6-6:ルキウス・アルコニウス・ノガタス
ルキウス・アルコニウス・ノガタスの遍歴については、謎な部分が多い。貴族の三男坊として生まれたノガタスは、聖職者に就かせようとする父親の意向に背いて放浪者となり、悪行が知られるまでの数年間は消息不明だった。
その空白の間は何をしていたのか。クロトールは最初の一撃で感じた手ごたえから、奴が歳月を無為に過ごしていたわけではないと察した。
かわし、いなし、弾くなどしていると、突然ノガタスが距離を取り、余裕しゃくしゃくといった態度で笑い出した。
「面白い。お前はただの聖職者ではないな。出身は? どこで剣を覚えた?」
「それが重要か? これからどちらかが死ぬという時に」
息を整えつつクロトールが答えると、ノガタスはにやにやと笑みを浮かべながら、興味深そうにこちらを見つめた。
「重要だとも。さては、お前と私は元が同じなのだな。だが、一方は信徒としての道を歩み、もう一方は拒んだ。何とも数奇な巡り合わせよ。これが神の定めた運命でないなら、何と言う?」
「因果応報だ。お前は裁かれる運命にある。まだ抵抗を続けるか?」
「つまらん奴だな」
再び剣がぶつかり合った。攻撃と防御のいずれの際も、ノガタスは常に薄ら笑いを浮かべていた。奴は心の底から戦いを楽しんでいたが、クロトールの方は相手の動きについていくのがやっとだった。戦闘と追跡の連続で体が参っていたし、怪我の痛みも影響していた。
ノガタスの黒い瞳は、クロトールの疲労の色を見逃さなかった。彼は<誇り>の刀身に自らの剣を近づけると、鍔と角度を利用して<誇り>を絡めとり、信じられないほどの力で強奪してみせた。<誇り>は一瞬のうちにクロトールの手から離れ、音を立てて地面に落ちた。
ノガタスは満足げに微笑みながら、剣の切っ先をクロトールに向けた。その表情は、闘技場の勝者のような幸福に満ちていた。
「残念だったな。もっとも、最初から結果は分かっていたが。それでも、なかなか上出来ではあったぞ。年寄りにしてはな」
そう言うと、ノガタスは地面に転がった<誇り>をちらりと見た。
「あの剣は私のコレクションに加えてやろう。見たところ、このまま捨てるには惜しい代物だ。どこで手に入れた? 買ったのか?」
「もらったんだ。湖から現れた貴婦人から、贈り物にと」
クロトールが答えると、ノガタスは目を細めて鼻で笑った。
「こんな時に冗談か」
「いや、事実だ。あの剣は商品でもなければ、盗品でもない。誰かが今握っている物とは違う」
するとノガタスの顔から、それまであった笑みが消え失せた。
「負けたくせに生意気なことを。そんなに苦しみながら死にたいか?」
ノガタスは、これまで聞いたことのない声ですごんだ。奴を怒らせたらどうなるかは分かっていたが、黙っているわけにはいかなかった。クロトールにとって、この男は見ているだけで不快だった。
剣を握ったまま、ノガタスが怒りの形相で近づいてくる。万事休すかに思えた次の瞬間、目の前を突然何かが横切り、同時にノガタスがうめき声を上げた。見ると、奴の右手にできた傷から、鮮血が線上に滴り落ちている。それはフェリックスの矢が与えた傷だった。<永遠の夜明け>の狩人は、仲間の身を案じて後を追ってきたのだ。
彼の隣には黒魔術師のエイレナもいた。彼女が細い指先を動かすと、ノガタスから滴り落ちた血が魔法の鞭となって奴の頬をたたいた。ノガタスが悲鳴を上げて後退する。その隙に、クロトールは<誇り>を拾って再び構えた。
これで形勢逆転だ。さすがのノガタスも三対一では分が悪いだろう。
だがその時、木陰から突然、巨大な影が現れた。馬だ。四肢のたくましい黒毛馬が、風のような速さでこちらに駆けてくる。
クロトールは、馬の背に乗る男の姿に一瞬、目を奪われた。肩を金色狐のケープで包んだその男は、明らかに森の戦士の風体だが、背丈は他の者たちに比べて一回り大きい。
「乗れ、帝国人!」
馬の乗り手が、ノガタスに向かって叫んだ。驚くべきことに、彼が発したのは<森の民>の言葉ではなく、帝国語だった。ノガタスは慣れた動作で馬の背に飛び乗ると、去り際に耳障りな声で捨て台詞を吐いた。
「次は必ず仕留めるぞ、審問官。必ずだ」
標的を逃すまいと、フェリックスが出し抜けに矢を放ったが、馬は森の木々に守られ、無傷のまま走り去った。ルキウス・アルコニウス・ノガタスは、謎の男の介入によって追跡を逃れた。そして、奴を取り逃がしたクロトールの右手には、剣を弾かれた時のしびれが未だに残っていた。




