56-2 動乱の蠢き
俺は久しぶりにカルロス君の執務室に御邪魔した。
「やあ、王太子殿下。
少し御無沙汰しています。
ついに御結婚されるそうですね。
おめでとうございます」
「いや、ありがとう。
あなたの御蔭で良縁に恵まれましたよ」
王太子殿下は浮き浮きしているといった感じで、かなり緩んだ顔をしていらっしゃる。
いつもの高貴な雰囲気が欠片もない。
「つきましては、ちょっと御願いがありまして」
「へえ、あなたが。
そいつは珍しいですね。
一体どのような?」
カルロス殿下は仕事の手を休めて立ち上がった。
大事な話だと思ったのだろう。
そして俺にもソファを勧めてくれた。
さすがに俺も、ここでは勝手に座っていたりはしない。
距離感のTPO は弁えている。
最早半ば仕事仲間みたいなミハエルや舎弟のドランのところじゃ、もう遠慮のえの字もないがな。
「いや、対ゲルスという意味合いもありまして、帝国の皇帝も身を固めさせてはと思いましてね。
向こうにそういう動きがあるのです。
それで合同で結婚式をやれないものかと。
アルバトロスとベルンシュタインの結束を対外的に示す事も出来ますし」
カルロス殿下は少し考え込む風にしていたが、やがてぶっちゃけた。
「先方で何かトラブルでも?
何か皇帝のために世話をしてやる必要が生じたのではないですか?」
あ、案外と鋭いな。
そういえば優秀な人なんだった。
俺はドランとフランチェスカさんの事情をかいつまんで話してみた。
「なるほど。
周囲から反対されているのですね。
まあ、いくらあの貴族優先の帝国といえども、貴方が強引に推せば先方で特に問題とはならないないでしょう。
もし問題があるとしたら、それはマイハニーの兄上ですね。
ザイード王国も、長年隣接する帝国とはアルバトロス同様に大きな確執がありましたから。
彼も今の皇帝に対しては、それなりの評価をしているようですが。
ただ、溺愛する妹の結婚式が帝国皇帝と合同にという話になったら、どんな反応が返ってくるのでしょうね。
ああ、私は別に構いませんよ。
外交的にはメリットしかない話ですから、父も特に反対しないでしょう。
あの国とはこれからも深く付き合っていく予定なのですから、帝国関連の話もはっきりさせておいた方が後顧の憂いがないかもしれませんし」
さいですか。
じゃ、直接本人に訊いてくるとするかな。
「わかりました。
ありがとうございます」
そういう訳なので、俺はカルロス殿下に礼を言ってから、風吹き渡る草原の国ザイード王国へと転移した。
そして上空に転移してから、マーカーが指し示す奴の天幕を目指してパラシュート抜きのスカイダイビングで舞い降りた。
「おーい、エクード~」
外で馬の世話をしていた奴は、不穏な空気を感じ取ったものか、こちらを向いて少し眉を顰めた。
「どうした、十三か国とはやりあったようだが」
「おや?
特に戦ってなんかいないがね。
その前に丁寧に御引き取り願っただけだよ。
出陣した敵の兵士は誰も死んじゃあいないぜ。
怪我一つ負っていないしな。
連中とは、これからも大いに商売に励む予定なんだが」
「またどうせ碌な事をしていないのだろう。
大体の想像は付くぞ。
まったく、お前が敵でなくて幸いだった。
それで今日の用向きはなんだ?」
奴も俺の突然の急襲に、少し不思議そうに訊いてくる。
俺はニヤっと黒い笑いを浮かべてやった。
「そういや、お前の妹もついに結婚だな。
それで悪いんだが相談がある。
その結婚式にもう一組乗せてくれ。
実は政治的な意味合いもあってな。
うちの王太子殿下にはもう話を通してある。
こう言っちゃなんだがよ、草原の黒狼。
全ての国に隣接しているドワーフの国を除けば、仲間内ではお前のところの国が地理的にはあのキナ臭さが香り立つゲルス陣営に一番近い。
この意味はわかるよな」
それを聞いた奴は、渋面で舌打ちを一つ返して寄越した。
「そういう事か。
さては、その相手というのは帝国皇帝なのだな?
あそこの皇帝は訳ありで独身だと聞いていたが。
よりにもよって俺の可愛いナターシャの結婚式を、我が国の長年の宿敵であった帝国の皇帝と一緒にやれというのか!」
「まあまあ。
よく考えてみれば、そう悪いものじゃないぞ?
ザイード・ベルンシュタイン・アルバトロスという隣接する三か国で、纏めて合同で執り行う新同盟結婚式だ。
ハイドとアルバトロスの王族が前回結婚式をやったからな。
これで見事に四つの国が同盟結婚式や血縁関係で数珠繋ぎに結束する。
しかも俺達の同盟に加えて、あの難物なエルドア王国さえも友好国家の内に混ぜてあるんだからな。
まあそっちは殆ど俺と親方の、国王と名誉公爵の個人的な関係を担保としているのだが。
だが安全保障の面から見ても対外効果は抜群だぞ。
どうだ。お前だって、この棚ボタのように美味し過ぎる話を断れまいよ。
え? 草原の国の王太子様。
最近は、お前のところに、こういう外交的に美味し過ぎる案件ばかりが来るよな。
そのうちバチが当たるぜ。
正式な次期国王たる王太子のくせに、勝手に自分の身分から王の字を略すんじゃねえよ。
俺なんか、いつも勝手に精霊魔王の精霊とか名誉公爵の名誉とかを省略されているんだから。
たとえ肩書を省略したって、お前の次期国王としての責任は王太子である間中きっちりとついて回るんだからな」
「チッ、煩いな。
余計な御世話だ。
だがまあ、そういう事のようだな」
奴も渋柿を食わされた猿のように渋い顔をしていたのだが、まあ仕方が無いという風情だ。
「それで返事は?」
「ふんっ。貸し一つだぞ、このずる賢い魔王めが」
あらこの男、相変わらず可愛くないな。
だが仕方が無い。
これも可愛い舎弟のためよ。
「では、そういう事で」
俺はアルバに戻ってから早速、国王陛下に面会を申し込んだ。
というか執務室へ直接押しかけた。
「そうか、そうか。
帝国も隅におけんの。
わしは一向に構わんぞ。
それで進めてもらって構わぬ」
陛下はにこやかに許可をくれ、その隣では王妃様がにこにこしている。
何よりも愛を貫く珍しい王朝を、初代から今に至るまで貫いたこの王国。
その国王夫妻も、今は懇意となった嘗ての仇敵の恋物語にも寛容な姿勢を示す。
だが、そこに政治的には貸し一があるのは、まあ仕方が無いよな。
いざとなったら舎弟の面倒は俺がみるとしよう。
あいつも先達からの負の遺産を継承しているので、国際的な立場が思いっきり弱いな。
だが実は陛下達にはそれ以外の目論見があったらしい事に、その時俺は全く気が付いていなかった。
正直言って、俺から面倒見の良さを取ったら一体何が残るんだろう。
そのような地球時代の思い出に心を馳せながら、そしてこの世界で今も変わらない生き方に頬を叩き気合を入れた。
「さあ、おっさんも一つ頑張るとするかな」
俺は王太子殿下の部屋を訪ね、草原の黒王太子及び国王陛下の了承を頂いた事を伝えた。
「そうですか。
それでは、これで決まりという事で」
カルロス君はメールを早打ちして、自分達の結婚式に花を添える出来事について、愛しのナターシャ姫に愛の言葉を添えて伝えていた。
俺は報告のために帝国へ転移してドランの奴を訪ねたが、帝都ベルンの皇宮は蜂の巣を突いたかのような大騒ぎだった。
あれ、何があった?
お、懐かしのリヒター伯爵がいる。
奴は真剣な顔で廊下を走っていた。
「よお、久しぶりだな」
俺は胡坐をかいたままレビテーションの魔法で宙を浮き、そのままリヒターに併走した。
「お前か。
悪いな、今はお前なんかに構っている暇がない。
実は皇帝陛下が脱走なされた」
俺は空中で胡坐をかいたまま、ズルっと九十度こけるという器用な真似を披露する羽目になった。
皇帝が脱走ってなんだよ、脱走って。
犬猫やハムスターじゃないんだぞ。
「陛下がフランチェスカ嬢を慕っているのは誰だって知っている。
だが彼女は貴族の出身ではない。
だから、そこにつけこんで陛下を皇帝の座から追い落とそうと……」
しかし、奴はその先の言葉を紡げなくなった。
目の前にいる俺が凄惨な表情を浮かべ、凄まじい殺気というか魔力放射を行なっていたからだ。
武功の家の当主であり、またそれなりの魔法使いでもあるリヒターには、それがまるで突然の竜巻を顔に叩きつけられるかのように感じられた事だろう。
よりによって、この俺に喧嘩を売る馬鹿がまだこの国にいたとは。
もしかして、そいつらにゲルスの息がかかっているとかいうんじゃないだろうな。
十分に有り得る話だ。
それはこの帝国の連中だって散々やってきた事なんだからな。
特にうちの国へ。
「おい、リヒター。
後は全部お前に任せた。
お前ならわかっているよな?」
諦めたような表情で俺を見ながらリヒターは注文を付けた。
「頼むから、ほどほどにしておいてくれ。
これは帝国内の問題なんだから、あまり波風を立てたくない。
とりあえず皇帝の力になってくれそうな臣下の者達には、お前が動いた事は伝えておこう」
「あいよ」
俺は片手を振りながら空中胡坐の格好のまま、転移で消えた。
ドランには、あの帝国戦以来マーカーを付けっぱなしなのだ。




