02__生贄の祭壇の〔愛し子〕
捨て子・口減し的な描写を含みます。 不得手な方は〜…は、前回と同じです。
文字についても 同様なので、略します。
今回は、主人公-不在で お話が進みます。
___視点:魔王の側近 - リク___
広大な土地に 広大に拡がる森林があり、その中に 小さな拓地があった。
其処は 森林の外周に近い場所で、薄っすらとだが 獣道に因って外界と繋がっていた。
その拓地には、幾つかの岩があった。
森の木々の侵略を 何かの仂に因って阻害されているかの如く、其処にだけは どんな樹木も 丈の低い雑草もない。
円形の宅地の中央に、高さ-120センチ・長さ-260センチ・幅-140センチの 大きな岩が鎮座している。
此処は、曾て『生贄の祭壇』と聘ばれた大岩だ。
そして、この森林は 東の魔王の所有地である。
大岩の利用方法は、謂わずもがな だろう。
人間達が 勝手にやって来ては、勝手に生贄を捧げてゆく。
森の平穏と 平原の安寧を願っての事だ。
何の効果があるのか判らない儀式を行い、供物として 家畜を。
勿論、効力などない。
だが、この儀式は 粛々と受け継がれ、無国家地帯の各-邨々が 持ち回りで生贄を用意してきた。
森林に住まう者達は、呆れつつも それを止めはしなかった。
尤も、これは『曾て』の利用法だ。
そうした儀式の風習がなくなって、既に 何100年も経っている。
今では 自分達の生活が魔物に因って劫されないよう、などと云う理由は無くなっている。
だが、現在も『生贄』の習慣だけは続いていた。
平らな岩の上に、それは置かれていた。
《 ふむ。》
森の奥地からやって来た リクは、異様な程に黒光りをする大岩の上の 布に葆まれたモノを瞰した。
否、布を見詰めていた。
そして、惟わず独白した。
「何1000年ぶりの事でしょうか」
城に帰ってから 書庫で古い文献を読み漁らなければ判らないくらい久しい事は 確かだ。
尤も、実際に査べる事はしないだろうが。
兎に角、生存する魔族達にも憶えがない程 古い譚なのは 確かだった。
葆んでいる布は、一眼で判る程 上等な織物だった。
純白に織り上げられた 手触りの良い布だ。
それだけならば 貴族の愛用品にも見えただろうが、この布には 緻く文字が書かれていた。
布の端から端までを埋め尽くしている その文字は、古代文字だった。
一般人には、書き方は おろか、読み方も伝わっていないだろう 古い文字だ。
精霊言語や 龍言語と同じく、1っ1っの文字に 意味と同等の魔法が篭められた、極めて特殊な文字。
そして、その文字を以て書かれているのは 封印と云う称の『呪詛』である。
その呪布に葆まれていたのは、産まれたばかりであろう 乳児だった。
「まさか、生きている内に〔愛し子〕を間近に見る事があるなど……… 」
リクは、生贄の祭壇の上の赤児を見て そう呟いた。
彼の表情は 然して変わらないが、声には 感動が滲んでいた。
「何と云う幸運………先代の お導きでしょうか」
独りごちて、リクは、その布の塊を 大事に抱き擁えた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:魔王の側近 - リク___
産まれたばかりで 呪布に葆まれ、魔物の棲む森の祭壇へ 捧げる様に置き去りにされていた赤児を、リクは 連れ帰って来た。
一気に森を移動し 魔王城へ戻ると、兵士長が声を掛けてきた。
「リク様、それは?」
擁えているモノが 呪詛塗れの布だと判ったのだろう。
兵士長は、眉を顰めている。
「生贄の祭壇にいたのです」
そう言って、リクは、呪布に葆まれているモノを 兵士長に見せた。
兵士長は 驚きに肩を揺らしたものの、表情を大きく変化させる事はなかった。
「じゃあ、捨て子って事ですか? 久しぶりですね」
生贄の祭壇とは、人間達が 勝手に『生贄』と称して 口減しに使っていたモノだ。
基本的に、幼い子供達や 老いた者達・病に罹った者などが、其処に棄てられる。
曾て、近隣の 幾つかの国が、国家-単位で そう云った事を推奨している様だ。
その為、あの祭壇に棄てられる人間は 昔からいた。
だが、この100年余りは 子供が棄てられる事はなかった。
長寿の魔族達は、これを 最近の事の様に記憶していた。
兵士長の言葉も、この記憶に基くのだろう。
「そうでしょうね。この子の仂は、人間の手に負えるモノではないでしょうし」
「? ––––––––––––仂?」
布に葆まれているのは、産まれて 何ヶ月かの、人間の子供だった。
透ける様に白い肌と、蘭の花の様な 瞳の色をしている。
泣きもせずに、終始 おとなしく愨しく擁えられていた。
「今は 呪布に葆まれていて判らないでしょうが、この子は 特別な人間なのですよ」
そうとだけ説明をした リクは、或る疑問を懐いていた。
それは、時間が経つにつれ 大きくなる疑問だった。
「へー……?」
兵士長は、曖昧な返事をした。
どう見ても 普通より顔立ちの整った赤児としか惟えないらしい。
強いて挙げれば、表情の乏しさに違和感を懐いたくらいだろうか。
「 …………泣かない子ですね」
驚いた様に瞰しているが、感想は やはり その程度だった。
「まあ、良いでしょう。私は、この事を報告に参ります」
厳つい顔の魔人に瞰されても泣き出さなかった赤児は、人懐っこいと言えるのか、豪胆と表せば良いのか。
リクは、大いに迷っていた。
兎に角、無表情で 呪布の中から見上げてくる視線が、気になっていた。
「あ、はい。お気を付けて」
兵士長に見送られて、リクは 移動を再開する。
途中、ちらり と腕の中に視線を向けた。
赤児は、相変わらず リクを見詰めている。
それは、相手の年齢を考慮しなければ『見定める様な』視線だった。
自分を擁える者は、何を惟って 何処に邀い、自分を どうするつもりなのか。
それを見極めようとしている者の、隙のない睛だと感じていた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:魔王の側近 - リク___
《 お気を付けて、か……確かに。》
重苦しい灰色の石で造られた廊下を進みながら、ひっそりと息をつく。
誰もいないのだから 遠慮をする事はないのだが、いつもの癖で そうしてしまう。
《 我が王は、不機嫌でしょうね。》
この子の存在に気付いたのは、我が王だ。
産まれながらに強大な魔力を お持ちなのだから、気付いた事に不思議はない。
困ったのは、躬らが迎えに往く と仰有った事だ。
怕らく、この子が ただの捨て子ではない事を察していたからの発言だったのだろうが、一国の……而も、魔王と云う立場で それをされるのは、聊か困る。
いや、だいぶ困る。
仕えている者達は 何の為にいるのだ、と問えば『どうせ 役に立ってない』などと さらりと仰有る。
慄しい、事実だから 慄しい。
私が言い返せない事を判っていて、そう云った言葉を択ばれている。
尤も、役に立っていないからと云って『永久解雇』と云った事をなさらないのが 我が王の良い攸だ。
優しい方で良かった、と 胸を撫で下ろす事-頻りだ。
これが 他国の魔王達ならば、些細な粗相をしただけで あっと云う間に生命を簒われている。
我が王-ロキ様は、他の魔王達は 惷か、歴代の魔王をも凌ぐ魔力と能力を お持ちな上に、魔王とは惟えない程 気さくで、何より 臣下に優しい。
本当に あの方が吾等の王となってくださって嬉しい。
だが、それとは別に 困った事もある。
魔王の魔力が強すぎる。
魔物の国に於いて 魔王とは、最も魔力の強い者がなる。
其処に血筋は関係ないが、大凡の場合は 血筋の者が継ぐ。
魔王の子が強いのは、血縁上・遺伝上 当然なのだ。
随って、兄弟がいる場合は、産まれた順番ではなく 魔力の強大さで択ばれる。
ロキ様は ご兄弟がおられなかった為、必然的に 魔王となられたのだが。
《 吾等-臣下の中でも 幹部と聘ばれる者達の悉くが『王に近付けない』など、前代未聞です。》
そう、そのくらい ロキ様の魔力は強い。
幹部-以下の魔族では、同室する事も侭ならない有様だ。
近付けば、その魔力に當てられて 倒れる者が続出する。
中には 1ヶ月以上も臥せる者が出る始末だ。
斯く云う 私でさえ、2メートル以内に踏み込む事は出来ない。
つまりは、お傍に仕える立場にありながら、誰も 王の お世話が出来ない状況なのだ。
故に『どうせ 役に立ってない』などと、不名誉な お言葉を賜ってしまう訳だが。
『 仕えているだけで、生命の危険が伴う。』
そう云う状況であるにも拘らず、この城を去った者はない。
当初、ロキ様の魔力に中てられ 長く臥せった者達であっても、だ。
皆が ロキ様を慕っている。
そして、それは 城の者達だけではない。
この国にいる 綜ての魔族が、である。
そんな訳だから、今の状況は、吾々にとって 非常に辣いのだ。
「せめて、もう少し あの魔力を抑えてくだされば………… 」
幹部の者達なら、觝れる事も適うだろう。
そうなれば、念願が叶う。
取り留めもなく そんな事を考えながら、城内を進む。
幾つもの角を曲がり 奥へ進むと、北の庭へ出る。
この辺りは、余り手入れのされていない庭になってしまった。
以前は きちんと手入れがなされていたのだが、今は 庭師が近付けない場所になっている。
私でも、この辺りから 濃厚な魔力に因る圧迫感を覚える。
下級の者達では、ロキ様の 半径-1キロ以内に立ち入る事も出来ないのだ。
そう云った事情もあって、庭は 雑草が繁り放題になり、仕方なく 通り道だけを確保する程度となっている。
鬱蒼とした雑草の林の中の 獣道の様な小径を歩くにつれ、風景の中の緑が 乏しくなってくる。
500メートルも歩かない内に、雑草は姿を消す。
この辺りは、ロキ様の魔力の影響が強すぎて 通常の生物は棲息出来ない区域になっている。
生えていた木々は枯れ、雑草は 丈を低くしながら 姿を消してゆく。
あっと云う間に 歩き易くなり、それと同時に 小さな城が見えてくる。
荒涼とした枯れ山と 枯れ野原の光景の中に、ぽつりと建っている白い城が ロキ様の『引き篭もり先』だ。
曾ては、魔王妃である方達の静養の場として使用されていた 小さな城だ。
通称、北の塔。
ロキ様が お産まれになった時も、北の塔が使われた。
《 魔王であると云うのに、あの様な処におられるなど。》
内装は、歴代の魔王妃様の お心を慰める為に、絢爛豪華になっている。
城から離れている上、近くに 街も村もない。
ロキ様が引き篭もられるには、或る意味 条件の揃った場所である。
それは 認めよう。
だが、永く生活をする場ではないし、魔王とも在ろう お方が、あの様な狭い場所で 不便を強いられるなど あってはならない。
お優しい我が王は、吾々の事を慮り 北の塔に引き篭もられてしまわれた。
早く 解放して差し上げたいが、觝れる事も出来ない身では 夢物語でしかない。
「 ………… 」
何度目かの溜息が零れた。
考えても 仕方のない事だ。
《 今は、この〔愛し子〕を ロキ様の許へ。》
王の前で 愁いを浮かべる訳にはいかない。
私は、気持ちを切り替える様に 軽く頭を振って 前を見た。
リクは 苦労人になっちゃいましたねぇ、私のせいで。
リクの性格は、大切な者には 極甘で、敵には 情け容赦の欠片もなく、大好きな者には 腹黒、に なる筈だったのに。
可妙しいな、予定してた性格設定の通りじゃなくなってきてる様な…。
このままじゃ ただの苦労人の お人好しになってしまう。
それは それでいいけど、何か オモシロクナイ。