53-3 予期せぬアクシデント
「ひゃああ~、スライムー」
頭にべったりとスライムを貼り付けて、大きな悲鳴を上げる文官志望の平民ボウルに、子爵家三男のジョージが声をかける。
「落ち着け、ボウル。
帽子を脱ぐんだ」
慌てて帽子を放り出して、へたり込むボウルが涙目で訴える。
「ジョージ、僕にはダンジョン・アタックなんて無理だよ~」
ジョージは溜め息を吐いて、座り込んでしまった友人に手を貸しながら言った。
「アルフォンス先生も言っていただろう。
お前、王宮務めになって、ダンジョン担当部署にでもなったら一体どうするつもりだ?
あと他所の国とかへも行かされて、騒動に巻き込まれる事もあるかもしれない。
そんな時は貴族が団長を務めるもんだ。
上司を捨てて逃げるつもりか?
文官だって、ずっと椅子に座っていられるとは限らないぞ」
ジョージは三男なので、身の振り方は自分で考えないといけない。
彼は冒険者を目指す考えのようだ。
Bランクともなれば自力で貴族家の当主になる事さえ目指せるし、王国騎士団へ行ったとしても一目置いてもらえるだろう。
今から王国騎士団を目指す道もあるのだが、それよりも冒険者経由を選ぶようだ。
そっちの方が稼げるというのもある。
騎士団も公務員なのだ。
そんなに良い給料が貰えるわけではない。
まあ、跡継ぎでない貴族の子弟にとっては充分過ぎる魅力があるのだが。
しかし魔法の使える奴なら、むしろ冒険者になった方が夢は広がる。
頑張り次第では莫大な富と名誉も手に入るのだ。
たとえば、この俺のように。
この学園出身者なら、いきなり田舎から出て来たお上りさん的な連中よりもマシな冒険者生活のスタートが切れるだろう。
この世界最高ランクの冒険者から指導を受けておいて、無様に新人の内に死んでいたら許さんからな。
中には家が没落して、冒険者になった奴の収入に頼りきっているような貴族家もあるそうだが。
そういうケースでは、逆に家柄が足引っ張りになる場合もあるようだ。
お前ら、頑張れよ~。
人生の先は長いぜ。
ゴーレムの目を通して、俺はあちこちの様子を窺っていた。
「えーい、こいつめ、こいつめ」
「きゃあ、そっちへ行ったわ~」
「いやーん、こっち来ないでー」
「死ねや~、そりゃあ」
今度は女の子ばかりの四人グループだ。
ゴブリン一匹を囲んで、皆で袋叩きにしているようだ。
引率の女冒険者も楽しそうにしている。
シモンズは、へっぴりごしの平民の生徒達をビシビシ扱いていた。
感知魔法で少ない数の魔物のところへと連れていき、平民達だけで戦わせていた。
数が多い時は、自分が減らしてから魔物を与えている。
主に後ろに立ち、彼らを支援する事に徹していた。
うん、こいつはわかっているな。
あと真っ先に飛び出していった奴らなのだが、はしゃいでいた男爵家の四男は頭が黒焦げのパーマ頭になってしまっていた。
スライムに食いつかれて火魔法で焙られて、付き添いの冒険者に回復魔法で治療してもらったようで怪我はしていないようだが、もう既に涙目だ。
よかったな、エリみたいに顔にくっつかれなくて。
しかし……。
「ベニー。
そいつ、スライムは二度目か?」
担当の冒険者に電話で訊いてみたが、このような返事が返ってきた。
「ええ、入ってすぐ頭にスライムを食らって、それからスライムを焼いてから予備の帽子を渡す前にまた。
幸いにも対処が早かったので、そう大した事は無かったのですが……。
ここのダンジョンではスライムが降るのは名物のようなものですが、この一階で、こんなに魔物が出ましたっけね」
いや、そんなはずはない。
今回は初回訓練なので身構えをさせるだけと思い、危険な蜂の出てくる四階までは行かせないようにさせているのだ。
一~三階というか、まだ一階の前半でうろうろしているだけのはずなのだが。
だが実際に生徒達は、あちこちで魔物と接敵して悲鳴が上がっている。
かつて俺がここで訓練をしていた時などは、魔物を探し回ったほどだったのだが、なんだこれは。
ちょっと聞いてみるか。
俺は電話で専門家に御伺いを立てた。
「おーい、ベルグリット。
ちょっと訊きたいんだが。
今、アドロスのダンジョンにいるのだけれど、一階でやたらと魔物が出るんだ。
何かおかしい。
変わった事とかの報告を受けていないか」
「そうですね。
特に無いですが、もしかすると例の周期に入っているかもしれません。
ダンジョンが活発になっている動きがあるのなら可能性はあります。
ダンジョンは一種の生き物ですから、只の洞窟とは違います。
十分に気を付けてください」
なんだと?
またこんな時にか。
うーん。
仕方がない。
今回は、もうイベントを中止にするのもありだな。
俺は学園長に電話して提案してみる。
「学園長、ちょっと予想外のアクシデントがありまして。
安全確保のため、始めたばかりでなんですが、今回の行事はこれで中止させてください。
みんな一応はダンジョンを体験出来たので、まあそれなりに有意義なイベントにはなったかと」
「おお、そうかね。
まあそういう事なら仕方がないね。
また今度やりましょう~」
「ええ、次はサバイバル訓練なんかもいいかなと思っております」
俺は、ちょっと黒い笑いを添えて電話を切った。
付き添いの全冒険者に向かって、パーティ音声チャットモードで連絡を入れた。
「予期せぬトラブルが発生した。
総員生徒を引率して帰還せよ」
一時間ほど経った頃、ぞろぞろとパーティは帰ってきたが、なんと大幅に数が足りない。
ん?
結構ベテランの冒険者をつけておいたはずなのだが変だな。
ゴーレム連中もついていたのだが。
まだ一階層だというのに、これはまたどうした事か。
スマホで連絡を取ってみたが圏外にあるようだ。
俺の顔も自然に曇る。
帰ってこないパーティは十。
四十人の生徒と、付き添いの冒険者十名が未帰還であった。
その中には我が婚約者殿と、その御付きの侍女パーティも含まれていた。




