03__幼児な魔王様と 捨てられた乳児の出会い
捨て子・口減し的な表現〜……は、前記の通りです。
常用漢字〜……も、以下同文です。
今回は、リクが連れて来た赤児と ロキの お話です。
___視点:東の魔王 - ロキ___
北の塔は、魔王城の北に位置しているが、魔王城の本棟から 2キロも離れている。
魔王城の敷地内に在って、魔王城ではないと惟えるくらい 離れていた。
本棟の北にある 北の翼棟から 1キロ北へ進んだ処に、北の塔は建っているのだ。
北の庭園を 延々と歩いた先に待っているのは、小さな谿だ。
この大地の裂け目は 全長-20キロにも及ぶが、幅は そうない。
離れている処でも、精々 10数メートルだ。
橋が架けられている部分は、ほんの 7メートルだった。
魔人達なら 簡単に跳び越えられる距離だ。
その景色を、ロキは 塔の最上階に設けている 自室の窓から見ていた。
ロキは、窓の下に 小さなテーブルを持って来て、それを足場に 窓にへばり付いていた。
それでも、彼の小さな軀は 上半身くらいしか窓に届いていない。
「帰って来た」
ロキの円らな瞳に 橋の向う側、雑草の林から リクが出て来たのが映る。
覘覧でも視ていたのだから 帰って来た事は判っているのだが、どうにも 待つのが もどかしい。
《 こんな俺じゃなかったら、今すぐ駆けてって〔愛し子〕を抱き締めるのに。》
今更ながらに、魔力のコントロールが出来ない事を恨めしく感じていた。
苛立ちが、全身に溢れていた。
窓に爪が当たったのか、ガラス面が 厭な音を発てた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:魔王の側近 - リク___
「只今 戻りました」
そう言って室内に入ったリクは、いつにも増して 緊張した面持ちをしていた。
それも その筈で、彼は 今、自分だけではなく 腕の中の赤児をも 強力な魔力の波動から防護していた。
幼き魔王である ロキは、幼いが故に 己れの魔力をコントロール出来ない。
溢れ出る 暴力の様な魔力から 赤児を護る事に 神経を注いでいるのだ。
「その子を置いて 下がっていいよ」
「!ーーーーし、しかし、っ」
思いも掛けない命令に、リクは 狼狽えた。
「大丈夫だよ」
ロキは、そうとだけ答えた。
《 一体 何が『大丈夫』なのか!》
驚きが勝っていなければ、そう切り返していただろう。
自国の魔王-相手に 不敬であろうと、その言葉遣いで 叫んでいた事だろう。
相手は、幹部の自分でさえ 2メートルと近付けない存在なのだ。
その猛り狂う魔力に曝されれば、脆弱な人間の子供など あっと云う間に死んでしまう。
実際に、この北の塔の半径-100キロ圏内に 人間の住む村はない。
近付けない為だ。
その爆心地とも云えるロキの許に、産まれたばかりの子供を置いていくなど 出来よう筈もない。
況して、リクの腕の中にいるのは ただの子供ではない。
〔愛し子〕だ。
何1000年に1人 産まれるか、と云う 稀少な存在だ。
絶対に 死なせる事は出来ない。
それは、ロキも判っている筈だろうに。
「 ………… 」
そんな疑問が 頭の中を駆け巡ったのは、数秒だけだった。
唐突に、リクは 理解した。
赤児を葆んでいる 古代文字の書かれた呪布。
人であり、人ならざるモノを惹き付けし者。
神々の〔愛し子〕
それ等の事実が頭の中で噛み合って、1っの正しい答えを導き出したのだ。
「 ーーーーーー判りました」
穏やかに答えて、リクは 部屋の中央にあるソファへ歩き出す。
彼は、ソファの背面から、呪布に葆まれた赤児を ソファに降ろした。
中腰のまま 呪布の中の赤児を瞰すと、相変わらず 無表情をしている。
その瞳は、窓際のロキへ向けられていた。
それまでと変わらぬ、用心深く 観察する様な睛だった。
密かに息をつきながら、リクは 曲げていた腰を伸ばす。
ゆっくりと入口まで下がり、一礼をして 退室した。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:東の魔王 - ロキ___
扉が閉まり 臣下の気配が塔を出るのを待って、ロキは 口を敞いた。
「強引に連れて来させて ごめんね。でも、彼処にいたら 死んじゃうから」
こんな事を言っても 相手には通用しないだろう、とでも惟ったのか。
言い訳に近い科白を掛けて、ロキは 一旦 口を閇じた。
一方、説明されていた乳児は 無反応だ。
ロキの譚を 聴いていないのか、そもそも 判っていないのか。
乳児は、ロキの睛を見ていた。
歳-不相応な無表情のまま、静かな睛で。
「俺は ロキ、君の名前は?」
ゆっくりと近付きながら、赤児の瞳を覗き込む。
赤児の口許は動いていないし、その双眸は 何かを訴えようとはしていない。
しかし、ロキには 赤児の思念が伝わってきていた。
言葉ではなく 幾つかのパターンの『波』の様なモノだが、簡単な意思の疎通は出来そうだった。
今の赤児からは 否定の様な『波』が零れてくる。
「ないの?」
流れ込んできた感情の様なモノは 拒絶ではなく否定と捉えての問いに、今度は 肯定と惟われる思念が返ってくる。
「 ーーーーーー俺が付けて、いい?」
睛を輝かせて、ロキが 提案した。
嬉しくて堪らない、と云った様子に 迷った様な間を開けた後、受諾が返った。
「ありがとう」
きらきらと 目映い笑顔で礼を言い、ロキは 赤児の呪布に手を掛けた。
ぐるぐる巻きになっていた それを解きながら、警戒し続ける瞳に 笑みを注ぐ。
「 ーーーーーー……… 」
囁く様に、ロキが 名を授けた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:東の魔王 - ロキ___
呪布を外しながら、名前を付けた。
まさか、俺が名前を付けるなんて 思ってもみなかった。
その割には、すんなりと名前が決まった。
何か もう『それ以外の名前はない』ってくらい、あっさりと名前を授けた。
これは 最初の名前、つまりは 眞名だ。
この子にとって、肉体を蔽う魄と 心に包まれた魂とに刻まれる名前になる。
一生涯、書き換えられる事のない、真なる名前。
改めて そう気付くと、全身が ぞくぞくする。
《 嬉しい!》
生涯 失われる事のない繋がりを得た気分。
対人関係が希薄な俺にとって、相手が〔愛し子〕だろうが なかろうが、凄く特別な事だった。
譬え、人間の一生が 頓でもなく短くても、俺が 次の成長を迎える前に消えてしまうとしても。
それでも、嬉しくて仕様がなかった。
だから、油断してたんだ。
蘭を想わせる 淡い紅藤色の瞳を見詰めながら、名前を囁いた。
この部屋には 誰もいないんだから、小声になる必要はなかったかもしれないけど。
そうしながら、手は 呪布を解いていた。
幾ら何でも、呪布に葆んだままは 可哀相だったんだ。
赤ん坊であっても〔愛し子〕は 特殊だ。
普通の人間には判らない『光り』を放ってる。
それを制える為に用意したんだろうけど、此処へ来ても このままなのは あんまりだ。
此処に 赤ん坊-用の服なんてないけど、タオルに葆んだほうが まだいい。
絶対 いい。
そう惟って、呪布を解いた。
その途端、彼女は変化したんだ。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:東の魔王 - ロキ___
ロキは、惶てて ソファから離れる様に後摩去った。
その顔は、真っ赤である。
その睛は、忙しなく 宙を彷徨っている。
「待って 待って 待って! どうして⁉︎ 」
叫ぶ様に疑問を打付ける先には、幼女がいた。
ロキと変わらない年頃の、小柄で 細身の幼女だった。
背中に届くまでに伸びた髪は 漆黒。
恐ろしく整った顔立ちの幼女の瞳は、宝石の様な 紅藤色。
白磁を想わせる 白い肌を覆うモノは、何もない。
「何で急に おっきくなったの⁈ 」
云うまでもない事だが、ソファの上に立っている幼女は 先程の赤児だ。
呪布を解いた途端、彼女は 一気に成長した。
それは 文字通り、10数秒の出来事だった。
睛を瞠っている間に、呪布を解かれた彼女は 乳児から幼女にまで発育したのだ。
3〜4歳の幼児に見えるまでに大きくなった事に、ロキは 晳ら様に狼狽えていた。
魔族の中には、多段階で成長する者もいる。
数10年 同じ姿をしていたかと惟えば、たった数分で 5〜6歳分の成長をする。
魔族であるロキにとっては、そう 珍しい事ではない。
であるにも拘らず、此処まで惶てているのは、相手が愛らしいせいもあるのだろう。
「ふっ、ふくっ、服!」
ロキは、腕や脚を 様々な家具に打付けながら、洋服ダンスに走り 扉を開ける。
やたらと豊富な衣類の中から、大きめの物を択ぶ。
着させるにも簡単だ と云う判断からか、単に 手近だったからか。
彼が 手にしたのは、すっぽりと被るタイプの長袖のTシャツだ。
今のロキには、大きすぎて パジャマにしかならないモノだ。
幼い魔王は、そのTシャツを手に〔愛し子〕の傍へ駆け戻った。
ソファの後ろに廻り、あっと云う間に成長した彼女の背後から Tシャツを被せる。
Tシャツは、彼女の膝を蔽う長さだ。
袖も通さずに ただ被せただけの状態だが、晒されていた肌を見ずに済む事に ロキは ほっとしていた。
尤も、惶てていたのは ロキだけで、彼女のほうは 無頓着にソファの座面に竚っているだけだった。
やや乱暴に Tシャツを被せられた今も、じっと ロキを見ているだけで、何をするでもない。
大雑把に着せられたまま、変わらずの無表情と 静かな睛で ロキを見詰めている。
ロキのほうは、彼女の視線になど 気を配る余裕はなかったが。
「 ーーーーーーあ〜、びっくりしたぁ」
心から安堵の声を零し、改めて 眼の前の幼女を見る。
無造作に 服を被せられた状態の幼女は、細い両手も 長めの黒髪も、Tシャツの身頃の中に入れたまま 佇んでいる。
まるで、自力で動けない人形の様相だ。
幼女の整い過ぎている顔立ちも相俟って、精巧なビスクドールに見えてしまう。
唯一 生きている事が判るのは、数秒毎に繰り返される 眼舜きくらいだ。
冷静な睛が ロキの姿を追い、彼の様子を俔っていた。
狼狽えすぎですね、ロキ。
魔王ですかね、本当に。
でも、可愛く書きたかったので、これで良しとします。
……続きが問題だ。
無表情なのを どうしよう…。




