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廃色リフレイン  作者: 本宮愁
another: side WHITE -1-
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19/24

another: W.1-2

 無秩序な音の奔流の中を、くぐり抜けていく。過度の負担をかけられた鼓膜が痛い。安っぽい材質の床板を踏みしめても、自分の足音さえ響かない。


 それもこれも、自己主張の強すぎる効果音の群れのせいだ。店内でループする、ノリの良い流行りのJ-POPもまた、それに拍車をかけている。



「わ、ごめんなさい!」

「……いや、俺も見てなかったから」



 勢いよくぶつかってきた子ども――中学生くらいに見えるけど――を引きおこして、落とした景品を渡してやる。


 クレーンゲームによくある、小さなぬいぐるみのキーホルダーだ。夏生にねだられて、取らされたこともあったな。いまでは、俺より夏生のがうまいけど。


 もごもご、と聞きづらい礼が返ってくる。



「どういたしまして。次からは気をつけて」



 一回かぶった猫は、簡単には剥がれないものだ。灰李にばれたら、たぶん「年下をやたら甘やかすのやめろよ」と怒られる。


 慌ただしく立ちさっていった女の子の背中を見送りながら、苦笑する。なんだか耳が赤かったのは、見ないフリ。気のせいにしておこう。


 狭い通路は、人とすれ違うのに精一杯で、歩きづらい。どこにいっても視線はつきまとうものだけど、ここは一際、強烈に突きささってくる。



 ――俺は、ゲームセンターという施設が嫌いだ。



 騒音問題から始まり、青少年の深夜徘徊。恐喝。ナンパ。この、異世界じみた家屋が生みだす弊害は数しれない。


 正直、それらを覆すほどのメリットなんて、感じられない。夏生に言わせれば、俺には娯楽施設としての価値が全く見えていないんだそうだ。


 潰れてしまえ、とは思わないけど、進んで近づこうとも思わない。――本来なら。


 カウンターの若い店員が、こちらに気づいてひらひらと手を振ってくる。のらりくらりとした、ある意味で日本人の鑑のような笑い方をする男だ。



「おー、兄ちゃん、来たか!」

「どうも。昨日ぶり」

「嬢ちゃんは、またいつものやってるよ」

「灰李は?」

「一緒一緒。捕まってら」

「ああ、やっぱりね。ありがと、回収していくよ」



 このゲームセンターの常連である、という現実がここにある。ひとえに、二日に一回のペースで通いつめる夏生のせいだ。


 人目を集めることの多い容姿の影響で、俺たちは、すっかり顔を覚えられている。灰李も含めた三人組として、定着しているらしい。


 もともと夏生に関しては、『清楚』な印象とやらが先立って、こういった場所には似つかわしくないように見える。要するに場違いだから、余計に目立つ。


 ――あいつが清楚だなんて、印象詐欺にもほどがあるけど。


 ため息をついて、再び電子音の迷宮を進む。目指すは、最近の夏生一番のお気に入り。かなりコアな推理ゲームのある一角だ。


 『難易度が高すぎる』と不評なためか、はたまた独創的すぎるシステムのせいか。そのゲーム機は、一際奥まったスペースにひっそりと置かれている。


 真剣な表情で画面に向きあう、日本人形に似た俺の妹。壁際の椅子では、灰李がぐったりと横になっている。当然、制服はよれて皺だらけ。


 ……何度見ても、シュールな光景だ。



「夏生」



 ボタンを叩く手は止まらない。集中しているときの夏生は、しばしば、周りの雑音をすべて無視する、という妙技を発揮する。



「夏生。そろそろ帰るよ」

「……甘いって、冬也」



 むくり、と起きあがった灰李が、顔をしかめる。



「来るのが遅い」

「志水先生に捕まると長いんだ」

「はいはい。教師のお気に入りの冬也くんはご多忙ですもんね」

「そりゃ、不真面目な誰かさんと違って、信頼集めちゃってますから」

「黙れイケメン」

「なにそれ関係あんの?」



 思わず吹きだすと、これだからイケメンは、とかなんとか文句が聞こえた。全体的に意味がわからない。とても理不尽な気もする。


 驚異的な集中力を発揮している夏生は、いまだに俺の存在に気づいていないようだ。もう一度、声をかけようとした俺を止めて、灰李が近づく。



「夏生、終わりだ」

「――いっ、たぁ!」



 柔らかな黒髪に包まれた後頭部を、灰李の平手が無造作に襲った。かなり手加減はしてるだろうけど、べチリ、という音が、俺まで聞こえた。


 衝撃で、派手に操作ミスをした夏生が、手を止めた。そのままの姿勢で、灰李を睨みあげる。



「もー、いまので失敗しちゃったじゃん。いいところだったのに」

「そりゃよかった。やっと帰れる」

「全然よくないよ。灰李の馬鹿。私のハイスコアを返せー」

「はあ? 無茶言うなって」

「ね、もう一回! もう一回だけ!」

「……冬也がいいって言ったらな」



 こちらをうかがい見てくる夏生と、無言の攻防をくり広げる。一拍の後、白旗を掲げるのは、いつも通り俺の方。



「一回、だけなら」



 夏生の表情が、パッと華やいだ。同時に、灰李から、物言いたげな視線がビシビシと突きささってくる。……なんだよ。



「やった、ありがとう!」

「ちょ、馬鹿。来るな来るな来るな! 抱きつくなら冬也にしろって、殺される」



 飛びつこうとする夏生から、必死の形相で逃れようとする灰李。面白かったから、さりげなく背後にまわって、逃げ道を塞いでおいた。


 どこからか舌打ちが飛んできて、ひきつった灰李の顔から、サッと色が引いた。


 ゲームセンターのアイドルと化している夏生には、それなりのファンがついているらしい。俺がいないときに二人だと、殺意のこもった眼差しが飛んでくるんだとか。


 だから嫌なんだ、と、ときおり灰李が愚痴ってくる。さすがに、俺がいるときに食ってかかってくるやつはいないから、実態はよく知らないけど。



「夏生。やるなら早くしなよ、夕食が遅くなる」

「うん!」



 嬉々として液晶パネルに向きなおった夏生が、鮮やかな手つきで操作盤を叩きだす。生き生きとした後ろ姿を見ていたら、まあ、大抵のことはどうでもいいやと思えてくる。



「シスコンめ……」



 心外なことをつぶやく灰李には、ひとまず軽い一発をみまっておいた。



*****



 夕暮れの帰り道。三人並んで、橙色に染まったアスファルトを歩く。真ん中を陣取った夏生が、ふと声を上げた。



「今日、冬也はどうしたの?」

「担任に捕まってた」



 何気なく答えると、灰李が、大げさに肩をすくめた。



「うちの学校の若い女の先生は、大抵冬也に気があるんだよ」

「そうなの?」



 きょとん、と目を丸めた夏生が、俺をふり仰ぐ。



「灰李……。夏生に適当なことを吹きこむな」

「英語の幸恵ちゃんはすぐ冬也を当てるし、現社の並ちゃんなんて、資料運び冬也にしか手伝わせないだろ」

「お前らが予習してこないからだよ。第一、並木は俺以外のA組の面子を覚えてないだけだし」



 さらに言うなら、並木栄美子はもう三十代半ばだ。灰李のストライクゾーンがわからない。頭痛を覚えた俺に、口を尖らせた灰李が言いつのる。



「絵里ちゃんだって、用事はだいたい冬也に頼むじゃん」

「知ってる? クラス委員なんだ、俺は」



 夏生が、笑った。



「冬也、昔から人気あるもんねー」



 あまりに無邪気に言うもんだから、少し、面食らう。……それは、そういう風に振舞っているからだ。味方は多いに越したことはない。印象を良くしておいて、損はない。



「そう? ――うわ!」



 あいまいにお茶を濁すと、灰李から肘が飛んできた。勢いを殺せずに、軽くつんのめる。


 灰李は、昔から手が早い。その影響で、夏生もすぐに手を出すようになってしまった。兄としては、不満なところだけど。



「謙遜をしろ、謙遜を」

「灰李こそ、もうちょっと社交性身につけた方がいいんじゃない?」

「大きなお世話だ」



 ありのまま、飾らない自然体で過ごす灰李のことを、眩しいと思うこともあるけれど。しょせん、人は無い物ねだりでしかあり得ないから。


 ――と、強い視線を感じた。ぞくり、と背筋を這う冷えた感覚に、勢いよく振りかえる。



「……。いない」



 なんの変哲もない、いつもの路地。俺たち以外のひと気はない。……気のせい、か? でも。煮えきらない思いを抱えて、首をひねる。



「冬也?」

「あ、いや……なんでもない」



 嫌な視線だった。単に注目されるのとは違う、粘着質につきまとうもの。観察していた? 俺たちを? ――その中の、誰を。



「暗くなってきたし、急ごう」



 不思議そうに目を見合わせた二人を、引きずるようにして歩きだす。……忘れよう。今は。


 最悪、ストーカーの類だとしても、まずはもう少し様子を見て――もし、害があるようなら、排除すればいい話だ。

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