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56-3 恋路の果てに

 二人は夜露を凌ぐ屋根さえ無い川原で身を寄せ合っていた。


「寒くないか、リリー」


「ううん。

 暖かいよ、ドラン。

 いつもはこんな風にはしていられないものね」


 ギュッとドランにしがみ付いて、少し幸せそうに頬を上気させるフランチェスカさんがいた。

 なんでリリーって言うんだろうな。

 前はフラニーって呼んでた気がするが。

 幼名なのか、子供の頃の仇名なのか。

 あるいは二人だけの秘密なのかもしれないな。


 ああ、実にいい雰囲気だ。

 野暮な爺としては、せっかくの二人の時間を邪魔したくはないんだが、まあ仕方なく咳払いを一つ謹呈した。

 二人は何か激しい物音で飛び上がったかの如く反応し、こちらへと振り向いた。


 ドランの野郎は彼女を庇うようにしながらオリハルコンを抜き、鬼のような貌でこちらを射抜こうとしていたが、そこに作務衣姿の俺を見つけ、すぐにこれ以上は無いような間抜けな表情を浮かべた。


「一国の皇帝たる者が、そんな貌をしているんじゃねえよ。

 それよりも、山本さん謹製の美味しい鍋焼きうどんでもどうだ?」


 俺が両手に持って差し出した土鍋に、二人の御腹がぐう~っと鳴った。

 思い出すなあ、トーヤを拾ったあの日の事を。



 エアコン魔法で周囲の気温を快適な温度に保ちながら、俺達は星空食堂で、はふはふと鍋焼きうどんを啜った。

 熱々のうどんを一息に食い終わってから、暖かい御茶を飲みながらドランに今の気持ちを訊いてみた。


「どうだい。

 御腹いっぱいで愛する人と共にある。

 他に何か必要か?」


「いや、これで充分だ。

 他に何も要らない」


「だが、お前には皇帝としての責務があるんだぜ」


 その突っ込みに、ドランはその面差しに影を落とし沈黙した。


「心配すんなよ。

 舎弟の面倒くらい、きっちり見てやるさ。

 とりあえず、お前らの結婚式だ」


 初代国王船橋武の独断と偏見により、この世界でも六月はジューンと呼ばれる。

 ジューンブライドという言葉のためだけに。


 王太子殿下の結婚式はジューンの1。

 つまり、明日だ。


「どうだ?

 兄貴分である俺の顔を立てて、ここは大人しく引き立てられておけよ。

 悪いようにはせんからさ」


 ははは、所詮お前らなんか俺の子供も同然の歳よ。

 おっさん、もう五十五歳になりました。


「わかった……世話になるよ。

 ありがとう」


「今夜はケモミミ園に来い」


 俺はそう言って二人を暖かく包み込むように抱えて、ケモミミ園まで転移魔法で跳んだ。

 そして職員用の離れで余っている部屋へ案内した。

 部屋は真理に言って、既に温めてもらってある。


「済まんな、今日はこれで勘弁だ」

「いや、野宿に比べたら過ぎる待遇だ」


 そう言って、二人は一つの毛布で抱き合うようにして崩れ落ちるように眠りに落ちた。

 ふと振り向くと、真理がなんとも言えないような微笑を浮かべていた。


「御疲れ様、向こうでビールでもどう?」


 園の食堂で二人で一杯と思ったら、神聖エリオン様が御腹を空かせて起きていらっしゃった。


「あれ? おいちゃんも御腹が空いたの?」


 ファルも、あの世界三大激マズ食材の一つに数えられる青鰭蜥蜴にさえ思わず突撃してしまうほどの食欲に支配された御年頃だ。


「何、小腹が空いた程度さ。

 どれ、何か作ってやろう」


 俺は(かまど)に魔法で火を入れて、薪をくべ鉄板を敷いた。

 ガスコンロや魔導調理器よりも竈で作った方が美味いのだ。

 これも魔法で火力をコントロールできるので、普通のキャンプに比べたらずっと楽だ。

 ファルはがっつり系だから、本日は焼きソバにした。


 今はこの世界でもいい麺がたくさん作られるようになったが、今日は俺がこの世界に持ち込んだ当初の、一袋二十五円の焼きそば麺を使用した。


 じゅうじゅうと焼ける大盛り分量の焼きそばの匂いにうっとりとしながら、ファルは真理に抱っこされていた。


 地位とか金とか名誉とか。

 そんな程度のもんとじゃ決して釣り合わない。

 そういう物は世の中にあるよな。


 こういう空気、そして俺の大事な家族がここケモミミ園にいる。

 ドラン、お前も俺の弟っていう事になっているんだからな。

 実際には息子みたいな歳だけどなあ。


 熱々の焼きそばに食らいつく神聖エリオン様を肴に、俺と真理はビールグラスを傾け、また一つ家族の肖像を刻み込んだ。

 その仕事を請け負うのは精霊カメラマンだ。

 今日のカメラマンは、可愛い子猫連れのママ猫精霊だ。

 もふっていいかな。


 今日は真理とファルとで川の字になって寝た。



「おはようございます」


 吹っ切れたような笑顔でドランのために朝御飯を作っているフランチェスカさんがいた。

 ついでに子供達の分も何か作っているみたいだ。

 おやまあ。


 食堂とは別に大広間にはこういう感じで料理が出来る設備がある。

 主に料理は、この大広間から通路を挟んだ向こうにある厨房で作られるんだが。


 向こうに食堂はあるのだが、朝御飯の時なんか子供達は座らせておいた方がいいので、こうして大広間で食べる。

 それにこちらの方が広いしな。


 子供達と一緒に飯台に座りながら、若干照れたような感じのドランがいる。


「よお、魔王様。

 こういうのも悪くは無いな」


 何故か朝っぱらからいる珍しい客に突撃してくる子供達をじゃらしながら、俺の舎弟が無邪気に笑っていた。

 皇帝なんぞ辞めて、こんな生活をするのもいい。

 今、こいつはそんな風にさえ思っているんだろう。


 いつものように作務衣の上から前掛けをかけて、頭には三角巾を付けた俺が言った。


「バーカ、お前なんかに勤まるほど園長稼業は楽じゃねーよ。

 お前は大人しくベルンシュタインの皇帝でもやっていやがれ」


 だが二人共笑ってしまっていて、何かこう孤児院の中に駆け落ち貴族のカップルがいるかの如くだ。

 そして恒例の朝の戦争が終わったので俺は二人に宣告した。


「じゃあ、出かけるぞ」

「どこへだ? 今更、俺達には行く所なぞ……」


 少し俯き加減にドランは答える。


「馬鹿だな。

 そんなもの、お前達の結婚式に決まっているじゃないか」


この二十五円の焼きそばのモデルになった麺は執筆後に十八円に値下げされて、値上げラッシュの激しい2022年6月現在で未だに価格をキープしています。

焼きそばの場合は、一個売ると他のちゃんと値上げした高い具材が山ほど売れますのでね~。


これもいつしか28円となり、2025年にはついに38円へ値上がりました。

小麦騒動を巻き起こしたウクライナ戦争がなかったら、もうちょっと安かったかな。

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[気になる点] もう、むしろ本編のストーリーより作者様の蘊蓄の方が気になる(笑)
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