150-18 いざダンジョンへ—モブ野郎編―
冒険者資格の条件についてクランツさんに訊いてみたら、あっさりと「おおそうか、話してなかったか?」とか言われてしまった。
まあ日頃はギルマスがやらない業務だし、俺みたいに無知な奴も珍しいのだろう。
一緒に行ってくれるメンバーはクランツさんが探してくれる事になった。
俺はその間は準備に忙しかった。
装備はギルドで貸し出してくれたし、フリードリッヒ家の料理人バウエルさんに御願いして、御飯をいくらか準備してもらった。
すぐ帰る予定なのだが、もしもダンジョンの中で何かあった時に御飯が何も無かったら困ってしまう。
ダンジョンの中で変な奴が沸いているらしいし。
まあ俺は入り口で要件を済ませて、すぐに帰ってくる予定なんだけどね。
そして俺は無二無三にスクロール描きの練習をしていた。
子供達は俺の必死な奮闘を尻目に歌でも口ずさみながら、まるで子供の落書きのようなスピードでスクロールを実に滑らかに描いていく。
「御兄ちゃんさー、今回は無理をしないでスクロール描きは僕らに任せて、自分は他の準備をした方がいいんじゃないの?」
「いやいや、俺の場合はこれしかないんだからさ。
どっちみち頑張らないと」
「あ、そう。
頑張ってね」
そう言いながらも彼らは、俺が必死で一枚の出来損ないを作る間に、それぞれ何十枚ものスクロールを積み上げていく。
凄くありがたいんだけど、成人目前、いやこの世界では完全に大人として扱われる年齢である俺の立場としては何か割り切れないものがある。
そして、ついにダンジョンへ旅立つ日がやってきてしまった。
本当は凄く行きたくないのに。
俺の浮かない表情を横目に見て、中年の恰幅のいい感じの御者さんは、笑ってこんな事を言ってくれた。
「あっはっは。
まあ、せっかくこの異世界に来たんだから冒険の一つもしてみましょうよ、稀人さん」
「えーい、俺は勇者なんかじゃなくて只のモブキャラなんだから、冒険要素なんていうものは特に要らねえんだよっ!」
「はっはっはっ」
そんなコントをしつつ、今から子爵家の馬車で冒険者ギルドへ向かう事になっている。
子供達からは餞別として、たくさんのスクロールの束を頂いた。
それらは色々な種類があって、全部で千枚近くあるんじゃないのか?
どんな励ましの言葉よりもありがたいわ。
今回は厳しい状況なので、自分で作った駄目駄目なスクロールは封印かな。
ダンジョンからの収入も多い子爵家なので、比較的高価なスクロールの材料代もたいして負担にはならないのが、多少は心の救いだった。
「まあ気を付けて行っておいで」
御領主様も、大変にこにことしながら見送ってくれた。
いろいろと物騒な事を言っていたので、俺が単に客人として家に引き籠ったままでいると、いざという時に困るかもしれないと思ってくれているのかもしれない。
彼の立場からすると、何を始めるかわからない稀人なんていう代物は自分の家でひっそりと管理しておきたいところなのだろうが、何かあった時にあっさりと敵の手に落ちられても困るんだろう。
大変に、いや本当に申し訳ないくらい御手数を御掛けしております。
「いってらっしゃーい」
「生きて帰れるといいね」
「待ってるよ、ダイゴちゃん」
子供達の御見送りの言葉の中に一部不穏な言葉が混じっていた気もするのだが、大丈夫さ。
た、たぶん、きっと。
入り口に入ってくるだけだし、俺には子供達から頂いた千枚にも及ぶ各種スクロールがあるんだから!
いやマジでこれしかねえアイテムなんだ。
フィーには特に戦闘能力がないんだから。
あいつもまさにモブ中のモブたる俺の相棒に相応しい奴だぜ。
だが俺の心を読んだフィーが突っ込む。
「もう、ダイゴはチキンだな。
いざとなったら魔物のいない方へ逃がしてあげるよ。
ここでは車のナビよりもフィーの方が当てになるんだからさ」
「頼りにしているよ、フィー。
いやマジで」
フィーは稀人の国のあれこれに興味があるらしくて、時々話をせがんでくる。
屋敷にいる時は子供達と一緒に聞かせてやるのだ。
俺が何か説明に困ると、俺の記憶から情報を読み取ったフィーが子供達にわかるように説明してくれたりする事さえある。
ギルマスと同じ血を引く子供達も、やはり精霊が見えるものらしい。
やがて馬車はギルドに着いて、俺はギルマスが来てくれるのを馬車の中で待った。
だが、そのギルマスと来たら、とんでもなく強面風のヤバそうな人達と談笑しながら歩いてきなさる。
「何、あの凶悪そうな方々は。
ガクガクブルブル」
俺は馬車の中で縮こまって震えあがっていた。
そんな俺をギルマスが呼びつけた。
「おい、何をしている。さっさと降りてこい、ダイゴ」
「は、はあ」
このまま隠れていても仕方がないので、俺はビクビクしながら馬車から降りていった。
すると先頭のなんというか、あのフランケンシュタイン博士が作った怪物を冒険者に仕立て上げたら、きっとこんな風になるんじゃないかというような風体の大将がグイっと前に進み出た。
ヤバそうな顔の傷とか、いやホントいい味を出していらっしゃる。
こえーーー。
「ほお、お前さんがギルマスの言う特別管理対象の冒険者かあ。
これはまた、なまっちろいな」
そんな事を言ったって、あなた様と比べたら大概の地球人は、それはもうなまっちろくもなりますわ。
左手に銃を付けて葉巻を咥えたあの方ならいざ知らず。
そして、その後ろの少しドレッド風の髪型をした細身の剣を二本持った、少し危なそうな目付きをした剣士らしき男性が言った。
「いいけど、こいつがゴブリンを仕留めてから入り口まで帰る前にやられちまったら、どうするんだ。
俺達は例の魔物の調査に行かないといけないんだからな」
その一番俺が懸念している事を同行者の口から聞かされるなんて。
俺はガクガクしながら訊いてみた。
「そ、その特別な魔物って入り口付近にはいないんでしょうね」
「あっはっは。
もしそんな事になっているんだったら大変よお。
その時は周辺の三つの都市の領主の騎士団がダンジョンを封鎖に来ているでしょうから。
場合によれば、王都から王国騎士団が呼ばれるほどの案件ですもの」
魔法使いらしきローブとスタッフを装備した金髪美人さんが、そんな事を嗤いながら仰る。
日本なら狙撃ライフルやMP5で武装した警察の特殊部隊に海保、そして自衛隊までがフル出動の案件ですかあっ⁉
場合によっちゃあ、在日米軍にまで応援を頼むってっかあ。
それってもろに最近のリアル系怪獣映画のノリじゃねえか。
余計に怖くなってきちゃったよ。
ブルブルブルブル。
きっとこの魔法使いの美人さんって、うっかりと妙な感じに口説こうものなら黒焦げにされるか、あるいは氷漬けにでもされるのか。
想像して思わず金玉が縮み上がり、震えあがった。
そして役割はよくわからないが、比較的軽装をした最後の一人がこんな事を言った。
どうやら、この御方がリーダーであるものらしい。
「さあ、行くぞ。
さっさと行って、真偽を確かめねばならん。
場合によっては王都の冒険者ギルドに応援を頼み、向こうの判断で王宮に要請してもらい、王国騎士団を一個師団ほど呼ばねばならん。
大量に犠牲者が出てからでは遅い。
そいつはダンジョンの外から来た疑惑さえあるのだからな。
外に出て大暴れでもされたら、豪い事になる。
あの厄介者であるゲルスとの国境にある街が壊滅したなんていった日には」
事態は俺を置き去りにして、どんどん大事になっていくんだなあ。
そんな時に、こんなモブ野郎の御世話を頼んでしまって大変申し訳が無い。
だが、もう決まっている事なので行くしかないのだ。
俺はその物騒な方々とダンジョンなるものに向かわねばならないのであった。
ああ、ミヤちゃん。
俺は生きてもう一度君と会う事ができるんだろうか。




