵がいたものだ。
頭が痛いな。
早速離宮に連れて帰ったのだが、玄関前の何も無い場所で、何故か奴がいきなり転んだ。
俺は父の厳しさでもって立ち上がってくるのをじっと待っていたのだが、一向に起き上がってくる気配はない。
不審に思い近寄って顔を覗き込んだら、また鼻血を出して気絶していた。
俺はヒールをかけた後に軽い電撃を浴びせて叩き起こした。
「ひゃう~」
あの馬鹿者め、何かビックリしたような表情で飛び起きたが、またボケラっとしている。
こっちの方がビックリだわ。
何故、何も無い所で転ぶ。
年寄りか!
年寄りの場合は感覚のズレからそうなるのだ。
要は足を上げたつもりでも実際には上がっていないから、足を前へ出した時に足の裏が地面に引っかかるんだな。
あるいは足の上げ下げのタイミングが、体が老朽化したせいで脳の指令にきちんと合っていないのだ。
手足の付け根あたりには各四肢を、頭からの指令抜きで動かしてくれる補助脳のような物があったはずだが、それすらも真面に機能しなくなってきているのだろう。
体を壊していたこのおっさんも、地球にいた頃はよくそれをやったもんだ。
三十代後半あたりでも相当疲れているとそんなものだ。
なんというか体の各部制御に、特殊な手術装置に使われているようなバイラテラル角みたいな概念が必要になってきているのだ。
年寄りの場合は、その感覚というか、足首の関節のガタ的なものが左右にまで及ぶと、車の運転でアクセルとブレーキの踏み間違いをするようになるのではないか。
子供なんかは、見ている方がヒヤヒヤするような岩場みたいな場所でも絶対に足を引っかけたりしない。
だがこいつはまだ十一歳で、特に疲れてもいないしな。
神官服の裾上げは無駄な作業に終わったようだ。
俺は、シルと侍女軍団に離宮の使用人チームを集めて説明した。
「こいつは大神官見習いのフィア。
ジェシカの後釜に連れてこられたんだが、これがとんでもない粗忽者でな。
このままでは使い物にならないので、うちで修行させる事にした。
なんというかな、その粗忽ぶりはもう半端ではないから、みんな覚悟してくれ」
これには全員が顔を見合わせた。
大神官になる人というのは、それなりの人材のはずなのだ。
そんな話は聞いた事がないのだろう。
こいつの上司たる大司祭の俺だってねえよ。
「そ、それはまた、豪い事でございますわね。
まあ、うちで預かるのは構わないですが。
あの、その間は他の神官の方に交代していただいてはいかがです?」
俺は首を振って、溜め息を吐いた。
「シェルミナさん。
それが出来るくらいなら苦労はしません。
大神官は能力で決められます。
おまけに容姿も兼ね備えていないといけませんので、そうそう代わりの人材はねえ」
そう聞いて、彼女もなんとなく納得してくれたようだ。
色々とそういう事情にも詳しいのだ。
伊達に王女様の侍女筆頭をしていたのではない。
そもそも、今は見習いなので交代しても意味はない。
まだジェシカが現役の大神官なのだから。
「そうでございましたか。
フィアさんと仰いましたわね。
私がこのシルベスター離宮を預かる侍女頭のシェルミナです。
ここにいる間は自分の御母さんだと思って頼ってくださいね」
それを聞いたフィアの顔がパッと紅潮する。
あ、これは。
なんかこう、極めて至近的な既視感たっぷりの香ばしさが漂ってきた。
やはり大神官候補の人間は、不幸体質が身についているのか。
概ね孤児院育ちだしなあ。
こいつもジェシカと同じパターンっぽい。
あと数年後、また同じ騒動をやらねばならないのかもしれないな。
俺は心の中で、そっと溜め息を吐いておいた。
そして次の瞬間に、挨拶をしようとして頭を下げたフィアが、特に何も無いのに足が引っ掛かり、シェルミナさんの胸に突っ込んでいった。
わざとではない。
絨毯に足が引っ掛かったんだろう。
だが、歩いているわけでもないのに何故蹴躓くのだ。
わからん。
やはり俺には理解できんほどのレベルで粗忽者なのだ。
頭を下げただけの動作でこうなるとは。
予備動作抜きで敵を倒せる良い格闘家になれそうだ。
もっとも、そいつは大神官には不要なスキルだろう。
あるいは、この前の織原みたいな奴が大神殿へ来た時には助かるのかもな。
いきなり特上の分厚い絨毯の上へ押し倒されてしまったシェルミナさんは、やれやれといった面持ちで俺の方に眼差しを向けて苦笑いしながらも、ギュッとしがみついて自分の胸に顔を埋めたままの少女の頭を優しく撫でた。
フィアを膝の上に抱き起こすような格好で座り込むと、シェルミナさんはまた優しく奴の頭を撫でた。
「じゃあ、今日は一緒に離宮とケモミミ園を回って、皆様に御挨拶をしましょうか」
だが俺は不安以外の何物も持ち合わせが無かったので、エリーンと織原を呼んでおいた。
あと沖田ちゃんと斉藤ちゃんも連れて行く。
きっとフィアが何かをやらかすに違いない。
うちの中にあの空間が出来てしまっても不思議はない。
この離宮は本当に広いのだ。
離宮とは名ばかりで、実際には地球の世界遺産クラスの大宮殿なのだからな。
本来ならば元になった宮殿は、庭園まで含めれば王都アルバに匹敵するほどの、パリ市二つ分の面積を誇るほどの広大な芸術品なのだ。




