64-7 海のエリオン
御昼は海の見えるオープンテラスで、サンドイッチやホットケーキなど思い思いに好きな物を食べながら、のんびりとした時間を過ごした。
食後は子供達用に用意した椰子の葉などで屋根を葺いた御昼寝小屋で、チビ達は御昼寝の時間だ。
もう御昼寝の要らない歳の子達は、周辺の探検に行ったようだ。
俺もおチビやファルに付き添って寝る事にした。
南の島って、なんでこう訳も無く眠くなるんだろうな。
時計の表示さえ、普段よりもゆっくりしているかのように感じる。
時間の概念という物は絶対的な物ではなく、一定のスピードで進むのではなしに、その人間などに合わせて固有の変化をするという説がある。
病気の人間は、使っている時計が遅れたりするのだそうだ。
俺も若い頃は時計がどんどん進んで困っていたものだが、体がボロボロになっていた地球での晩年は逆に遅れまくって困ったもんだ。
思わず気持ちよく寝こけていたら、子供達に鼻をくすぐられてくしゃみをして起き上がった。
その辺で拾ってきた葉っぱで悪戯されたらしい。
そのような、なんとものんびりした時間を過ごしていた。
ここのところ、かなり慌しかったしな。
たまにはこういう感じで緩やかに過ごす時間もいいさ。
昼からは、浮かぶ水族館と水中水族館の時間だ。
何隻も用意されているので、大型の桟橋から次々に出発する。
この船は「重力場推進」で動いているため、波の干渉による揺れが伝わらない。
移動してはいるのだが、あらかじめ決められた軌道に固定されており、限りなく海列車というものに近い。
オリハルコンのボディは、湾内の穏やかな波などにはビクともせず微動だにしない。
地球の船舶でも素材によって消波性に影響がある。
アルミ船体の船は消波性が高いと聞く。
船は揺れたりしないが、一応酔い止めを飲ませてある。
本当は揺れたほうが面白いのだけれど、慣れないと船酔いであっという間にやられる。
子供は乗物に酔いやすい。
獣人の子は体が強いからまだいいが、今日は人族の子達もいるしな。
子供達は最初にデッキの様子を楽しみ、沖へ出てからは水中デッキの方へ移動した。
眼下に広がる竜宮城の景色に、子供達全員が這い蹲ってグラスデッキに張り付いた。
デッキには常時浄化の魔法がかけられているから清潔で、曇り一つ無い魔導強化ガラスはリアルなスクリーン状態だった。
熱帯系の生物系は極彩色に彩られ、彩り豊かな珊瑚が咲き乱れた。
あれが小さな珊瑚虫の集まりだなんて信じられない美しさだ。
ここの海に生きる者達の色彩は地球の三倍増しの豊かさで、また生き物の種類も異なるため、観光ツアーでも始めたら地球の世界各国から客が殺到するだろう。
それもこれも、地球と自由に行き来出来たのならという話なのだが。
おチビ猫の目の前を、綺麗なピンクと紫の蛍光色で派手に彩られた魚が通り過ぎていき、夢中になったおチビが縦横無尽に追っかけだした。
「うっわ、レミ。あたまのうえにのんな」
「ふんでるふんでる、おれのシッポ」
顔をガラスに貼り付けて変顔になっているファルの前に、魚共が集まっている。
もしかして普通の魚じゃなくて水中魔物の一種なのかもしれない。
ファルがガラスごしに「よしよし」をしてやっていると、何か喜んでいるようだ。
そして、でっかいのもやってきた。
なんかジンベイザメっぽい感じの奴だ。
模様はカラフルな熱帯魚仕様なのだが。
なんていうか、ジンベイザメを平べったくしてエイのような鰭を厚めに持たせ、まるで戦闘機のように縦鰭を二つ立てている。
そのシルエットはある種の蛾に似ていない事もない。
尻尾はエイのそれを太くしたような感じか。
細くて先にサメに近い尾鰭を持っている。
エイっぽいスタイルなのだが、これは絶対にエイではない。
泳ぎ方はサメっぽい。
なぜこのスタイルでサメ泳ぎなのか理解出来ないが、確か地球にもそういうタイプの生き物がいたようないなかったような。
これは全長十メートルくらい有りそうだな。
おそらく、こいつは魔物だ。
口の形状を見る限り、餌はプランクトンっぽいのだが。
なんというか、のんびりと欠伸をしながら泳いでいる感じだ。
警備のゴーレムがここへ通したという事は、こいつは無害な奴なのだろう。
そいつはファルに気が付いたので、うちの船に寄ってくる。
そしてガラス越しに鼻面をそっと優しく押し付けてきた。
それでも、この船体はビクともしない。
ファルがガラスのこちら側から撫でてやると、そいつは心なしか目を細めたような気がした。
こいつに瞼はないのだが。
同様に瞼がないはずの蜥蜴なんかもそういう事をするよな。
そして奴さんは満足そうにまた悠々と泳ぎ去っていった。
トーヤとかエディはカメラやビデオで、しっかりと記録を撮っていた。
一応学習の成果を発表する催しも予定しているので、その準備だな。
カミラなんかは、もう他の子と一緒にべったりと床のガラスに張り付いて観察していた。
洋服でも極彩色の物もあるから、心が惹かれるのだろう。
俺がそういう物の写真集も参考資料として作ってやったのだ。
向日葵模様のアロハとか、熱帯魚柄のTシャツの図柄なんかもある。
貝殻やヒトデを散りばめた砂浜と、南海の太陽をあしらった柄のTシャツも。
この子はスケッチブックに絵で書き込んでいた。
絵の方が写真よりも、人の心に訴えかける物が大きい事もある。
広告などでもそうなのだ。
只の写真では消費者に伝わらない何かがあったりもする。
今後も、そういう観点から色々と見させてもいいのかもなあ。
何か事例的な物をネットからさばくってみるか。
そういう仕事をトーヤ達に任せてみるのも悪くない。
それからグラス潜水艦を引っ張り出して海中散歩の御時間だ。
ボートと潜水艦を魔法で固定し、手摺りのついた通路で繋げて海上から乗り込ませる。
通路にはトンネル状にシールドが張られているので、絶対に海に落ちたりする事はない。
この船は水中へ潜る時も注水などせずに、水中を重力魔法で三次元に移動する。
今度は子供達も、主に立ったまま周りをあちこち眺め回している。
しゃがんで床を覗き込んでいる子もいれば、壁側のガラスに両手を着いて、口を開けたまま惚けている子もいる。
未知の光景が子供達の発達途上の脳を刺激しまくる。
珊瑚や岩に張り付いた生物や海草などが、今度はすぐ目の前だ。
眼前を、何故か大きなヤドカリっぽい生き物が泳いでいく。
この世界のヤドカリは魚のように泳ぐものなのか?
どうやって推進しているのかもよくわからない。
これがまた結構速いんだけど。
とても小さいが、エメラルド色に輝く鱗を持ち、黄金色に青紫を混ぜ込んだ背鰭を持つ美しいシルエットに身を包む小魚の群が巨大な群体となって、様々なウエーブを描いてダンスを決めていく。
その姿は、とても幻想的だ。
アドロスに水族館を作ってみてもいいなと、ふと思いついた。
たっぷりと一時間も南国の水中楽園を遊弋した後に、子供達を地上のボートへ引き上げて、おやつタイムと相成った。
潮風に揺られて思い思いのおやつに齧り付いた思い出は、きっとこの子達の心の財産になってくれる事だろう。
その後は夕食前の時間に、海辺の生物の観察日記などをつけて時間を過ごした。
俺はシルとおチビと一緒に浜辺で貝殻拾いを楽しんだ。
この島は、なかなか良いものが落ちている。
トーヤも熱心に採集していた。
貝などを並べるように標本セットを作ってやったので、理科室に飾る立派な奴を作るつもりなのだろう。
ファルは砂浜の小さな穴の中に住んでいる無害な魔物を呼び出して、よしよしをやっていた。
よく見ると、なんだかゴカイみたいな奴だった。
釣り餌に丁度いい感じだが、俺はあれを弄るのが苦手だ。
ファルも可愛がっているみたいなので捕獲禁止にしておくか。
魚の餌なら他にもある。
夕食はバーベキューに、キャンプファイヤー、それにフォークダンスもつけた。
みんな水着にパーカーといった雰囲気で、職員や冒険者達の間で何組かカップルが誕生していたような気がする。
エバンス爺さんは、ファルと一緒に獲物の海の幸をグリルで炙っていた。
ファルが収納してきたので、獲物はたっぷりだ。
ただし、そのファル自身がまた、それはもうたっぷりと食べるのではあったが。
執事の小僧どもは、そちらの御手伝いに行っている。
熱々の海の幸に醤油を一垂らし。
それを冷の日本酒でじっくりやる。
最近エバンス爺さんが見つけた新しい食のトレンドらしい。
そんなこんなで、臨海学校にて子供達の楽しそうな歓声が止む事はなかった。
だが一番癒されたのは俺だろう。
リゾートの夕日に照らされたテラスでの食事、そして俺の横にはシルやおチビ猫がいてくれる。
また明日からも異世界生活を頑張れそうだ。
ダンジョンクライシス日本
http://ncode.syosetu.com/n8186eb/
こちらもよろしくお願いいたします。




