63-1 ヘレンとジェイミー
その晩、俺はシルと一緒にヘレンさんの店へ遊びに行っていた。
新婚なのに子供の世話ばっかりじゃシルが可愛そうだし。
ここの御客さんはヘレンさんの人柄に引かれてやってくる人が多くて心が休まる。
大人の隠れ家なので、ここに子供は連れてこない。
まあ何かあったとしても、女将がAランク冒険者で息子がSランクに、常連客がSSSランクの魔王領主なのだ。
店は一瞬にして何事もなかったような笑顔に包まれることだろう。
他の客もよくわかっている奴らばかりだしなあ。
ここでは美味しい和食の御料理を食べながら日本の話なんかをするのだ。
日本へ帰れたらあそこへ行きたいね、なんて話をしている。
タブレットでネットの写真などを見ながら。
シルは遠い先祖の故郷、いわば一族の、この国のルーツについて凄く関心が高い。
他の二人の稀人ともよく話をしている。
などと思っていたら、入り口の開き戸が荒々しく引き開けられた。
この大人の優雅な一時を不粋に邪魔しにくるとは、どこの馬鹿だ。
だが俺の出る幕なんかじゃないので、そのまま飲んでいる。
今日のアテ(つまみ)は、甘く煮付けた特製飛竜頭だ。
この店では漢字で飛龍頭と書く。
こちらの言語でもメニューには書かれているのだが。
不粋な客にはアルスがにこやかに対応する。
「すみません、御客さん。今日はもう看板ですから」
さすがは看板息子だ。
貫禄が違う。
アルスは実に和やかに断っている。
これが俺なら、いきなり顔面をアイアンクローで捕まえて、そのままアンダースローでホームランにしてやるだろう。
「ふざけるな、ここにエルフがいるだろう。
出せ!」
俺は呆れて立ち上がった。
飛龍頭の入った小鉢と箸を持ったまま。
「おい。
馬鹿か、お前。
ここはエルフ新町、エルフは五千五百人も居るんだぞ?
というか、基本的にエルフしかおらんわ。
居るに決まっておろうが、この間抜けめ。
食い物屋の店先で騒ぐな、この田舎者。
埃が立つだろうが」
すると、そいつは激高して叫んだ。
「うるせえぞ、人間風情がぎゃあぎゃあ喚くな」
俺は顔を顰めると、問答無用で超強烈な指向性魔力を眼から放ち、そいつの顔面にぶちこんで黙らせた。
おっとりと飛龍頭をもぐもぐしながら。
まったく、こいつは俺の魔力放射が見えないのか?
人間風情だと?
おそらく、こいつの正体は……。
しかし、そうは見えん。
残念さ加減が雑魚魔物以下だな。
そのまま俺が何も無かったかのように座って、シルが徳利から酒を注いでくれた御猪口で日本酒を啜っていると、そいつが再起動して復活した。
「くそ、てめえ。
何者だ、とんでもねえ魔力を出しやがって。
本当に人族なのか?」
「おいおい、姉さん。
あんた、モグリだね。
その方はアドロスの魔王たるグランバースト公爵様だ。
このエルフ新町の御領主様だよ。
この街は魔王公爵様が作ったものだ。
そもそも魔王に喧嘩を売るなんて正気の沙汰じゃないね。
まあ止めときな」
笑いながら説明してやるのは、ここで御馴染みの冒険者ロバート達だ。
昔、エド達と初めて迷宮に潜った時に毒の治療をしてやった事がある。
彼らは今も変わらず四人組だ。
あれからダンジョンへ行く時には、毒消しだけは多めに持っていく習慣らしい。
そして、その女は何故か俺の顔をじっと見ると、やにわにカウンターの俺の隣のへと座り込んだ。
「くっそ。
えっと、酒だ」
奥からヘレンが、お通しと徳利を持って出てきたが、その女は叫んだ。
「あーっ、ヘレン!」
「あら、ジェイミー。
久しぶりねー。
千年ぶりくらいかしら」
さらっと、とんでもない事を言いながらヘレンは慣れた手付きで酒を注いだ。
そいつは立ち上がった拍子に帽子が取れてしまい、その豊かな銀髪が零れ落ちた。
そう、その女はハイエルフだった。
「ふざけるな。
私はお前を探していたんだ!」
「おい、酒を飲むんだろ。
女将の仕事の邪魔をするんじゃない。
ちなみに今日の御勧めは、ここの女将特製の飛龍頭だ。
この煮つけた飛龍頭から自然に染み出る甘味。
こいつは本家の日本でも、そうそう食えない味よ。
よかったら、まあ一杯どうだ」
俺はそいつに徳利を差し出した。
すでに中身を注がれた御猪口は、そいつの前へ何時の間にか置かれている。
「頂こう」
彼女は大人しく席に座り、くいっと一杯空けると再び杯を差し出した。
どうやら日本酒は気に入ったらしい。
呑み助なエルフ族なら、どうせいける口だろう。
俺は酒を注ぎながら、少し彼女を観察する。
その銀髪は「ハイエルフ」の証。
瞳は魔法で隠しているが、紅だろう。
ハイエルフは、かつて帝国に狩られまくったはずなのだが。
「お前、エルフの里から来たのだな」
ジェイミーは杯を持つ手を止めて、横目でジロリと俺を睨んだ。
「何故そう思う」
俺は首を竦めて、日龍頭をつついた。
「そりゃあ、ハイエルフは帝国に狩られまくったからな。
いるとすればエルフの里に残った奴の可能性が高いさ。
ヘレンは千年ぶりと言った。
里にいて帝国の狩りから免れた者に相違あるまい」
「確かに私は、そのエルフの里のハイエルフさ。
あんたの言う通り、エルフの里より罷り越した」
ジェイミーは何故か再び俺をチラっと見てからヘレンに向き直った。
ヘレンは話しかけるでもなく、黙々と料理の盛り付けを行なっている。
「お前達は何故あんな物を使った。
エルフの禁忌を犯し、そして……我らハイエルフと同じく子を生さぬ体となり、里も持たずに彷徨った。
そんなエルフに何の価値がある!」
「なんだって!?」
思わず奴に詰め寄ろうとしたアルスを、俺とヘレンが同時に手で制した。
「まあ、呑めよ」
俺は引き続き徳利を差し出した。
大人しく杯を受けるジェイミー。
「ねえ、何か相談があってきたんでしょう?
言ってちょうだい。
あんたの事はこの千年忘れた事はなかったよ。
だって私達は……」
そう言って、しばし思索に耽るヘレン。
そしてジェイミーは唸るように語り出した。
「里が……里が滅びる。
長い時の中で、密やかに永らえてきたエルフの里が。
我らは精霊の森に助けを求めた。
だが、そこにいたファルスは力を失っており、その助力は得られなかった。
その代わり、稀人である精霊魔王を紹介してくれると言った。
だが我らは人が怖い。
圧倒的な数の優位を背景に他者を攻撃し、また欲深く執念深い。
我らは何度も追われ、里を移した。
だが、あの稀人の王は我らを救ってくれた。
あの船橋武だけは」
意外な人物からその名を出され、俺とシルは思わず顔を見合わせてしまった。
ジェイミーは言葉を続け、俺に向かって頭を下げた。
「精霊魔王よ。
どうか、我らエルフを救ってくれ。
頼む。
ヘレン、お前にはその仲介を頼もうと思って、ここへやって来たのだ。
お前が精霊魔王と懇意にしていると精霊の森で聞いた」
女将はカウンターの中から木戸を開けて出てくると、背中からジェイミーをそっと抱き締めた。
「大丈夫よ、ジェイミー。
園長先生は優しいから、きっと助けてくれるわ」
「あ、ああ。
ヘレン、お前はあの日のままだな。
お前と二人、あの平和だったエルフの里の花畑で遊んだ日々。
あの頃に帰りたい。
この千年、何度そう思った事か」
「里が滅びるとは、一体どういう事だ?」
さすがの俺も、飛龍頭から箸を放して訊いてみた。
「奴が、奴がやってきたのだ。
管理者を名乗る者が」
書籍の正式発売日を1日過ぎました。
皆様の御厚情にまずは御礼まで。
活動報告です。
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ダンジョンクライシス日本
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