エピローグ
使者が去った後に残ったのは、気まずい沈黙と、やたらと重たい視線の集中砲火だった。
いやまあ、分かる、分かるぞ、その気持ちは。
内心で肩を竦めつつも、だからといって「はい分かりました領主やります」と頷く気が一ミリも湧いてこないあたり、我ながらどうしようもない性格をしていると思う。
「……クロム、本気で言っているのか?」
最初に口を開いたのはエリシアで、その声音には呆れと苛立ちと、ほんのわずかな期待の残滓が混ざっているように聞こえた。
「冗談に聞こえたか?」
軽く返すと、エリシアは深く息を吐き、こめかみを押さえるという分かりやすい反応を見せる。
「聞こえないから困っている」
「なら問題ないな。本気だ」
これ以上ないくらい明確な意思表示だと思うのだが、どうにも納得してもらえないらしい。
「この街は、お前が作り上げたようなものだ」
「訂正しとくが、俺は好き勝手やっただけだぞ。形にしたのはみんなだ」
事実をそのまま口にすると、エリシアはわずかに言葉に詰まり、それでもなお食い下がってくる。
「だからこそだ。中心に立つべき人間が必要だ」
「いや、それが俺じゃないって話だろ」
俺は両手を軽く広げてみせる。
「見ての通り、政治とか統治とか向いてる顔してないだろ?」
「顔で判断するのか……」
至極真っ当なツッコミを受けつつも、俺は気にせず続ける。
「向いてないもんは向いてない。鍛冶場に籠もってる方が百倍有意義だ」
そう言い切ったところで、今度は横から別の声が割って入ってきた。
「でもクロムさん!」
ミーナだ。
珍しく、いやいつも通りと言うべきか、真剣な表情でこちらを見ている。
「街のみんなも、クロムさんならって思ってるはずです!」
「それは過大評価だな。期待は裏切るためにあるんだぞ」
「開き直らないでください! てか、裏切らないでください!」
怒られた。
うん、知ってた。
「いやさ、気持ちは分かるんだけどな」
少しだけ真面目な声で続ける。
「俺がやると、たぶん碌なことにならんぞ。好きなもん優先するからな」
「それの何がいけないんですか!」
「全体のバランスが死ぬ」
即答したら、ミーナが言葉に詰まった。
ほら見ろ、想像できただろう。
その時だった。
「……なんですか、この空気」
場の入口から、場違いなほどの間の抜けた声が聞こえてきた。
振り返れば、そこにいたのはレオンだった。
ミーナの旦那であり、村でもそれなりに顔が利く、まあ一言で言えば「いいやつ」である。
「お、いいとこ来たな」
俺は軽く手を挙げる。
「ちょっと俺の代わりに領主やってくれよ」
空気が凍った。
「……は? クロムさん、何言ってるんですか?」
レオンが間抜けな声を出し、ミーナが固まり、エリシアが頭を抱えた。
うん、いい反応だ。
「いや、ちょうどいいだろ。商人やってて顔も広いし、性格もまともだし、バランス取れるし」
「いやいやいやいや! 無理ですって!」
レオンが両手を振って全力で否定してくる。
「なんで僕なんですか!」
「消去法」
「理由が雑すぎる!」
ミーナもようやく復活した。
「ちょっとクロムさん何言ってるんですか!」
「適材適所だろ?」
真顔で返すと、二人が同時に頭を抱えた。
エリシアは……もう何も言わずに天井を見ている。
しばらくの混乱の後、結局この場で結論が出ることはなく、話は一旦保留という形に落ち着いた。
まあ、当然だな。
いきなり「領主やれ」は無茶振りにも程がある。
それからの日々は、そんな騒動が嘘のように、むしろ加速していった。
城塞化されたローヴァは、その防衛力と利便性の高さから噂が広まり、近隣の村や集落から人が流れ込んでくるようになった。
職を求める者、安住の地を求める者、ただの好奇心で来る者――理由は様々だが、そのすべてを受け入れるだけの余裕が、この街にはあった。
気づけば、人口は倍近くに膨れ上がり、通りには常に人の流れができ、夜になっても灯りが消えない場所が増えていた。
「……本当に、街になったな。要塞化されているけど」
ぽつりと呟くと、隣に立っていたエリシアが小さく頷いた。
「そうだな。私は一度、王都へ戻る」
その言葉は、どこか区切りを告げるような響きを持っていた。
「ただし、騎士は数名ここに残す。拠点としての価値は既に確定しているからな」
「そりゃどうも」
軽く返す。
「……本当に来ないのか?」
「行かん」
即答すると、エリシアは苦笑した。
「だろうな」
それだけ言って、彼女は背を向ける。
去り際の足取りは軽く、どこか満足げにも見えた。
――それから数ヶ月。
結論から言えば、領主は決まった。
レオンだ。
正式に男爵位を授かり、このローヴァの領主として認められたらしい。
「クロムさん! あなたって人は!」
ある日、工房に怒鳴り込んできたレオンが、開口一番そう叫んだ。
「なんで僕なんですか!」
「似合ってるぞ、男爵様」
「茶化さないでくさいよ!」
顔を真っ赤にしているあたり、まだ慣れていないらしい。
まあ、当然か。
「安心しろ、困ったらミーナがどうにかする」
「妻に丸投げしないでくさい!」
いいツッコミだ。
ミーナの方はというと、意外にも落ち着いていて、既にそれなりに領主としての立ち回りをこなしているらしい。
人ってのは分からんもんだ。
そして俺はというと、相変わらず工房に籠もっていた。
鉄を打ち、火を見つめ、形を作り、試し斬りをして、また改良する。
その繰り返し。
だが、その単調なはずの日々は、不思議と退屈とは無縁だった。
「……さて、次はどうするかね」
手にした新しい武器を軽く振りながら、俺は口元に笑みを浮かべる。
この街は、まだまだ変わっていく。
人が増え、技術が集まり、いずれは王都にすら並ぶ場所になるかもしれない。
だが、それは俺の役目じゃない。
俺はただ、ここで好きな鍛冶をするだけだ。
それで十分だし、それがいい。
火花が散り、鉄を叩く音が響く。
その音に耳を傾けながら、俺はゆっくりとハンマーを振り上げた。
この手で、どこまでいけるか、試してみるのも悪くない。
俺の理想の鍛冶ライフはまだまだ続く。
――第一章【完】――
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