どっちに転んでも不愉快コース
執事に先導されて到着したのは、チャンレヨクの金持ちゾーン、の外れにあるお屋敷だった。
背が高くて分厚い塀に覆われた広い敷地。
入り口部分には外界と中を隔てるように、鉄格子のようにも思える門扉が堂々と君臨しているのは中々の光景だ。
アーチ状になっている門扉は鉄を加工する事でところどころ花や鳥の模様を散らしているが、それでも背の高さや鉄の厚みからすると威圧感を抱かせる見た目をしている。
……まあ、人間からすると忍び込む難易度が高い門扉なんだろうけど、キメラからするとひとっ飛びでどうにかなるんだよなあ。
生き物は筋肉を傷めない為に無意識の筋力ブレーキがあるけれど、ゾンビやキョンシー物でよく見るように、キメラもまた死体をベースにしているからか筋力ブレーキというものが無い。
勿論意識的にならばブレーキを掛けられるが、根本的に兵器として生み出されたのもあってわざわざ無意識でブレーキを掛ける必要性は無いと当時の研究者辺りに判断されたんだろう。
なので、私のように空を飛ぶ事が出来ない者でも、強めにジャンプすれば超えられる程度の門扉だった。
まあここには執事、そして鳥籠とやらが住んでいるようなので、キメラが居る中に侵入しようとする者はいないだろうけれど。
キメラとしても、同じキメラは食料にならないので遊びに来る以外に忍び込む理由が無い。
「どうぞ、お入りください」
門扉を開いた執事に促され、屋敷の敷地内へと入る。
主様は肩から力を抜いたいつも通りの、背筋をピンと伸ばして堂々とした佇まいのままに屋敷の玄関まで続いている石畳をカツカツと歩いてゆく。
私の方はといえば、随分広い屋敷だなあと思いきょろきょろ周囲を見渡していた。
……うーむ?
門扉から玄関までは結構な距離があるが、そこを歩くだけでも、周囲には何となくの違和感が存在している。
私は屋敷に詳しくないが、それでも何となく、違和感が強い。
……多種多様な花が咲いてる花壇が、門扉から玄関までの道を彩ってる、けど……。
香りからしても、鮮度の優れた花だろう。しっかり手入れされているのがわかる香りだ。
しかし少し遠くを見るとそんな華やかさは見えず、どちらかというと色合いがくすんでいるように伺える。
主様の服に顔を埋めて残り香を堪能する時くらいしか使っていない鼻をヒクヒクさせて遠くの匂いを嗅いでみても、やはりこの周辺で香っているような花の匂いはしてこない。
寧ろ、何というか、
……血の匂い、だよな、コレ。
鉄臭くて甘くて少し酸っぱい、ドライフルーツのような香り。
実際は流れてから時間が経過して酸化した血の匂いなのだろうけれど、人間を食料と認識するキメラの嗅覚からするとドライフルーツのような香りに感じた。
つまり、どこかに酸化した血がある。
しかもこの匂いの広がり方からすれば、結構な量だろう。
まあ私には関係無いし、人食いのキメラが住んでる場所と考えれば違和感も何も無いけれど。
「こちらですよ」
絢爛豪華でありながら、どこか薄暗さのあるエントランスを案内される。
キメラは暗闇でも普通に夜目が利くので問題無いが、外からの光が入りにくいデザインになっているらしい。
……珍しい物とかも結構あるみたいだし、エントランスや廊下に飾られてる品物も綺麗である以上に年季を感じるから、日差しとかを警戒でもしてるのかな?
物によっては日焼けに弱い場合もあるだろうからわからんではない。
実際、博物館とかでフラッシュが禁止されていたりするのはカメラのフラッシュで展示品が痛むから、と聞いた気がするし。
展示品が痛むとなれば、それは器物損壊レベルでアウトだよなあ。
「こちら、客室となっております。掃除はしてあるので使用に問題はないかと」
そう言った執事に案内された部屋は、中々に豪華な部屋だった。
レベルの高い宿屋の調度品をもう一段階レベル上げたような室内だ。
全体的に赤色と黒色で統一されているので大きな窓から入ってくる光があっても微妙に薄暗さを感じるが、主様に不満は無いようなので問題無し。
室内をぐるりと見渡してまあ良いかと頷いている様子、最高。
特筆すべき所作じゃ無くない? と思うかもしれないが、眉間に皺を寄せるでもなく、しかし特別気に入るわけでも無く、まあ不満点は無いかなくらいの興味無さげな表情をしている、というのが大事なのだ。
……まあどんな主様でも最高なんだけどな!
しかしそれはそれ。
やっぱりこういう状況下だから見る事の出来る顔、というのは大事だ。
こういう部屋に案内された時の主様はこういう反応をする、というのを知る事で私はまた一つ主様についてを知る事が出来る。
推しはこういうシーンでもこの表情差分が出るのか! 大発見だぜ! みたいなアレだと思えば大体合っている事だろう。この感覚が理解出来ない場合は知らん。
「曰く付きの品物は?」
「それらは当然、鳥籠様とアルエット様に挨拶をしてから、ですよ」
悪くない部屋ではあるけれどこの部屋に用は無いしさっさと目的の品を見せろ、とでも言うように執事へと視線を向けた主様の言葉に、執事はにっこりと微笑んだ。
「今現在、このクックロビン家の当主は鳥籠様なのですから」
一応の礼儀は必要でしょう、と微笑む執事だが、その前髪が少し横に流れており、動いていない右目がよく見える。
右目以外が普通に微笑んでいる為、無機質にただ前だけを見ながら見開かれている右目が随分と異様な雰囲気を放っていた。
室内にある少ない光を反射してキラキラと光るその様は美しいと呼べるのだろうけれど、逆にそれがより一層違和感を強めている。
……ま、キメラの身体的特徴に何かを言ったところで、って感じだけど。
そんな事を言い始めたら医者なんて右目が伽藍洞だった上に太い茨がぞろぞろと生えていたんだから本当に今更だ。
「私はお二人を呼んできますので、それまではこちらでごゆるりと。ああ、それとご存知の通り、私も鳥籠様も銀は好みませんので」
言い、ペコリと頭を下げた執事は静かに扉を閉めて行った。
先程言っていた通り、鳥籠とやら、そして小鳥扱いをされていた誰かを呼びに行ったのだろう。
……うーん、鳥籠って呼び名のキメラを考えると、小鳥扱いされてる誰かが明らかに可哀相なポジションなんだろうなあ。
まあ幼子らしいので好みじゃなさそうだし、どうでも良いけれど。
執事が言ってた性癖からするとロリかショタっぽいって事だけはわかっているが、筋肉系ショタとか巨乳系ロリじゃないならどうでも良い。
そもそも私って性癖以外の話題が殆ど無いタイプなんだけど、幼子と話せる内容なんてあったっけ。脳内で検索しても昔話がせいぜいだぞ。
「……不愉快だな」
「え」
ふん、と不愉快そうに表情を歪めながら、主様はドカッと音を立てて室内に備えられていた椅子へと腰掛ける。
横向きに腰掛け、背もたれに肘を乗せてもたれ掛かるという多少お行儀の悪い体勢だ。
しかし主様がそんな恰好をしているという事実が加わると、色気とワイルドさに満ち溢れた撮影シーンにしか見えない。
そういうテイストで撮られる雑誌の表紙の撮影現場かと思うくらいには様になっていて、今すぐにでも足元に縋りついて頬擦りをしたいくらいだ。
「…………で、キミは何をしているのかな?」
「え? ハッ!? あっれいつの間に私ってば主様の素敵な足に頬擦りを!?」
いかん、主様のあまりの素晴らしさに魅了されて体が勝手に動いていたらしい。
まさか意識を置いてけぼりにしてキングなクリムゾンが発生するとは何たる事だ。
「冷たい銀のブーツに覆われていて主様の体温や足の感触を感じる事は出来ませんけれど、主様の足に触れる事が出来て嬉しいです!」
「そういう事を聞いているわけじゃ無いんだけどね」
まあ良い、と主様は私の腕の中から足を引き抜き、引き抜いたはずの足を私の目の前へと突き出す。
「ま、まさか靴の裏を存分に舐め回しても良いんですか……!?」
「誰がそんな事をしろと言った。口元を拭え」
汚い物を見る目で顔を顰めた主様に舌打ちをされ、知らん間にだらだら垂れていたヨダレの勢いが増した気がするが、慌ててそのヨダレを拭う。
今着ている服は袖が無い為、腰回りに垂らされている薄い布で拭わせてもらった。
いやあ、梅干しを見るとヨダレが出るのは当然だけれど、あまりにも素敵な物を見てもヨダレってのは垂れちゃうもんだよなあ。
それにしたって主様が相手の時は口元がゆるゆるになり過ぎな気がしているが、うん、それだけ主様が素敵なので仕方がない。
そう思っていると、主様は足を私の目の前に掲げたまま、つま先を向ける。
「脱がせろ」
「えっ!? 主様の足を覆っているこのブーツを私が手ずから脱がして良いんですか!? その後のブーツの内側の匂いを嗅いだり中に酒入れて堪能したりしても良いです!?」
「気持ちが悪い」
言うが早いか、ブーツに覆われた足によって私は頭を蹴り飛ばされて一回死んだ。
「申し訳ありません主様、つい欲望が……でも主様の足に蹴り殺されるの最高にご褒美です!」
「……まあ良いよ」
靴に酒を入れて飲む文化は、どちらかというとキミが履いている靴の方だったはずだけど。
そう言って主様は視線を逸らし、呆れたように溜め息を吐く。
……へー、よくわかんないけど纏足ってそんな感じなんだ。
そういえば何かそんな感じの記述を見た気もするが、普通に気持ち悪くてドン引きだった事しか覚えていなくて記憶が曖昧。
無理矢理に足を加工してそんな楽しみ方をするとはキッツイぜ。
まあこっちの世界にもあるかは知らないが、桃だけ食わせた娘の甘いおしっこを楽しむとかいうド変態拗らせたような文化もあるとか無いとか噂されているし、そういうタイプの国なんだろう。
大の方のスカトロ系は地雷な私だが、小の方のスカトロ系なら性癖に関わってさえいればウェルカムなのでまあ許容範囲内。
……私が好むタイプの筋肉をイラスト検索するとゲイ向けって感じのが多いからなあ。
そしてそういう系だと、うん、まあそういう感じで汁だくな時も多いのである。うん。
ちなみに日本だと恋に焦がれすぎた男が惚れた相手の大便の臭い嗅げばこの恋心も無くなるだろとか考えて盗ませるも、そんな気持ち悪い動きに気付いてたお相手さんが飴細工とすり替えた為、大便まで最高とか惚れ直しちゃう! ってなった逸話がある。
普通に気持ち悪過ぎる話で幾ら私でもドン引きだったが、うん、世界ってのは広いよね。
私が変態の中でもペーペーのペーを自称してしまうのも無理は無いくらい、世界にはド変態拗らせた逸話が多過ぎるんだよ。
「では、失礼します!」
「ああ」
主様が不快と感じないよう気をつけつつ、うっかり引っかかったりもしないように角度に注意しながらブーツを脱がせる。
ブーツなんかは角度によって脱ぐ際に引っかかる事が多いのだが、その度に殺されていれば自然とスムーズな脱がせ方を身に着けるというものだ。
まあ脱げかけの足で蹴り殺されるのもまた良いものだが。
「…………」
「失礼します」
ブーツを脱がせた後も足を掲げていたので、タイツのような生地で出来ている黒い靴下をするりと脱がせる。
タイツのような生地に覆われていた時の足は陰影が強調され、すりすりしたら心地よさそうだという印象だったが、それを脱がせた足もまた素晴らしい。
色白な肌色に、鋭い爪。男性らしい骨ばった足に、陰影こそわかりにくくなったが確かにあるとわかる筋肉のすじ。
ひんやりしたその体温とは対照的に、私は自分の体温が興奮で上昇しそうになるのを感じ、慌ててどうにか体温を固定する。
ここでうっかり高温になるのはアウトだアウト。
「…………何だかな」
「どうかされました?」
「執事の一言が不愉快だった」
視線を逸らしたまま、表情こそ真顔に近いが、どこかぶすくれた様子の主様に問いかけたところ、そんな返事が返って来た。
「一言、というと、どこが?」
「銀を好まない、と言っていただろう」
「言ってましたね」
「そこが不愉快だ」
くしゃ、と不愉快に顔を顰めている主様だが、話を聞いてもどこに不愉快を感じるのかがよくわからない。
……銀を着替えに使用出来ないのが嫌だとか?
でもそういう感じの雰囲気では無い。
察しの良い私なので、それについては確かだろう。
しかしいくら察しの良い私でも、何が原因なのかという詳細な部分についてまでわかるわけではない。
「よくわからないんですけど、具体的にはどこが不愉快だったんです?」
素直に問い掛けてみれば、主様は目だけを動かしてこちらを横長の瞳孔で見据えた後、溜め息を零して顔をこちらへと向け、胸元へと手を置いた。
節のある、とても綺麗に整えられた手指が扇情的にも思える手付きで、つつつ、と胸元を飾る宝石をなぞってゆく。
「僕はそろそろこの服にも飽きて来ていたから着替えるつもりだった」
「成る程」
まず不愉快になった理由の前提として、そういった事実があった。
そういう意味での説明だろう、と私は頷く。
「が、そこで執事は銀を好まないと言った。それはつまり、僕がそろそろ着替えるだろう、というのを見越した上での発言だ」
「はあ」
「わからないのならもう少し詳細に語ってあげよう」
「は」
素足のままで放置されていた主様の足、擬態を解いていないが故に人間のままとなっている足が私の顔へと近付けられ、つま先で顎を持ち上げられた。
指の先でつつつと下から上へと喉をなぞってからの足による顎クイとは、なんというサービス。
こんなにもレベルの高い最高過ぎるサービスを受けても良いのかと思いつつ、表情がでろでろに溶けてしまいそうなのを抑え込む。
いや、既に撫でられまくったチワワくらいには溶けた表情をしている自覚はあるけれど、まだマタタビ使用の上で撫でられまくってトランス状態になってる猫レベルじゃないからギリセーフだ。多分。
「銀を使用した服装は苦手意識があるのでやめて欲しい。そういう場合、普通は着替えるよう言うものだ」
「で、ですね」
「だが、執事は真正面からそう言われた場合、僕は着替えるのを何となく嫌だなと思う……そういった思考をするとわかっていた」
確かに、主様は相手に言われた通りに動くのはあまり好まないタイプだ。
それが礼儀だと言われたら案外従うし、気分が乗るなら乗り気でやってくれるけれど、いざ言われると何となく嫌、という時も多い。
私が主様の脱いだ服くださいって言った時とかに、実害が無いのはわかっていても何かイヤだ、と断られるアレに近いのだろう。
「そもそも、言わずとも着替えるだろうという事に気付いていた。しかしその着替えの際に再び何かで銀を使用されたら、彼らからすれば変わりない。だから、着替える気を無くさせないよう着替えるようには言わず、しかし銀を使用しないようにという釘刺しだけはしていった」
「それが、不愉快の原因ですか?」
「俺の動きを先読みし、わかったような態度を取り、その上で多少とはいえ自分の望む方へとこの俺を誘導しようとしたその事実が気に食わない」
ぐ、と主様のつま先に力が籠められ、私の顎を支えていたはずのつま先は爪が喉へと食い込みそうになっていた。
喉の薄皮越しに主様の足の爪が触れている感触に加えてこの体勢、凄く興奮する。
「……誰かの思い通りになるなど、死んだ方がずっとマシだ」
そう零す主様の顔は苦虫を何十匹も噛み潰したようで、声は絞り出されたような苦渋の声で、この世の何よりも耐え難い屈辱だと思っているのが伝わってくる。
私は性癖にヒットする相手でさえあれば思い通りに動いて気に入られたいタイプだが、主様はそういうのが本当に嫌いなのだろう。
未だに聞けていない、主様の生前に関わりが深い事柄なのかもしれない。
「でも主様、今着てる服がそろそろ不愉快になってきたのは事実ですよね?」
「…………」
喉に食い込み始めていた足が無言のまま下ろされた。
主様の表情は、先程までの苦みに満ちた顔とは違い、僅かに眉間に皺を寄せただけの表情へと変化している。
しかしこの表情は今までの経験則からしても、事実としてそうだけど肯定したくはないのでちょっと拗ねてる、という時の顔だ。
つまりとても性癖に響く顔なので腰から背中へとゾクゾクした興奮が駆けてゆく。
「結局そこで色々考えたって、思考に時間を割いた事自体が不機嫌の原因になっちゃいますし。それなら銀が使用されてるかどうかは後回しにして、着替えちゃった方が早いと思います。結果的に銀を使ってる服を選ぶならそれでもいいし、そうじゃないならそれもまたヨシ! 着たい服着た結果なら、相手に何かを言われたからこうした、ってのは関係無くなりますからね!」
今の主様の思考回路からすると、執事にああ言われたからこそ、銀を使用したら執事の言葉を意識した結果になるし、銀を使用しなければ執事の思惑通りになるのでどっちにしろ不愉快、となるだろう。
そういうのは主様の精神衛生上、よろしくない。
主様がそういうのに悩むのも、似合わない。
「ハ」
私の言葉に、主様は首を傾げて鼻で笑う。
「わかったように言うじゃないか」
「そりゃあ主様につきっきりな私ですからね! ずっとずっとずーーーーーっと主様を見ている以上、主様が何に不機嫌になっているかはわりとわかっている私ですよ!」
えっへんと胸を張って爆乳を揺らせば、主様は頬杖をついて呆れたように溜め息を吐いた。
「それがわかっている癖に、容易く他人についていくのは何故なんだろうね」
「いやあ、目の前の筋肉や巨乳には目が無くって」
「目玉を抉り出して本当に無くしてやりたいよ」
「えっ!? 主様ってばそこまで私の事を!? それってつまり主様以外に余所見する事が無いよう物理的に対処するって事じゃないですか!? ヤッター! 是非ともどうぞ!」
「キミの場合、目玉を抉り出したところですぐに回復するだろうから絶対やらない」
独占欲かと思って喜んだが、ニッコリとした作り笑いでそう言われてはしょんぼりと背中を丸めるしかない。
考えようによっては回復しないなら抉り出して手元に置き続けると言っているようにも聞こえるが、そうやってから私に飽きる、という事もあり得るので手放しでは喜べない事実。
主様は本当、私を上げて落とすのがお得意だ。




