46-6 風流な夜
ケモミミ小学校の校庭へと続く道を街灯で照らし、夜道には警備のゴーレム兵を多数立てた。
そして街の住人達にも夜桜開放の御知らせを出した。
今日は賓客が多いので一般開放は明日からとする。
明日からの屋台も自由に出店してOKとし、日本風に祭りっぽい感じでやるのだ。
屋台の場所の割り当てなんかは商業ギルドに御願いした。
エルフさんの団子屋さんなども引き続き営業してもらう。
今度は藤祭りをやってもいいかな。
日本のうちの街にある城址公園では、藤祭りでも花見団子が売られている。
またいつの日か、あの街の藤祭りに行こうと心に決めている。
この可愛い子供達と一緒にな。
「おい、久しぶりだな」
振り向いたら、アルバ冒険者ギルド・ギルマスのアーモンとサブマスのレッグさんがいた。
アルスが呼んできたらしい。
「久しぶり~。
ここのところ行事が多くて俺も忙しかったし、ギルマス達も忙しくて来られなかったからねえ。
今日は仕事のキリがついたのかい」
「ああ、珍しくな。
たまには問題児の顔でも見にきてやろうと思ってな」
豪い言われようだが、前に散々世話をかけまくったのだから、そいつばかりはしょうがない。
二人とも、いつものゆったりした仕事着だ。
俺なんか作務衣だし。
日本にいた頃は寒いんで夜桜はやらなかったんだが、今の体なら少々の温度変化はへっちゃらだ。
魔導防寒服やエアコン魔法なんかもあるしな。
アルスは日本にある服の量販店で買ったような格好をしている。
最近はこういう格好が、あいつの御気に入りなのだ。
その気になれば、アイテムボックスの換装機能を使って、いつでも冒険者スタイルに着替えられる。
夜桜の前に、国王一家を連れて船橋家の近くの待ち合わせ場所へ魔法映像を繋いでダイブした。
これは真理さんに御願いして企画しておいたのだ。
必要な機材は、俺がネットで注文して真理さんの家へあらかじめ送っておいた。
「ここが、うちでよく行く近所のスポットなの。
では、ちょっと失礼して」
そう言って俺達を迎えてくれた真理さんは、屋台のビールを仕入れてグイっと一口いった。
「美味しい~」
うーん、いいな生ビール。
超羨ましい~。
でも缶ビールだって、入っている中身はアルミ製のビール樽と一緒なのだ。
ただ、缶ビールはどうしても中身のコーティングが溶け出すから、ガラス容器の瓶に入ったビールの美味しさには叶わない。
ガラスだって極微量は溶けちゃうけど、そればかりは水の持つ特性なので仕方がないし、そういう分子レベルみたいな極小片は人体にさほど影響がない。
あれはそのまま体外へ排出されてしまうはずだ。
プラスチック系の物質だとそうはいかないのだ。
だから、体に悪影響があったり蓄積したりするような危険な物質を検知するセンサーである味覚に反応して味の差が出るのだろう。
俺は一部瓶ビールも持ってきちゃったけどね。
ビールの味は注ぎ方次第なんだよな~。
俺も缶ビールを頂きながら、日本の花見気分を味わった。
それから、しばらくそのまま船橋家の桜スポットを探索していた。
一見すると、只の外国人の一家が散策しているようにしか見えない。
ただ、その威厳や美貌に振り返る人は後を絶えないが。
「あの、私は約束があるので、そろそろ」
最初から、その予定なのだ。
向こうから少し背の高い男性が小走りに来て手をあげた。
「真理ちゃん、お待たせ!」
「ふふ、遅いよー。
もう一杯入っちゃった」
お、彼氏か。
中々イケメンじゃないか。
その男、少し武に似ているな。
ふふ、このブラコン娘め。
「あれ? その人達は?」
国王一家は、上品な笑顔を浮かべて会釈をしてから映像をログアウトした。
「ゆ、幽霊~!?」
「バカね。
あれが前に言っていた、御兄ちゃんの子孫の人達よ。
この機材を通して異世界から姿を写していただけなの。
向こうもこれから夜桜なのよ。
あたし達も楽しもうよ」
「あれって、やっぱり本当の話だったのか。
そっちの人は?」
俺は笑って、その場で爆炎スタイルに換装した。
「もう。やっぱり信じていなかったのね。
無理もないけれど。
あたしだって最初は信じられなかったのよ。
これが例の魔王様よ~。
御兄ちゃんだって、向こうの世界で魔王呼ばわりされていたけどね」
俺は真理さんの彼氏に一礼してから御邪魔虫はログアウトして消える。
戻ってみれば、みんな思い思いに夜桜を楽しんでいる。
御料理の匂いに、子供達がむっくりと起き上がると鼻をひくひくさせている。
おチビ猫も起き上がって、御祭りの御馳走を食う気満々だ。
俺と一緒に、まずカップケーキの屋台を襲撃した。
レミ用に、イベントでこれだけは絶対に欠かさないようにしてあるのだ。
屋台は今日からもう出してもらっている。
今日の分の代金は、俺がドンっと先に大盤振る舞いで払ってあるので、今日は料金が要らない。
じゅうじゅうと醤油の焼ける匂いを立てているのは「クラーケン焼き」だ。
元がでかいので、足を薄切りにしてから細長く切って焼いてあるから、パッと見だとなんだかわからない。
いか焼きよりは香ばしい匂いがする。
中々歯応えもあるので、年寄りにはちょっと辛いかな。
「お、クラーケンがあるのか」
さすがは元Sランクのギルマスだ。
一目で素材を見抜いた。
「この醤油って奴はいいですよね。
海産物には何よりこれだし。
肉にもよく合う。
クラーケンには日本酒が欲しくなりますねえ」
通なレッグさんの御要望に、俺はワンカップの日本酒の入った保温器を出した。
「安物のワンカップだけど、一杯どうぞ。
まあ、御花見の時とかは本場の日本でもこんなもんだよ」
ギルマスも日本酒を選択する。
さすがは先祖が王家に連なる者だな。
俺も日本酒に付き合いながら、少しギルマスを観察してみた。
王家の子孫は、もう殆ど日本人の面影が無い。
日本人の供給は他に全く無いため、三代目で既にクォーターだろう。
あの当時、一人だけ特別に過去まで飛ばされてしまった武の他に稀人はいなかっただろう。
奴の奥さんであるメリーユ王妃も現地の人だからな。
ギルマスも金髪で西洋人顔だ。
武自身も、やや西洋的な顔をしている。
いわゆる彫りの深い顔立ちという奴だ。
俺もそうだから似たようなものだけど。
武は正直、俺よりもかなりイケメンだ。
「黙っていればいい男」っていうところかな。
喋らせると、「マグロ~~」だからなあ。
みんな、こんな風に夜の庭園でもない屋外で、花を肴に飲食を楽しむという風習は無いので、新鮮な感じに楽しんでいた。
風流という日本語を、この世界に少しは伝えられただろうか。
俺が風流という言葉を教えたので国王陛下は、ふうりゅうふうりゅうと日本語でブツブツやっていた。
尊敬する初代国王船橋武の名前を、やっと手本無しで漢字を使って書けるようになったらしい。
その一方でトーヤは、既にルビの打ってあるラノベの電書くらいなら、かなり読めるようになっていた。
このままその方向へ進んで、中二病を拗らせたりしなければいいのだが。
御正月には、墨で「謹賀新年」を書き上げていたし。
中々上手だった。
俺は習字が下手っぴでね。
それは習字だけに限らないのだが。
まあ書道の道具作りの方だけは任せてくれ。
そしてトーヤも今日は俳句を楽しんでいた。
手に持った札に、筆を使って墨字を認めながら。
「春の夜の 灯り眩しい 桜かな」
よくそんな難しい漢字がすらすらと書けるな。
俺はPCを使うようになってから、特に書く方が怪しい。
「眩しい」なんて、ちょと難しい漢字は辞書を引かないとスラスラ書けないわ。
もう異世界のチビに完全に負けてしまっている。
新聞を読まなくなってから急激に漢字力が落ちた気がする。
でも捏造反日左翼新聞なんて誰が読むんだよ。
歳を食うと、なかなかパッと字が出てこないし。
今は脳細胞が若返ったので、まだいいんだけどな。
すると、よしとばかりに親方が一句詠む。
「酒の海 見渡す限りの 酒の海」
親方、季語はどこへ行ったんだよ。
字余りだし。
トーヤの説明を全く聞いていなかっただろう。
しかし、漢字だけはしっかりと書けているんだよな。
しかも中々達筆だ。
園長先生は字がとっても下手。
親方はアナログ教材で漢字の書き取りを頑張ったようだ。
日本語の説明書とかを色々読みたかったのに違いない。
この大王は頑張り屋の努力家で、この歳になっても能力は高いのだ。
興味のある事だけにしか、その素晴らしい能力を発揮しないのが玉に瑕なんだがな。
女将さんは、さらっと詠んだ。
「花団子 子の団子鼻 ヒクヒクと」
ちょっと苦しいが、花見の季節を表しているのでOK。
女将さんも日本語マスターだな。
それらを見て、日本人の遠い子孫達が慌てだした。
獣人の子供やドワーフの国王夫妻が日本の俳句を読んでいて、日本人の直系子孫である自分達王族が出来ていないだなんて、と。
王家で唯一日本語がそこそこいけるミハエルは、王太子に仕事を押し付けられているので来られない。
それが終わっても、次は自分の仕事が残っているので、やっぱり来られないのだ。
ミハエルはこの縁談を、職務上の観点からも是非纏めたいと思っているので、兄の無体を断れないのだ。
一回酷いところまでやってしまったので、随分と打たれ強くなってはいるのだろう。
今夜のミハエルには、酒ではなくスタミナドリンクの出番なのだ。




