第16章 魔法使い見習い
書簡をいったんダンバルフに預けて、エリィたちは大魔導師の邸宅を辞した。明日の昼に、また屋敷を訪れることでダンバルフとは話をまとめていた。老魔法使いに見送られた四人は、三頭の馬に分乗して来た道を戻る。木々の陰に屋敷が隠れて見えなくなると、
「はぁー……」
と、エリィは張っていた肩を下げ、大きく息を吐いた。
「どうしたの?」
ディーダは首を後ろに引いて、自分を抱きかかえるようにして鞍に跨っている僧侶の顔を見上げた。
「どうしたって……あの伝説の大魔導師だよ。まさか、こんなところで出会うなんて、思ってもいなかった」
「エリィ、緊張してた?」
「そりゃ、してたよ。ディーダは、大丈夫だった?」
盗賊の少女は、涼しい顔のまま首を横に振って青い髪を揺らした。
「ディーダは凄いね。さすが、肝が据わってるというか……」
「この中で緊張してたのはエリィだけだったな」
ヴォルトレイドが笑った。それを聞くと、エリィは、
「はぁ、ヴォルトレイドも、よくあんなに普通にしていられたな」
「伊達に長生きはしてないからな」
黒髪のハーフエルフは、そう言うと、もう一度笑みを浮かべる。エリィは、先頭を進む茶色い髪の戦士を向いて、
「ストラグルは、緊張するほどの神経を持ち合わせていないから大丈夫だったろ」
「なにおう?」戦士は眉を釣り上げて振り向いて、「俺だって、少しは緊張してたぜ」
「それはないだろ」
「絶対に嘘だね」
エリィ、ヴォルトレイドから矢継ぎ早に突っ込まれた。
「しかし」と、エリィが、「いい人だったな。私、魔法使いなんて、僧長の茶飲み仲間のディマールさんくらいしか知らなかったから、とんでもない偏屈な爺さんだったらどうしようって、心配してたんだ」
「そうそう」と、ストラグルも、「それは俺も意外だった。好々爺って感じの、気のいい爺さんだったじゃねえか。なあ」
同意を求められたディーダも、こくりと頷いた。
「お前らよりもちょっと長く生きてる俺の経験だとな、本当に偉い人ほど好人物なものだぜ。さすがは、大魔導師と呼ばれるだけのことはあったな」
ヴォルトレイドも、そうダンバルフを評した。
「ああ。でもよ」ストラグルは馬速を落とし、他の二頭と横並びになって、「あの、弟子のガキは生意気だったな。あれこそ魔法使いって感じで」
「お前、また、そんな……濡れ衣を着せられそうになったところを助けてもらっただろ」
「あの師匠も言ってたとおり、頭の切れる子だったな」と、ヴォルトレイドは、「確かに、あれぞ魔法使いだよ」
「まだ若いのにな。それに、顔もかわいかったし」
「エリィ、ああいうのが好みなのか?」
「そういうことじゃない!」
「そうか……俺は好みだけどな……」
ヴォルトレイドが言った途端、エリィとストラグルの馬は、ゆっくりと彼の乗る馬から離れていった。
「冗談! 冗談も通じないのか、お前らは……。そういや、助けてもらったといえば、あれから警備騎士団のほうは、どうなったんだ?」
「すっかり忘れてたな」
ストラグルが言った。
「魔法使いが、警備騎士のひとりに化けていた……」
エリィは神妙な表情をして呟いた。
「ああ」と、ヴォルトレイドは、「あの少年――アルサスだっけ――がいなきゃ、俺たちは警備騎士団に捕まって、所持品検査の名目で、ニセ騎士にあの書簡を奪われてたかもな」
「騎士団は、あの偽者を捕まえられたんだろうか?」
「……難しいんじゃないか? 瞬間移動に加えて、自己変身の魔法まで使えるなんて、相当な使い手だ。まんまと逃げおおせたんじゃないかと、俺は思う」
「くそっ!」ストラグルは舌打ちをして、「傭兵に襲わせて、ゾンビと一緒に睡眠を使ってきたと思えば、次は、とうとう変身してとはいえ、直接出てきやがったってことだな」
「それだけ、そいつも焦ってるってことなんじゃないか?」
なだめるようにエリィが言った。
「俺たちが、着実にセントリアネスに近づいてるからだな」
ヴォルトレイドの言葉に、エリィは頷いて、
「もしかしたら、これからは、もっと直接的な手段に訴えてくる可能性もあるな。今までは、なるべく大きな騒ぎにならないように、変な言い方だが、配慮していた節がある」
「いよいよ、街中で火球でもぶっ放してくるってか?」
「物騒なことを言うな、ストラグル。さすがに、そこまではやらないだろうが、魔法を相手にしての直接対決も覚悟しておいたほうがいいかもな……」
「対魔法……か」
ストラグルは渋い顔をした。
「なあ、そこで相談なんだが」と、エリィは自分以外の三人を順に見て、「魔法使いを仲間に加えないか?」
「魔法使いか……まあ、必要にはなってくるだろうな」
ヴォルトレイドが賛同した。「確かに」とストラグルも魔法使いの必要性を認め、ディーダは、「うん」と小さく返事をして、こくりと頷いた。
「それはいいけどよ、エリィ、仲間にする魔法使いの当てはあるのか?」
「何言ってるんだ、ストラグル。優秀な魔法使いと知り合いになったばかりじゃないか」
「……おいおい、そりゃ無理だろ。大魔導師ダンバルフが、俺たちなんかの用事に付いてきてくれるわけねえぜ」
「違う違う」と、エリィは手綱から離した手を振って、「アルサスくんだよ」
「はあ? 何で、あのガキを……」
「彼が優秀なのは証明済みだろ」
「口八丁なだけじゃねえか」
「それも魔法使いの大事な要素だろ。“魔三考七”。パーティの頭脳なんだろ、魔法使いって」
「俺たちはパーティじゃねえって! それに、まだあのガキが魔法を使ってるのを一度も見たことないだろ!」
「そこは大丈夫だろ、何と言っても、あのダンバルフ老のお弟子さんなんだし。ディーダは、どう?」
ストラグルの抗議を退けたエリィは顔を下げ、自分の前に乗る少女に訊いた。
「……いいと思う。ああいう頭が切れるのって、魔法使いに大事」
「ほら、この中で冒険者パーティ歴が一番あるディーダも、こう言ってるぞ」
「だから! 冒険者じゃねえだろ!」
「ヴォルトレイドは?」
またもエリィは、ストラグルの声を無視して、黒髪の戦士に意見を訊いた。
「ああ、俺は賛成だな。ディーダの言うとおり、頭がいいし……」
「それに、かわいいから?」
「そうだな……って、おい!」
エリィとストラグル、二人が操る馬は、再びヴォルトレイドから静かに離れていった。
「お、噂をすれば……」
ストラグルが前方を指さした。カーブの先、木々の陰から、ブロンドの髪を持つ少年の後ろ姿が視界に入ってきた。エリィたちの話し声や蹄鉄が地面を踏む音が耳に入ったのだろう、少年は立ち止まって振り向いた。
「アルサスくん」
手綱を引いて、エリィが少年のそばに駆け寄る。アルサスは、馬上の四人を見上げて、
「師匠との話は、もう終わったの?」
「ええ、ダンバルフ老の協力を得ることが出来ました。こんなに心強いことはありません。ありがとう」
「礼なら師匠に言ってよ」
そう答えてアルサスは再び歩き出そうとしたが、
「街まで行くのでしょう。乗せていきますよ」
「遠慮する」
「そんなこと言わずに。……ストラグル」
エリィは、自分の馬にはすでにディーダを乗せているため、ストラグルを呼んだ。アルサスの隣まで馬をつけたストラグルは腰を引き、跨っている鞍にスペースを作り、
「ほら、乗れ」
「いいって」
「相変わらず生意気なガキだな……ほら」
「うわっ!」
鞍に跨ったまま身を屈めたストラグルは、片腕でアルサスの腰を抱き込み、そのまま鞍の上に引き上げた。
「なにするんだよ!」
アルサスは振り向いてストラグルを睨む。
「乗せといてもらって、その言い方は何だ」
「誰も頼んでないだろ!」
「それよりも、お前、軽いな。ちゃんと飯食ってるのか」
「うるさい!」
「ほら、行くぞ。しっかり掴まってろ」
「――ひゃっ!」
手綱を引いたストラグルが馬を駆け出させると、アルサスは悲鳴を上げて馬のたてがみにしがみついた。
「そういえば、アルサスくん」と、エリィが声を掛け、「買い物に行くんだよね? 背負い袋も何も持ってないけど……」
エリィの言うとおり、アルサスは腰に小さな小型袋を提げているだけだった。
「いいの。空中浮揚を使うから」
少年は、ぶっきらぼうに答えた。
「空中浮揚……人や物体を空中に浮かび上がらせる魔法だな」
ヴォルトレイドの言葉に頷くと、アルサスは、
「市場でいらない木箱をもらって、買ったものを入れたら、箱ごと浮かせて、それを引っ張って持ち帰るの。空中浮揚は単純な魔法だし、浮かせるものが軽ければ軽いほど持続時間も長くなる。街から屋敷に到着するくらいの時間は、保つ」
「なるほど、背負い袋を担ぐよりも、ずっと楽ということですね。さすが魔法使いだ」
エリィは感心して頷いた。
「そういうこと。木箱は帰ったらバラして薪の材料にするんだよ」そう答えてから、アルサスは、「なあ、あんたら、何やったの?」
四人に対して訝しげな視線を投げる。エリィたちは、すぐに返答はせず互いに顔を見合った。誰も答えを返さないためか、さらに少年は、
「あの警備騎士に化けてた魔法使い、かなりの手練れだろ。僕、自己変身なんて高等魔法、実際に見たのなんて初めてだよ。僕の推理は正しかったってこと? あんたらは、あの魔法使いに所持品を狙われていた? 師匠への頼み事ってのも、それに関係あるんだろ?」
他の三人が頷いたのを見て、エリィは「実は……」と自分たちが辿った、これまでの旅の軌跡を話し始めた。
「……ふーん」
話を聞き終えたアルサスは黙り込んだ。馬はすでに街道に入っており、眼前にはベッケニアの街を取り囲む城壁が見えている。
「あまり変なことに師匠を巻き込むなよな」
「それについては……」
エリィが詫びの言葉を口にする前に、アルサスは、
「ま、いいけど。その魔法使いも、警備騎士団に追われて、今日いっぱいくらいは落ち着かないだろ。もし、師匠のところに行くとしても明日以降になる。その頃にはその魔法文字も解読されて、あんたらの手に返されてるだろうしね。師匠に危険はないってわけだ」
それを聞いたヴォルトレイドは、
「そうか、あいつがダンバルフのところに直接向かう可能性もあるな。俺たちが屋敷に泊まり込んだほうがよかったかもしれない」
すると、さらにアルサスは、
「来なくてもいいって」
と、あからさまに嫌そうな顔をした。
「ま、大丈夫だろ」と、ストラグルが、「相手は生ける伝説、大魔導師だぞ。おかしなやつに襲撃されたところで、魔法で消し炭にしちまうだろ」
嫌悪感を乗せた表情を崩さないまま、アルサスは嘆息した。話にひと区切りがついたところで、エリィが、
「ねえ、アルサスくん。頼みがあるんだけれど、聞いてもらえるかな」
「なに?」少年は顔を向けた。
「我々の仲間に加わってはもらえないだろうか」
「はあ?」
魔法使い見習いは表情を怪訝なものに変えた。エリィは、さらに、
「今後、旅を続けるうえで、魔法使いの力がどうしても必要になってくる。君のような優秀な魔法使いに仲間に加わってもらえれば、これほど心強いことはない。もちろん、師匠であるダンバルフ老にも話は通すよ」
「何で、僕が……」
「今言った通り、君が優秀な魔法使いだからさ」
「僕、まだ一度もあんたらに魔法使ったところを見せてないけど」
「それは関係ない。魔法の腕もだが、魔法使いに必要なものは何より頭脳だ。あ、もちろん、アルサスくんの魔法の腕も信用してる。何たって、あのダンバルフ老のお弟子さんなんだから」
「なかなか良いこと言うね。世の中には、魔法使いのことを攻撃魔法の発射装置くらいにしか見てない冒険者も多いっていうのに」
見習い魔法使いは、満更でもなさそうな表情になると、
「ま、考えておくよ」
一行が城門をくぐって馬を止めると、馬から飛び降りたアルサスは、ちょこんと少し頭を下げただけで、さっさと市場に走っていった。
「やっぱ、かわいくねえガキだな」
ストラグルは、歩き去る少年を見ながら言った。
「俺たちは、どうする? やっぱり、ダンバルフのところに戻るか?」
ヴォルトレイドが訊くと、エリィは、
「いや、私たちを狙った魔法使いがどうなったか気になるし、入れ替わられたヘアーズという騎士のことも心配だ。警備騎士団のところに行ってみよう」
馬を宿に預けると四人は、警備騎士団の詰所を目指した。
詰所の出入口をくぐると、受付の係員が声をかけてきた。
「どちらさまでしょうか?」
「おたくの騎士さんに因縁つけられた者だが――むぐっ!」
ストラグルの口を手で塞いで、エリィは、
「私たちは、こちらの騎士さまにお世話になったものなのですが――」
「ああ、確かに随分と“お世話”になったなぁ――むぐっ!」
エリィは、もう一方の手でヴォルトレイドの口も塞いで、
「騎士のどなたかと、お話しさせていただけないかと」
「申し訳ありません。もうすぐ作戦会議が始まるもので――」
「どうかしたか?」
エリィと受付とのやり取りに、ひとりの騎士が介入してきた。その騎士は、エリィたちの顔を見るなり、
「あっ! お前らは!」
「あっ! あなたは!」
同時にエリィもまた、同じような言葉を返した。
「確か、マックさんでしたね」
「ふん、そうだ」警備騎士団のマックは、腕組みをして、ことさらに胸を張ると、「いったい、何の用事だ?」
「てめぇ、何を偉そうに――うっ……」
エリィの手を振り払って、マックに詰め寄ろうとしたストラグルは、みぞおちにエリィの肘鉄を食らい、声をくぐもらせた。
「皆さん、ご無事だったのかどうか、心配になって……」
念のため、ヴォルトレイドも後方に押しのけながら、エリィは言った。
「ふん、いらぬお世話だ」
「あの魔法使いが化けていた騎士の方は?」
「ヘアーズか。あいつは詰め所の物置で眠っているのを発見された。睡眠の魔法で眠らされていたらしい」
「そうですか……。それで、逃げた魔法使いのほうは?」
「街道に出たまでは捕捉していたのだが、途中で逃げられた」
「逃げられた? まさか」
「ああ、瞬間移動を使われた。俺たちの目の前で、馬だけ残して消えたんだよ」
マックは忌々しそうに表情を歪めた。
「瞬間移動で……」
エリィが呟くと、前に出てきたヴォルトレイドが、
「馬に騎乗したまま魔法を使えるとは、やはり只者じゃないな。魔法を使うには精神統一が必要だから、並の人間なら、手綱を操りながら魔法を使うなんて芸当、そうそう出来るものじゃない」
「広くて直線の街道だから可能だったんだろう」と、マックも、「馬は自分で走らせるだけに任せて、自分は魔法のための精神統一に専念したんだろうな。曲がりくねって狭い林道では、ああはいかなかったはずだ」
「そういうことですか」
エリィは納得した。そこへ、マックが、
「お前らは何なんだ? あの魔法使いは何者で、お前らはどうして狙われてるんだ? あの小僧の言ったことは正しかったのか? お前らの所持している何かを、あいつは狙ってたってことなのか? お前らの持っているものとは何だ? そもそも、どうしてダンバルフ老の屋敷前にいた?」
矢継ぎ早に質問を浴びせてきた。
「そ、それはですね……」
何をどこまで答えようか、エリィが思案していたところに、
「マック、そろそろ会議が始まるぞ」
別の警備騎士が声をかけてきた。
「は、はい、隊長」
名前を呼ばれ、背筋を伸ばしたマックは、拳を握り右腕を胸元に水平にかざす、騎士団式の敬礼の姿勢をとった。彼に声をかけてきたのは、ベッケニア警備騎士団第一分隊隊長リッジレイ、その人だった。
次回、狂戦士を捕えるため、警備騎士団はベッケニアの全城門を封鎖することを決めた。
第17章「封鎖都市」




