第一章 8話 漆黒のドンキホーテ
――その瞬間。
エリカの意識が、深く沈んだ。
暗い底へと引きずり込まれるように、静かに消えていく。
(……落ちていく……)
(これ……私……?)
『ここからは俺がやる』
低く、重い声が周囲に響いた。
次の瞬間。
ドクン――
心臓の鼓動とともに、黒い何かが身体の内側から溢れ出した。
それは物質ではない。
“質量”を持った闇。
足元から這い上がり、身体へと絡みつく。
ギギ……ッ
軋むような音が響く。
腕に。
脚に。
胸に。
黒い装甲が、内側からせり出すように形成されていく。
骨格に沿って、重厚なプレートが重なり合う。
肩当てがせり上がる。
胸部装甲が閉じる。
腰部装甲が展開する。
(……重い……)
(これ……私じゃない……)
そして――
頭部。
ゆっくりと、兜が形成された。
顔を覆う、無機質な面。
その奥で――
青い光が灯る。
ギィン……
全身の装甲が、噛み合う。
そこに立っていたのは――
もはや少女ではない。
漆黒の騎士だった……
「……さて」
低く、くぐもった声が響く。
「少し、遊ばせてもらうか」
一歩、踏み出す。
その動きだけで、空気が軋む。
バルサが、わずかに目を細めた。
「……なるほど」
「面白いな」
次の瞬間――
セレグの姿が消えた。
「――っ」
バルサの背後。
すでにそこにいる。
一閃。
ギィィンッ!!
黒と青白の刃がぶつかる。
火花が弾ける。
バルサの身体が、わずかに後ろへ滑った。
「……今のは効いたな」
セレグが静かに言う。
「使い方が違う」
その時――
(……なに、これ……)
(私の身体……どうなってるの……)
エリカの意識が、奥で揺れる。
(ああ……大丈夫だ)
(任せろ)
再び消える。
横。
上。
背後。
連続で襲いかかる斬撃。
(速い……これ、私の身体……?)
(ああ……お前の体だ)
(少し静かにしてろ)
バルサが受ける。
だが――
完全には捌ききれない。
一撃が掠る。
「ほう……」
バルサが小さく笑う。
「確かに、理屈が違う」
「だが、それだけだ」
黒い刃が振るわれる。
セレグは、紙一重でかわす。
さらに踏み込む。
一撃。
また一撃。
確実に、攻めている。
(流れが違う……)
周囲のエネルギーが、セレグへと集まる。
歪み、再構築される。
「……遅い」
一瞬で間合いを詰める。
バルサの懐。
刃を叩き込む。
ガンッ!!
衝撃が響く。
「……っ」
バルサの体が、初めて大きく揺れた。
「面白い」
「本当に面白いな」
「壊れるなよ?」
だが、その声にはまだ余裕がある。
セレグは構えを崩さない。
「まだ行くぞ」
再び、踏み込む。
空気が震える。
速度が上がる。
斬撃が加速する。
攻撃の密度が、さらに増す。
バルサが、受けきれずに後退する。
確実に――
押している。
「どうした?」
セレグが低く言う。
「さっきの余裕はどうした」
バルサが笑う。
「……いや、まだだ」
その目が、わずかに鋭くなる。
「いいな……」
「少し、本気で相手をしてやろう」
空気が、変わる。
だが――
セレグの動きは止まらない。
「来る前に叩く」
一気に踏み込む。
渾身の一撃。
刃が――
バルサへと振り下ろされた。




