145-2 波間に、たゆたう者
「ねえ、あれは何かな」
「どおれ?」
「ばぶ?」
まだ赤ん坊のメリド王子も眉間に皺を寄せて、じーっと夜の海を見詰めていた。
これで結構暗い夜の海を見渡せてしまうので、この幼児・赤ん坊軍団も大概である。
何かが大海の波間に揺れている。
それはどうやら小さな船のようだった。
人間が一人か二人で乗るようなサイズの小舟だ。
夜釣りであろうか。
いくらハイドの漁師が強気だとはいえ、あんな小舟でこの魔の海を行くなど正気の沙汰ではない。
むしろ瘴気の沙汰と言うべきか。
「もしかしたらドワーフかな」
「うん、それは大いに有り得るね!」
ハイドにもドワーフはかなりの人数がいる。
あの国の、他大陸文化まで混ぜ込んだ混合文化には大いに学ぶべきところがあるのだから。
彼らドワーフは恐れを知らぬので、こういう事を平気でやっていても不思議でもなんでもないのだ。
「ちょっとつまみが欲しかったので」
たったそれだけの理由で手作りボートに乗って大海獣のいる海へ鼻歌で漕ぎ出す、それがドワーフという奴らなのだから。
そして意気揚々と人外のパワーに任せて巨大な獲物を余裕で曳航して帰港する。
もし、その獲物に他の魔物などがちょっかいをかけたりすれば、ドワーフのつまみが増えるだけの話なのだ。
だが一見して船の上には人がいるように見えない。
「おかしいな。
誰も乗っていないのかな。
メリド、船をひっくり返さないように注意して近づいて」
「近寄ったら『そんな物を近寄らせるな、獲物が逃げちまうだろうが!』って怒鳴ってきたらどうする~?」
「くっふふ。
その時はあの船をひっくり返そうぜ~。
ゆっさゆっさと思いっ切り揺すって楽しんでもらってからね!」
悪戯な笑顔が止まらないレオン。
新しい御仲間が増えて以来、その『おいた』はエスカレートして止まる事を知らない。
仲間が増えて、よっぽど嬉しかったのだろう。
どいつもこいつも親が子の愚行を止めない奴らばかりだし。
特に国王とかが。
「くすくす。船が引っくり返ったら、ドワーフったら一体どんな顔をするのかしら」
「ばあぶ~」
号令に従い五月人形ロボは水中翼船モードを解除すると、静かに波をかき分けながら進んだ。
そして子供達が五月人形の兜の飾りの間から覗き込んでいると、そこには可愛い十二歳くらいの少女が寝ていた。
というか、ぐったりしていた。
「あれえ、ドワーフじゃなかった」
「どうやら漂流者みたいね。
まったくもって御苦労様な事だわあ」
「バンブー!」
子供達が騒がしかったのか、その少女は薄目を開けたが、そこに見た物は。
月明かりに金色の兜飾りを煌めかせ、本体は黒光りする鎧を海水に濡らしている何かであった。
海に浮かぶその武骨な雄姿と、その人間とはまったく面持ちの異なる異形の貌。
何しろ、あの鎧武者人形展示用の骸骨面のような顔面パーツを装着しているのだ。
こいつが真っ暗な海の上に聳えていたら誰だってビビるだろう。
こいつを見た事がない、この世界の人には恐ろしい巨大な怪物にしか見えないはずだ。
いや、むしろ日本人の方が、こいつの存在を信じられないのではないか。
「何故、海のど真ん中にこんな物があるんだ。
ふざけるなよ、異世界」
そう怒鳴って怒る奴までいるかもしれない。
だが居るものは仕方がない。
これも日本人が作った物なのだし、特に問題はないのだ。
ないったらない。
「きゃああああああ、化け物~」
少女は恐怖に顔を引きつらせて飛び起きたかと思うと、ボートの反対側の縁まで後ずさった。
「あ、生きてたー」
「結構元気だね~」
「ばっぶー」
そして飛び降りて少女の胸に抱き着いたメリド。
今から女好きなのだろうか。
いや、単にその子を元気づけたかっただけのようだ。
「あ、赤ちゃん?
こんなところ……で⁇」
想定外の事態が続いたのと、その事象のギャップの激しさに思わず惚ける少女。
そして、ぐ~~っと鳴った御腹。
「あう」
自分達も降りてきて一緒に笑うレオンとルイ。
「これ、食べる?」
レオンが収納から出した物は、なんと日本の有名ホテルで作られている『たまご粥』のレトルト商品だった。
既に温めて、趣のある高価な和食器に入れられた物だ。
いつでも御飯にできるように支度して持ち歩いているのだ。
冒険は御腹が空くから。
スプーンを添えて差し出された、それが放つ良い匂いに思わず唾を飲み込んだ少女。
そいつを受け取るや否や、物凄い勢いで食べ始めた。
そして一気に食い終わってしまった。
「うわあ、美味しかった~。
こんな物は生まれて初めて食べるわあ」
それはそうだろう。
異世界の少女が、東京の超一流ホテルにある雑炊お粥が人気な和食堂と提携したレトルトお粥を食べ慣れていたらおかしい。
アルフォンス商会は、このような物も取り扱っていたのであった。
レオンが持っている物は園長先生からの貰い物だ。
貴族の間では贈答品として重宝されているのだが、父親のアントニオが園長先生のマブダチなので、レオンも冒険の御伴に持たされている。
幼児の非常食料にするには、あまりにも勿体なさ過ぎるものなのだが。
「まだ食べる?
こっちの雑炊も美味しいよ」
今度は定番の鮭雑炊だった。
日本人なら異世界で夢に見る事もある代物だろう。
だがアルフォンス商会では普通に販売されている。
もはや次元を越えてやってきた稀人に対してさえ、当たり前レベルで至れり尽くせりの異世界アスベータ。
「うわあ、ありがとう」
少女は、お粥の優しさにしっかりと癒された胃に、夢中で追加の少し重めとなる食糧を詰め込んだ。
「はい、御茶」
「ありがとう。
これって不思議な香りね。
あら美味しい」
これも高級緑茶を異世界の少女が……以下略。
そして満腹で幸せそうな少女は、そこでやっと気が付いた。
「あなたの名前は?
って、あなた赤ん坊よね……私はセニアよ」
「ばぶう」
「ごめんなさい、わからないわ」
そして、くすくすと笑ったレオンが言った。
「その子の名はメリド。
ハイドの王子様だよ。
御父さんのシドと御母さんのメリーヌから名前を取ったから、わかりやすい名前でしょう」
「きゃあ、我が国のメリド王太子様でしたか~。
大変御無礼を申し上げました~」
「えー、君はハイドの人なのー。
海の強者ハイド人のくせに漂流しちゃうなんて格好悪いー」
「しー、レオン。
そういう事は本人の前で言っちゃ駄目。
後でさあ、内緒で嗤おうよ」
そして赤ん坊なので遠慮なくキャッキャッと笑うメリド王子。
「あうー、皆さん。
何気に酷いですわ~」
乳幼児達に遠慮なく嘲笑われて半泣きのセニア。
「でもよく無事だったねー」
「ええ、魔物を何匹か倒したところまでは覚えているのですが、肝心の魔物が流されてしまって食べ物が」
それを聞いて思わず顔を見合わせる三人組。
どう見ても強そうには見えないし、見たところ武器の一つも持っていなそうな只の少女なのだが。
「「ハイド人、すっげえ~」」
そして自国の若輩ながらも強者たらんとする国民に対して「あっぱれ」と言わんばかりに、これも頂き物の日の丸扇子を二つ持ち出して、両手に持って空中で踊るメリド王子なのであった。




