61-2 ネゴシェーター
「あのう、これからどこへ参るのでしょうか」
俺は久しぶりに車を運転しながら、恐る恐る間抜けな感じに質問をしていた。
「やかましいぞ。
お前は黙って馬車の運転をしておれ」
「はいはい」
はあ、こういう爺さんって絶対に怒らせちゃいけないんだ。
地球時代からの教訓に従い、俺は大人しく下手に出る事にした。
このゴーリル伯爵領は、緯度的に日本であれば名古屋付近にある王都から北上して六百キロほどの地点にあった。
これが日本であるならば、丁度福島県あたりではないだろうか。
暖かさと寒さの中間くらいの土地なので、アルバトロス王国の国内では南北に跨っているくらいの位置にあり、その加減で美味い物も沢山ありそうだ。
ここも緯度的には、日本でいえば東北地方相当でありながら関東付近に当たるため比較的温暖という気候的にはいい条件ではある。
北のダンジョンよりもやや北方にあり、北の海まで約四百キロくらいの位置だ。
こちらの方面は交通量が少なく結構飛ばしていた。
時速八十キロ以上出していたが、この世界には信号も無いし早いもんだ。
この速度で走れるほど石畳の状態は辺境にしては意外と良好だ。
どちらかというと、気候の厳しい北方は寂れているしな。
最早、海迄あと二時間というところまで来ていた。
最初ヘリコプターを出してみたのだが、何故か爺さんに怒られた。
飛行機も同様だったので、仕方なくこれなのだ。
転移魔法も駄目だと言う。
一体どういう基準なんだろうな。
昔気質な上に頑固で偏屈な爺さんなので辟易していたのだが、今はこの爺さんだけが頼みの綱なのだ。
道中、いつもの如くに大カマキリが出たが、走り抜けざまに電撃で蹴散らしておいた。
「ふん。あんな物は食えないではないか」
そういう基準なんだな。
ある意味で、食通としては実に正しい考えだとも言えるのだが。
とうとう、御昼頃には北の海へ着いてしまった。
ここまで来る間中、爺さんはじっと目を瞑り、そしてずっと押し黙っていた。
いや、むしろ瞑想しているのに近い。
一体、何がこの爺さんをこれほどまで苛烈に駆り立てるのか。
実の息子にすらわからないだろう事が、赤の他人であるこの俺なんかにわかろうはずもない。
そして街道から外れて少々荒い道程を指示通りに車を操り、その海辺へと着いた途端に車から降りて周囲を見回していた爺さんはおもむろに言った。
「あれだ」
そこには、何か大きめの魔物のような物が空を飛び交っていた。
時折海面へ降下しているので、どうやら魚を獲っているような感じがする。
何かを咥えているみたいだし。
「あれは?」
「岩ツバメだ。
あれで、なかなか気が荒くてな。
また結構な難所に巣を作りよるので、簡単には巣を採らせてくれん」
「巣? ま、まさか食材というのは!」
「もちろん、ツバメの巣だ」
マ、マジなんだ。
なんか、爺さんの目がやけに真剣だ。
ツバメの巣といえば、地球ではタイあたりでの高級料理だ。
昔はインターネットも無かったので、俺は若い頃にツバメの巣料理と聞いて、あんな泥の塊を食うのか? と不思議に思っていたのだが、ツバメの種類や巣の材料が違っていた。
というか、そもそもあれは日本のツバメとは種族そのものが違うのだ。
ここの連中も海沿いの物凄い崖っぷちに巣を作り、しかも巣を脅かす者には集団で凄まじい攻撃を加えるそうなので、簡単には巣を採る事が出来ないようだ。
そして、この北の海は凄まじい荒海なのだ。
かなり魔法に長けた冒険者でないと巣は採れないものらしい。
何気に奴らはBランクの魔物だった!
集団だとAランクの評価に上がるんじゃないか。
「儂も昔は挑戦してみたのだが、なかなかどうして奴らも手強くてな。
当主としての仕事もあったので、とうとう諦めざるを得なかったのじゃ。
ああ、ツバメの巣のスープ。
最早、幻の食材と成り果て何年経つ事やら。
こんな辺境の地にわざわざ採りに来る者もそうそうおらん。
いつしか世間からも忘れられてしまった」
つまり、SSSランクという世界最高峰の冒険者である俺に、そいつを採ってこいという訳ですな。
やれやれ、やけにこの偏屈爺さんが乗り気だなとは思っていたんだが、思いっきり下心付きだったか。
やけに無茶苦茶体を鍛えているなと思ったら、そういう事なのかあ。
自力で食材採集をやるのも隠居生活の醍醐味の内なのね。
「だが、あ奴らには、もう一つ問題があってな。
中には討伐を渋る冒険者もおるのだ」
「問題?」
「ああ、それは行けばわかる」
なんか難有りな連中なのかいな。
俺は頑固爺さんの相手は斉藤ちゃんに任せて、気配を消して奴らのところへいった。
だが、そこにいたものは。
なんと超可愛い魔物のツバメ(体長十メートル)だった。
顔が可愛いのはプリティドッグ的な魅力だ。
へえ、鳴き声も可愛いな。
おお、尻尾がこれまた。
そして雛がまた奇跡的に可愛い。
これはアカンな。
この異世界でケモナーを拗らせまくった俺には絶対に倒せそうもない。
むしろ可愛さのあまり、こっちが悶死しそうだわ。
なんだかんだ言って、冒険者には意外とこういう奴が多いのだ。
特にゴツイおっさん冒険者なんかに限って。
「いや、あの可愛らしい魔物を討伐するなんて俺には絶対無理。
仕方がないから巣は諦めますわ」
あの子達の巣を採ってしまうのは可愛そうなので俺は潔く諦めようとするのだが、あの爺さんが諦めない。
「お前は魔王とか言われている割には根性が無いの。
それでもタマついとるのか、え?」
えー、そんな事を言われてもな。
魔物ツバメの赤ちゃん、物凄く可愛いよ。
あれを討伐するなんて俺には絶対に無理。
もふもふしたいぜ、暖かくて柔らかそうなツバメの赤ちゃん羽毛!
ええい、仕方が無い。
俺は困った時のエリオン頼みで、ファルを呼び出した。
「なあにー、おいちゃん」
「ファル。
ちょっと悪いけどな、あそこにいるツバメさんと交渉してみてくれないか。
連中の巣を分けてもらいたいんだ。
もちろん、ただじゃないさ。
連中なら見返りは何が欲しいのかな。
それも訊いてほしいんだが」
ファルは、ちょっと考える風だったが不思議そうに訊いて来た。
「ツバメさんの巣なんか、どうするの?」
「ああ、いい食材になるんだ」
「美味しいの?」
ファルも少し興味が出てきたようだ。
「うーん、料理次第じゃないのかなあ。
栄養価が高くて、美味しいという物のはずだ。
稀人の世界じゃそうなっているし、御隠居の話じゃここでもそうらしい」
俺も味には自信は無いんだけどな。
地球でもツバメの巣のスープなんていう高級な物は食った事ないし。
金持ちでいっぱいなラスベガスあたりでも見かけなかった。
アメリカ横断をやった時も一般の中華レストランのメニューには無かった気がする。
ああいう物は日米じゃ一部の需要を除き、あまりありがたがられていない感じなのだ。
本場の東南アジアでさえも、わざとツバメに巣を作らせる「ツバメマンション」のような、ツバメの巣を盛んに入手する動きは近年になってからなので。
あれも主な輸出先であろう中国の経済が活発になってからの話なんじゃないのかな。
とりあえず、交渉は神様の御使いに一任する事にした。
ゴーリル伯爵家では異世界魔物ツバメの巣の料理法が伝わっているらしい。
ダンジョンクライシス日本
http://ncode.syosetu.com/n8186eb/
ちょっと都合があって、昨日の夜からまた新作を投下しています。
宜しかったら。




