71-6 避難訓練団 死の彷徨
俺は野営用の携帯パレスを取り出した。
何の事はない。
携帯空港の拡張スペースとして、【空港ホテル】を設営したのだ。
うちで使うので、それは当然ロイヤル仕様のパレスと言っても過言でないほど豪華な物だ。
部屋は地球式にロイヤルスイートで設備も最新型だ。
「おい、お前ら。宿に着いたぞ」
両肩に奴らを担いでホテル内に担ぎ込む。
二人は大風呂の付いたスイートの中へ放り込んでおいた。
水は柔らかい水質のナノ水を使用している。
俺の親が銭湯を経営していた事があったし、親戚に水道屋さんも多かったので俺も水には煩いのだ。
終いには普通の水では飽き足らなくて、各種聖水製造にまで手を出すくらい凝っていた。
サービスで風呂は沸かしておいてやったし、ついでに俺も一緒に入ってしまう事にした。
「うわあ、生き返る~」
「ふー、やっぱり風呂はいいなあ。
ああ、日本の温泉に行きてえ」
「落ち着いたら温泉も掘りたいな。
というか、俺も日本の温泉に行きたい」
何しろ、幼い頃より身内たる母親から風呂屋経営の厳しさは耳タコな感じで聞かされまくっていたので、自分で風呂屋なんて厄介な物はなるべく始めたくないのだ。
アドロスでも、そういうものは人にやらせている。
御湯に浸かって気が緩んだものか、ふっと織原が訊いてくる。
「ねえ、園長先生。
俺……日本に帰れるの?」
「わからんなあ。
今丁度、その話が頓挫しているところだ。
千年前の、初代国王がぶち当たって諦めた壁のところまではなんとか来たな。
その続きの話が聞きたければ、そこのお前の隣にいる専門家に訊けや」
「どうなんだ? ベル」
「そうですね。
勇人は日本に帰りたいですか?」
「当たり前だ。
俺はそこのおっさんみたいに、この世界に馴染み切っているわけじゃないんだから」
むしろ、その逆だよなあ。
帝国で拷問されまくっていたみたいだし。
ベル君は湯船に口まで沈み加減で少し宙を睨むようにして考えていたが、おもむろに顔を出し口を開いた。
「五番目のダンジョン。
あれは死んでいるダンジョンなんです。
なんていうか、ダンジョンコアが無い状態というか。
死んでいるというよりも抜け殻と言った方が正しいのかもしれません。
ダンジョンはあれくらいの事では死にません。
おそらくは、どこかへ移動したのではないかと。
千年前に」
ベル君は驚くべき推測を語った。
初めて聞く有力情報に、俺もつい力が入る。
「そいつはまた面白い情報だ。
それで、その話の根拠はどこから?」
「ええ、以前にも移動するダンジョンというか、そういう事象が観測されたダンジョンがありまして。
崩落したダンジョンの中からダンジョンコアは見つかりませんでした。
そして、その後に新しいダンジョンが発見され、明らかに以前のダンジョンと同じ特徴を持っていたのです」
「何故、ダンジョンはその場で作り直さないで、御引越しをするんだい?」
「その辺の事情までは、よくわかりませんね。
なんていうのか、一度崩れたところは地盤が気になるというか住み辛いというか。
そういう話なのかもしれません。
あれも一応は魔物の一種であるとされていますので」
その気持ちは俺もわからんでもないな。
日本でも地震などで崩れたような土地は嫌がられる。
元が田んぼみたいな、崩れる事が予想されるような土地もな。
そういう物は地名に名残りが残っている場合もあるという。
後世への戒めのために、敢えて地名の中に災害があった事を示す字が入っているところもある。
中には地名が不用意に改名されていて、大事な事が見えなくなってしまっている土地もあるので、家を買うのなら所在地の昔の地名も調べた方がいい。
「むう。
すると、どこかに引っ越した五番目のダンジョンがあるという可能性があるのか。
裏ダンジョンの中で隠れダンジョンになっているようなものかな。
それを探せば、続きにチャレンジできると?」
ダンジョンの奴め、まるでヤドカリみたいな奴らだな。
本物のヤドカリ連中みたいに、あちこちへ無闇に動き回らないだけマシなのだが。
「ベル~、さっさとその続きのダンジョンとやらを探してくれよー。
俺は日本へ帰りたい。
もう、こんなところは嫌だ。
何が嫌だって、そこの魔王が一番嫌だ」
「なんだと、この餓鬼!
こうしてくれるわ~」
俺は織原の頭にヘッドロックを決めて、ギリギリと頭蓋骨の隙間を締め上げた。
堪らず大風呂の縁をタップする織原。
「あいててて。
わあ、魔王様ごめんなさい。
頭が、頭が~」
その時ガラっと風呂場のドアを開けて斉藤ちゃんが現れた。
「皆さーん。早めに出てくださいねー。
明日も早いんだから。
二人共、御飯がまだですよね」
「うお、いきなり開けないでよ」
「うう、恥ずかしい~」
「お前らなあ。ゴーレム相手に何を恥ずかしがっている?」
「いやだって」
「なあ」
おっさんは少年時代の初々しさなど四十年くらい前に古パンツの如くに履き捨ててきたので、一切気にも留めない。
「それよりもベルグリット、さっきの話の続きを聞かせてくれ」
「ま、まあ記録からすると、その可能性は捨てきれないのですよ。
その辺の話は、今各地に調査員を派遣して確認しているところなので、もう少し御待ちください」
アドミンめ。
あの崩れたダンジョンから先へ進むという努力も、また試練の一つという事なのだろうか?
「さあ、おまえら。
飯食って、さっさと寝ろ。
八甲田山は明日も続くんだからな」
「八甲田山って何です?」
「死の彷徨かよ!
アホですかあ~」
八甲田山遭難事件は、日本の歴史に残る大惨事だった。
二百名余の日本軍兵士が、八甲田山の山中を雪中行軍訓練をしている最中に方向を見失い、彷徨い続けた挙句に全滅に近い憂き目にあったのだ。
あれの舞台は青森県だったっけかな。
行軍の最中に発狂者が続出したという。
立ったまま凍死していた人間もいたらしいし。
確か死者数は非常にキリの良くない数字の百九十九人じゃなかったっけかな。
逆にそういう数字って記憶に残り易いよな。
そういや映画にもなったっけなあ。
あ、今検索したけど、あの「八甲田山死の彷徨」という映画を見られるサイトが無いなあ。
そいつは残念だー。
【参考にしようかと思ったのに】
とっとと風呂を終わらせてから、ニンニクをたっぷりと効かせた肉いっぱいの飯をドンっと出してやって、連中が残さないようにビール片手に監視してから俺は家族の下に戻った。
そして無情にも朝がやってきた。
げっそりしてやつれた表情の二人組に、俺はにっこり笑いかけた。
「さあ、飯を食ったら出発だ!」
小僧どものケツを蹴り上げて出発した。
だが、ふらふらしていて、中々走れたものじゃない。
まあ当然の結果だな。
併走する真理がチラっとこちらを見たので、俺はにっこりと笑ってサムズアップを返した。
笑顔の副園長さんから、無慈悲な呪文が唱えられた。
「リジェネ」
みるみるうちに体力が回復してシャキっとしていく二人。
「うわあ、朝からこれは使いたくなかった!」
「くっそう、走ればいいんだろう。
走れば~」
くっくっく。
お前ら、並みのリジェネで文句があるのなら、上や特上を食らわせてやってもよかったのだぞ?
「ファイットー」
半ばヤケクソで走り出した二人を楽しそうに追い立てる真理。
これって、きっと妹の性格を武の奴が再現しているんだろうなあ、とかふっと思ってしまった。
そして本物の真理さんの方の相方は『御兄ちゃん』だったのだろうな~。




