13__魔王様の激昂
いつも 遅くなって済みません。
シシィが来て 2日目の早朝の続きです。
登場人物が ちょっと増えます。
___視点:東の魔王 - ロキ___
食糧の採取を終えようとした時に感じた 気配、それは 特殊なモノだった。
忒えようもない 特異な気配だったのだ。
漆黒の髪をした 無表情の幼女が、脳裏を過った。
《 シシィ!! 》
ロキが驚いたのは、彼女の位置だ。
北の塔にいると惟っていた幼女の気配は、間違いなく 森の中にあった。
この森には、アクリス以外の動物もいる。
ロキの魔力に曝される この土地で、それでも生命を保っていられるモノ達だ。
通常の動物ではない。
それが、シシィの傍にいる……この事も、同時に把握した。
故に、焦っているのだ。
《 速く!》
ロキは、上から 樹々を瞰していた。
樹木の下を走るよりも 梢の上を駆けるほうが迅い、と 判断しての事だった。
北の塔からアクリスの許へ移動した時の様に、宙を駆ける。
ほんの2キロの距離など ないも同然だ。
事実、北の塔からアクリスの許へ駆けた時も 数秒だった。
しかし、今は その数秒が長い。
《 速く! 疾く‼︎ 迅く!!! 》
ロキは、衝撃波を生む程 強く宙を蹴った。
ロキの軀は 梢の上-10メートルを真横に移動する。
額に、肩に、腕に、風圧が縣る。
耳許では、風を切る音が発っている。
尤も、当のロキは それを感じてはいない。感じている余裕がない。
加速した 1秒後、衝撃波と轟音が 西の昊を震えさせる。
これすらも、感覚の外だった。
彼の全神経は、この先の 1箇所に向けられており、その他の情報は 徹底的に排除されている。
意図的にしている事ではなく、窮地に立たされている為に起こる 脳の作用の1っだ。
《 迅く!!!! 》
眼下の視界は 生い孳った木々の葉に遮られているが、ロキには 何の障害にもならない。
そもそも 外出が出来ず、暇にかまけて 魔力で国内の様子を視てきたのだ。
故に、森の下の様子は 手に取る様に視えていた。
其処にいる、いる筈のない人物と それを襲う生物達。
複数の存在と その動きを、肉眼で 視認した。
「っ!」
ロキの10メートル下に 樹々の梢の先端があり、更に20メートル下に 樹の根許がある。
その周囲を囲む様に、沢山の生物がいる。
大型の犬の様な身体を持ち 山猫を想わせる顔をした幻獣、グーロと云う キメラ系の生物である。
際立って凶暴 と云う訳ではないが、大食で 人間も襲う獣だ。
その喰いっぷりは 魔獣の それで、肉は 勿論、骨の欠片も 衣服の切れ端すら残さない。
大きさは 大型犬-程度だが、犬の特性を持つ為 集団で行動しており、その数が厄介だった。
ざっと察て 30〜40匹が集まっている。
これだけいれば、数頭のアクリスであっても襲えるだろう数だった。
その綜てが、自分達が作る輪の中心にある 樹の根許を見ており、徐々に 間合いを窄めつつある。
グーロ達が見る先には、小さな塊があった。
小さめの黒い頭が、下を向いている。
見紛う筈のない 黒髪が、ロキの視界に入った。
《 シシィ!! 》
彼女の 小さな軀は、地に這い蹲っている様だ。
直上から見えるのは、彼女の頭と 背と 脹脛より下だけ。
「っ––––––––––––‼︎ 」
寝巻きのままの 小さな背を見たロキに、戦慄が趁った。
引き裂かれた寝巻きと、その周囲を染める紅が睛に入ったのだ。
転瞬、ロキの視界が暗転する。
寸時ではあったが、強い衝撃が脳を駆け巡った。
《 –––––––––––––––な………に………… あ……れ…………。》
勿論、血である事は判っている。
それが シシィの血である事も、理解している。
グーロ達が付けた事も 状況から把握出来ている。
しかし、それ等-綜てを 脳が拒絶したがっていた。
《 な ん、で…… あ ん、なに あ か い………。》
そもそも、シシィは 北の塔にいる筈だ、と。
まだ寝ている時間だし、こんな処にいる筈がない、と。
第一、昨日 歩ける様になったばかりで こんな処まで来れる筈がない、と。
そう 脳が、眼の前の現実を否定し続ける。
膚で 現実だと感じているのに、それを受け入れたくない と云う惟いが、ロキの頭を混乱させていた。
尤も、思考の混濁は 1秒にすら充たない 寸時だった。
しかし、その短い間に、グーロの1匹が 幼女に近付いていた。
《 っっ–––––––!! 》
ロキの全身が 総毛立った。
云い様のない感覚が全身を支配して、気が付いたら 全力で放っていた。
「触るなーーー!」
ロキの怒号と共に、強大な魔力が 眼下へ撃ち放たれた。
ロキの魔力は、通常状態であっても 凶暴な刃を孕んでいる。
近付くモノを 容赦なく斬り刻む、残忍な仂だ。
それを、明確な敵意を持って、確固たる殺意を込めて、放ったのだ。
直撃を啗って 無事な生物など、ない。
啻-1人、シシィを除いては。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:魔王の側近 - リク___
リクは、自室にいた。
普段なら 自室を出て、自身の朝食を済ませている時間だった。
当然の事ながら 身支度は完璧に整えられ、己れの雑事は 朝食が最後となる時間だ。
この先の綜ての時間を 王の為に使うべく、抅う雑事を済ましておく為の心懸けだ。
早ければ、北の塔へ搬ぶ食材を吟味している時間だ。
しかし、今日は 部屋の隅で燻っていた。
昨日の失態が 強く尾を引いているのだ。
時間の感覚はなく、やらなければならない自身の役目なども 頭の端にもない状態だ。
そんなリクでさえ 叩き起こす様な何かが、唐突に やってきた。
「 ⁉︎––––––––––––っ⁈ 」
自室で 廃人の様になっていたリクは、唐突に襲った ぞっとする感覚に、自我を取り戻した。
一体 何が起きたのか、と 頭が働き出す前に、訒い地響きが 城を揺らせた。
瞬時に、リクは この2っの現象を引き起こした人物が誰かを察し得た。
《 ロキ様⁉︎ 》
しかし、その理由にまでは 推察が及ばない。
尤も、思案する事はしなかった。
己れの魔力が どう云ったモノかを把握しているロキが、敢えて その魔力を揮ったのだ。
緊急事態である、と判断するに足る状況だった。
昨夜から 自室の隅で自己嫌悪に陥っていたリクの精神を叩き起こすに足る事態だった。
リクは、2度目の喫驚を飲み込むより先に 転がる様に駆け出していた。
竚ち上がって 走り出したのではない。
膝を擁える様にして縮こまっていた姿勢から 四つ這いで動き出し、駆けながら起き上がったのだ。
無理な体勢からの全力疾走を 室内でやったのだ。
当然だが、部屋の出入口の扉は閇じているし、壁もある。
リクは 勢いを殺せず、あちらこちらに打付かりながら、リクは自室を出た。
廊下へ躍り出て 更に速度を上げて走りながら、最短の道を模索していた。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
リクは、大地を疾走していた。
魔王城から北の塔へ邀う途中で、進行方向を 更に北へ向けていた。
真っ直ぐ 森を疾走する間も、魔力の波動が 幾重にも押し寄せてきた。
動揺と 哀しみと 後悔と 焦りが入り淆じった波動だった。
しかし、感情の波に揺らいでいたとしても、ロキの魔力は そもそも数多の刃を含んでいる。
離れているとは云え、怒濤の様に押し寄せる魔力の中を往くのは リクでも辣い。
しかし、遠くにいて 鎮まるのを俟てる状況でない事は、波動の中に 精神状態を如実に表した揺らぎから感じ取っていた。
何か、緊急を要する異常事態が起こっている。
遭ってはならない程の、何かが。
それが、ひしひしと感じられるのだ。
譬え、内臓を ズタズタに引き裂かれようとも、近付く程に 生命を縮めようとも、リクは 駆ける脚を停めるつもりはない。
そして それは、リクを追随する者達も 同じだった。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:近衛部隊 隊長 - ルト___
リクに遅れる事-20メートル余り、魔王城とは別の方角から高速で翔んで来たのは 鈍色の髪をした少年-ルトだった。
少年らしさの残る細身の背には、黒々として艶やかな皮膜で出来た翅が拡げられていた。
その背にある漆黒の翅は 大きく羽摶かれ、空気を高速で撃ち出していた。
髪の乱れも気にせず 全力で翔んでいる彼の腕には、双子の妹-ルネがいる。
この2人も リクと同じく幹部に數えられ、リクと同じく 生命懸けで ロキの許へ急いでいた。
「く っ!」
ルトの腕の中で、ルネが小さく呻いた。
「耐えろよ、ルネ!」
妹を励ましつつ、ルトは 高度維持と速度維持に意識を集中させる。
一瞬でも 気を緩めれば、全身を襲う痛みに敗け 錐揉み状になって落下するだろう。
波動が襲ってくる度に、無数の刃が 全身を透過する。
抗う術もなく、それ等に 内部を剞まれてゆくのだ。
ルネが 自分と兄の周りに障壁を築いてはいるが、機能している気がしない程の激痛を強いられていた。
彼女の張る障壁など、気休めにもなっていないのだ。
幹部-以下の魔族の放つ必殺の一撃を 余裕で禦ぐ障壁であろうとも、ロキの魔力の前には 無力だった。
性能の問題ではなく、格の違いが 結果に作用する。
それが、最強の魔王と その幹部達の悩みでもあるのだが。
「着くぞ」
ルトが、苦しい息を咐いた妹に 発破を掛ける様に声を掛けた。
ルネは、兄の腕に しがみ付いたまま、頷いた。
この先に、森が途切れた場所がある。
それは、自然に出来た森の中の拓地ではなく、強大な仂に因って失くなっているのだと 一瞥で判る様子だった。
誰が この荒業を爲したのか など、考えるまでもない。
森の樹々は、切り取られた様に 円形に失われていた。
焼き払われたのでもなければ、吹き飛んだのでもない。
だから、消し炭もなければ 破片もない。
文字通り『失くなって』いた。
正確に表現すると、その部分の 有機物が消滅したのだ。
《 これが、ロキ様の魔力………。》
魔力を浴びた 綜ての存在を、根本から拒絶する……それが、ロキの魔力なのだ と、ルトは理解した。
これまで この魔法で消滅した者がいなかったのは、ロキの優しい心-故だ。
それでも 誰もロキに近付けなかったのは、それだけ ロキの魔力が強大だったからである。
ロキ-自身でも抑えきれない程の凶器が、近付く者達の内部を切り刻んでいたのだろう。
それですら、この結果を前にすれば 優しさが込められていたのだと惟えるくらいだ。
《 これは、耐魔抵抗-不可だ。》
ルトは、ぽかり と空いた森を見て、其処まで理解した。
同時に、背筋を凍らせた。
緊急事態だと察知たらしめた 凶悪な魔力の波動は、その樹々の切れ目から発せられているのだ。
《 死ぬかも。》
そんな考えが 頭を過って 尚、ルトは、躇わずに その拓地へ侵入した。
作者の中に、未だ葛藤のある展開です。
当初は、無傷のシシィとロキを会わせる筈だったのに……。
困った事に 不自然だと気付いてしまったので、変えました。
だって、シシィは〔愛し子〕です。他の生き物を惹き付ける存在です。
『そうである以上、外へ出れば 襲われる訳で。』
『強大な魔力がある設定ですが、今のシシィは 自分で発揮出来ない筈だ。』
……とか考えたら、こうなった次第です。
オカシイなぁ、当初の設定じゃ『シシィに駆け寄られて 名前を呼ばれたロキが 歓喜する』予定だったのに(泣)
シシィに痛い思いをさせて、ロキを可哀相な目に合わせてしまった。
次回も、そんなです。
ごめんなさい、ゴメンナサイ、ごめんナサイィ。




