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第三章 7話 厄災のスガタ


エリカは、久しぶりに気分が良かった。


 なぜだろう――と、自分に問いかけてみて、すぐに答えが出る。


 昨日は、ほぼ一日中寝ていたからだ。


(やっぱり、寝るって……最高!)


 エリカは、ベッドの上で一人満足そうに微笑んでいた。


 そんな様子を見て、隣のベッドに座っていたエル――サマエルが、イヤホンを外しながら声をかける。


「なんだか……今日は珍しく、機嫌が良さそうですね?」


「わかります?」

「今日は、ストレスを感じさせるヤツがいないので!」


 エリカは、実に清々しい笑顔を見せた。


「あっ……ああ……」


 サマエルは、なんとなく理解してしまう。


 今日は――バルサもセルもいない。


 つまり、騒がしい原因が消えているのだ。


(まあ……静かなのは、悪くないですね……)


 サマエルも、少しだけ穏やかな顔になる。


 そこへ、病室のドアが開いた。


「こんち〜っ! お二人さん!」

「今日の体調はいかがですか〜?」


 明るい声と共に現れたのは、安祐美だった。


「あっ、安祐美さん! 今日は最高!」

「まあ、体は動かないけど……」


「こんにちは、安祐美さん」


 サマエルも軽く頭を下げる。


「エルさんは、そろそろ確認する事も終わるし」

「記憶の方は、相変わらず?」


「はい……特には、何も変わりませんね……」


「そう?」

「じゃあ、もう少ししたら、施設の方へ移動になるかもね?」


「そうですか……?」


(じゃあ、そろそろ天界へ戻ろうかな……)


 サマエルは、ぼんやりと考える。


 正直、この病院にも飽きてきていた。


 エリカ達との生活は面白い。


 だが、本来の目的である“お客さん”は、未だ現れていない。


(でも……ここで帰った瞬間に来たりしたら、それはそれで腹が立ちますね……)


 そんな事を考えていた、その時だった。


 違和感。


 まるで空気そのものが、凍りついたような感覚。


(……ん?)


 サマエルは、反射的に周囲を見ようとした。


 だが――


(……動かない?)


 体が、止まっていた。


 いや、違う。


 自分だけではない。


 視界の端で、エリカも停止していた。


 棚の本へ手を伸ばしたまま、完全に静止している。


 窓の外を見る。


 木々も。


 空を飛ぶ鳥も。


 全てが止まっていた。


 まるで、世界そのものが、一時停止されたように。


(これは……もしや?)


 サマエルは、思考だけで理解する。


 そして同時に、非常に嫌な予感がした。


 ――その時だった。


 病室のドアが、ゆっくりと開く。


「よおっ……諸君、元気かなっ?!」


 異様にデカい声が、静止した世界へ響いた。


「と、言っても……誰も答えないか!」

「あっ、はははははっ!!」


 病室へ入ってきたのは、巨大な男。


 声に負けないほどデカい身体を揺らしながら、ザリエルは豪快に笑っていた。


 その姿を見た瞬間――サマエルは、心の底から嫌そうな顔をした。


(うわぁ……来ましたか……)


 しかも、最悪なタイミングで。


 ザリエルは、止まった病室を見回しながら、満足そうに笑う。


「これが――《ゼロ・サンクチュアリ》だ!」

「時間停止・空間隔離……まさに神の聖域ッ!!」


 どうやら、ノリノリだった。


 そして、そのままサマエルへ近づこうとした――その時。


「えっ……?」


 突然、声が響いた。


「あなた、誰ですか?」


 ザリエルの動きが止まる。


 ゆっくりと視線を向ける。


 そこには――


 普通に動いている安祐美がいた。


「突然現れて、何、ひとり芝居してるんですか?」


 さらに――


『アユミ! この人、天使だよっ!』


 パルミアだった。


「ええ〜〜っ!? て、天使!?」


 安祐美が、ようやく驚く。


 だが――


 一番驚いていたのは、ザリエルだった。


「…………は?」


 目を見開いたまま、固まる。


「えっ……なんで、動けている……?」

「いや……意識がある?」


 ザリエルは、ゆっくりと周囲を見る。


 エリカ。


 サマエル。


 その他すべて。


 完全停止している。


 まるで、ビデオを一時停止したように。


 なのに――


 安祐美とパルミアだけが、普通に動いていた。


「ええ〜〜っ!!」


 ようやく状況を理解した安祐美が、悲鳴を上げる。


『しっかり! アユミ!』


 パルミアが、慌てて安祐美の腕へしがみついた。


 そして――


 ザリエルは、初めて理解できないものを見る目をしていた。

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