54-4 ハンニバル祭閉幕
空中ブランコに足をかけて真理と両手を繋いだまま、後ろへ振りきった状態から体のしなりと腕の力で、ぐいっと真理をぶん投げるようにして一気に前へと持っていく。
ブランコのバーを支点に、二人で逆くの字型のようになってしまっている。
多分、これは普通の人間には出来ない芸当だろう。
ブランコで振り子運動中にそんな真似をしようものなら、どこか支点となる骨格が砕けてしまうのではないだろうか。
真理も体を撓らせて当然のように俺に合わせる。
この子も人外の身体能力を持っている。
しかも、いきなり本番で鮮やかにやってのけるのだから、また大概だ。
そしてブランコが前へ戻りきったタイミングで足を放してブランコを蹴り、その勢いに任せて飛ぶ。
俺の足から解き放たれたブランコが、弾け飛んだように跳ね上がっていく。
ゴムの力で手元に戻ってくる縁日のヨーヨーの如くに。
俺と真理は何も無い空中を天井目掛けて打ち上がる。
天井の梁となる構造材にはパイプが下げられているので、そいつを片手で掴みブレーキをかけ、片手懸垂するかのような姿勢から手を放して降下する。
途中で、あたかもそこにステージがあるかのように何もない空間に「着地」して、俺はそのまま人狼かフェンリルの如く空気の分子を蹴り上げながら、真理と二人で空中へ駆け出した。
この間、俺は一切の魔法は使わない。
HP三千二百万に物を言わせた力技なのだ。
俺は真理を抱き寄せて、そのまま見えないフロアでダンスを踊るような形で、文字通り宙を舞う。
ノンステップダンスの足場のないダンスだ。
一頻り踊ったら、今度は空中を蹴り上げながら真横に回転する。
真理を頭の上に放り上げるようにして、彼女の手を取り俺は宙を駆けた。
丁度真理の足の先が常に中心にあるくらいの感じに回ると、下から見ればまるで綺麗に回転しているように見える。
普通の人間でこれをやったら絶対に耐えられないだろう。
真理は普通に楽しそうにしているが。
見えないハムスターの回転車を真横にして、その内側の面を俺が蹴りながら真理の足先を支点にして三百六十度回っているような感じだ。
まるで遠心力がかかっているかのように。
実際には気体を瞬間的な猛烈パワーで蹴り、固体を蹴っているかのように振る舞っているだけなの
だが。
液体の水面だって、高いところから落ちて速度があるならばコンクリートの如くに固い。
映画やアニメなんかで凄く高いところから海や湖へ落ちてもまったく無事だなんて大嘘もいいところだ。
普通は確実に死ぬ。
そんな真似が素で出来てしまうのは、俺や親方みたいな「あんた本当に人間?」と言われるような奴だけだ。
高速でぶち当たれば空気だって壁になるのだ。
昔は音速の壁を越えるのも一苦労だった。
おっさんが子供の頃は、超音速実験機X-1の写真の載った本とかがいっぱいあった。
あれが少年達にとって最高にメジャーな存在だったのだ。
今はX-1も、とっくの昔に現役を引退して隠居していらっしゃるので、「あの人は今」的にネットで画像を検索して探さないと中々見当たらないだろう。
インターネットでその雄姿を拝む事が出来るようになったのは、退役後遙か後世になってからの事だった。
あれは航空史上大変エポックメイキングな機体だったので、アメリカのどこかの航空博物館には本物が飾ってあるはずだ。
俺は螺旋を描くように回転しながら少しずつ下へ降りてきて、次に真理と手を繋ぎ、そしてそのまま手を握り合わせたままのアベック・スカイダイビングのような格好で、ゆっくりと回転しながら舞台の真ん中へ舞い降りた。
これは魔法ではなくエアー噴射で減速しているのだ。
同時に色々なカラーの紙片を混ぜた紙吹雪を超大量に撒いたので、何か物凄い事になった。
これも魔法でなくアイテムボックスを使った技だ。
インベントリの中に溜めてある超高圧の圧縮空気を、たくさんのノズル状に放出して下方に噴射しているのだ。
まるでゲームセンターに置いてあるエアホッケーのプラスチック製パックにでもなった気分だ。
俺達がまったく魔力を発していないため、観客の中にいる魔法を感知出来る人達が感心していた。
やっぱりサーカスで魔法を使うのは外道だよな。
あれは体力と小道具の世界なのだ。
お次は俺だけでブランコの柱を垂直に駆け上り、一人空中ブランコだ。
柱には梯子の代わりに足をかける突起を取り付けてあり、それを蹴って上に飛び上がるのだ。
多少方向がずれたら、空気を蹴って軌道を修正する。
ブランコを手にして台を蹴り、その推進力だけでブランコを最大まで前へ押し出してから手を離して、くるくると飛んで反対側の垂れ下がっているブランコに飛びつく。
そのまま今度は空気のみを蹴ってブランコを動かし、空中で捻りながら回転ジャンプを決めて、反対側まで飛んで台に着地する。
お次はトランポリンだ。
俺が作った特製の高張力強化トランポリンを思いっきり蹴って、一気に飛び上がる。
ピエロの格好をして、体全体を上に向けて腰を曲げ、うひょお~ってな感じで四肢で犬掻きしながら飛び上がったり、体は下向きで顔だけ横に向けて手足を大きくバタバタさせてみたり。
多少へたくそだが、ピエロっぽい派手な動きを見せ、思いっきりオーバーアクションで飛び跳ねる。
五月病のせいで観客のノリがいいので、俺の演技が少々へたくそでもなんとかなる。
これは楽しい。
見ているだけで、うずうずするものか、うさぎさんの着ぐるみを着込んで真理も参加してきた。
周りでは、いつの間にかドワーフ達が混ざって演技していた。
ナイフ投げ(客もいるのに危ないな)とか綱渡りとか。
連中は比較的実戦的な芸が多いな。
サーカスのマスコットは、化石魔物のアドロスサウルスが務めていた。
こいつが象さんか何かのポジションかな。
全長二十三メートルもあるから、ちょっと大きいけど。
最後に持ち出すのは人間大砲だ。
砲身に火薬を詰めた上からショットガンの薬莢のような円筒状のシェルを挿入して、その上から砲身の中に笑顔で手を振りながら御邪魔した。
こいつは強化もバリヤーも使わない。
ドキドキ。
カウントダウンして、ズドーンと勢いよく打ち出されたが、思った通り俺の体はビクともしねえ。
やっぱりな。
もうこれ、人間じゃねえわ。
人間大砲じゃなくて、人間じゃない大砲だな。
そのまま空中をバタバタと遊泳して、最後は手を振りつつ空気の階段を剽軽な感じに蟹股で歩きながら(本当は物凄いパワーで瞬間空気を蹴っているだけ)降りてきてピエロらしく一礼をした。
この世界にはサーカス自体が存在しないので物珍しかったのだろう。
それなりに拍手は頂けた。
そうこうする内に、王家の人達が正気に帰りつつあるようだ。
返るのではなく、何かこう帰るといった趣きだ。
「おや? ロッテ、儂は一体何を……」
「五月病ですよ。
残念、あなたもう治っちゃったのね」
「ああ、もうそんな季節になったか……」
王妃様、残念って。
あんた本音丸出しですがな。
どうやら、王様の病気が治った時点で御開きになるルールなのらしい。
まあ、いつまでも王様不在にしておいて浮かれた御祭りなんかやってられんわなあ。
ところでトーナメントの方は一体どうなったんだろうな。
まあ、別にトーナメントをやる事が目的ではないのでいいのだが。
「やれやれ、これでやっと国を正常に戻せる。
グランバースト卿も御疲れ様でございました」
宰相は心底ホッとした様子で、俺の事も労ってくれる。
そして。
「ハッ。俺は何をやっていたんだ?
こ、この格好は~。
うわあ、ハンニバル病を発症していたのかあ!」
ミハエルが道化の格好のまま、頭を抱えてその場に蹲った。
いいけど、早く着替えた方がいいんじゃないのか?
みんなが見てるぞ。
まあ日頃から道化のように「疾風のミハエル」を演じているのだから今更だけど。
俺はピエロの格好が結構気に入っちゃったからいいんだけどね。
ピエロなんて、サーカスで実力ナンバーワンの人でないとやらせてもらえない役なんだから。
うちのチビ達も大喜びしているし。
しかしヤバイな、この病気。
発症している間の記憶が一切無いのか~。
だが、安心したまえミハエル君。
君のハンニバルな勇姿は全て映像に記録してある。
当分は奴をおちょくるネタには事欠かないな。
疾風のハンニバルか。
「それにしても、俺はどうしてこの病気を発症しないんだろう」
そんな俺に向かって、真理が何か言いたそうな顔をしている。
なんだ。
何か言いたい事があるんなら、はっきり言えよな。




