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質問が許されないタイプの文化



 めちゃくちゃ頑張って私はどうにか人間への擬態を果たした。

 そらもう初心者過ぎたものだから手間取りまくって主様に合計五回程ぶっ殺されたりもしたが、良い感じにそれっぽくなったんではないだろうか。

 とりあえず頭のツノを無くし、ヤギの耳は人の耳となり、枝に引っ掛けたりといった邪魔にならないよう畳んでいたドラゴンの翼は仕舞い込んだ。

 原理は知らんが仕舞えたのでヨシ。

 ただ問題は、コルセット状態になっている胴体部分と蹄の足。

 足首辺りまではヤギらしい短い毛が生えていて、足元見られると大変困る状態だ。


 ……まあ何か、感覚的には一回髪型を固定すればどうにかなる感じだから良いけど……。


 変な緩み方とかさえしなければそのまま放っといてもわりと大丈夫な感じ。

 しかし問題は誤魔化せなかったコルセット部分と足部分。



「コルセット部分に至っては本当にびくともしないし、足は頑張れば一瞬人間の足になりますけど、ちょっとでも気が逸れると一瞬で戻っちゃいますね」


「胴体に関しては、まさかソレが外付けでは無く本当に繋がっている皮膚や外骨格とは思われないだろうから誤魔化しようもあるけれど……気が逸れないようには出来ないのかい?」


「主様を見た瞬間に私の中の歓喜メーターが振り切れてテンションブチ上がるんで無理ですね!」


「目玉を潰した方が早いな」


「目玉を潰されたら多分嗅覚や聴覚をフルに使って主様の様子を探ろうとするので悪化すると思います! あと単純に回復早いんで失明時間二秒で終わると思います!」


「…………本当、胴体に関しては黒地に白い飾りだから衣服の邪魔にはそうならないけれど……」



 ハァ、と主様は溜め息を吐いて袋の中をガサゴソと漁る。



「仕方がないからそれ以上は諦めるとしようか。靴で覆えば誤魔化せるだろうし」


「でもこの足、蹄だから普通の靴とか履けなさそうなんですけど……」



 ぺたんこ靴はおろか、ブーツとかも大分キツそう。

 足首までをカバー出来るのでブーツ系の方が良いだろうし、固定すればすっぽ抜けにくくなるだろう事を思えばブーツ系がベスト。

 しかし形状的に無理があるので、下手をすればすぐバレる。



「丁度、見栄えが良くて買ったが使い道が無いままだった靴がある」


「?」


「足を出せ」


「はい!」



 言われるがままに片足立ちになって足を差し出せば、主様は跪くようにしゃがみ、私の足を手に取る。

 主様がしゃがむと同時、擬態練習時の時点で着ていた服に飽きた主様は着替えていたのだが、その飾りがしゃらんと綺麗な音を立てた。

 ノースリーブで首から胸までを覆う濃い藍色のインナーに、そこまで濃くないが静かな青色をしたアラビア系のベスト。

 腕は上腕から手首までをふわりとしたラインで覆う白いアームカバーに隠されており、手首部分に縫い付けられた小さな沢山の鈴がちりんしゃりんと音を立てている。

 下はゆったりしたラインの、ベストと同じ色合いのズボンを履いており、そのズボンの裾にも小さな鈴が縫い付けられていた。

 腰の辺りにはインナーと同じ色合いの布を巻き、留める為にか金色の、前につけていたのとはまた違うデザインのベルトを巻いている。

 そのベルトからチェーンのように下げられているのは、ワイヤーのような細い糸に一定の感覚を開けられて飾られている小さく薄くて丸い金色の板。

 つるんとしたコインをうすっぺらくしたようなソレもまた、主様が動く度に揺れ、しゃらんしゃらんと綺麗な音を響かせる。



「洗い 流して 泥落とせ 綺麗な姿を今見せよ」



 鈴音を纏いながら紡ぐように主様が言うと同時、主様が触れている私の足が一瞬にして綺麗になった。

 不思議な、魔力なのだろう柔らかい何かに包まれた感じがあったが、



「今の何ですか!?」


「魔法」


「詠唱タイプの魔法なんですねこの世界!?」


「紡ぐ言葉は決まっていないけれどね。その時々、その人その人にとってしっくり来る言葉を重ねて、方向性を定めて、魔力を乗せる事で魔法として構築する。ただ水を流すだけでは地面に沁み込んで終わるけれど、水道管があれば沁み込む事無く望んだところに流せるだろう?」


「成る程わかりやすい!」


「まあ、言ってしまえば道具に魔法が組み込まれている魔道具を使う方が詠唱の手間も要らない分、楽なのだけど」



 恐らくは魔道具の場合、決まった魔法の効果しか無いから汎用性が高いかと言うとそうでも無い、という事なのだろう。


 ……でも皮むきにしか使えないとはいえピーラーの存在は偉大なわけだし、そう考えると魔道具に頼りまくった方が良いって部分も多そう。


 しかしアドリブ力とポエム力を試されるという事は面倒なタイプの魔法だな、この世界。

 技名叫んでドーンってタイプなら楽なのに。



「ん? あれ、でも私は炎を普通にそのまま吐けましたよ?」


「魔物は自身の特性に関したものなら詠唱無しで魔法を放てる。そもそも詠唱を必要としない。僕が稲妻となるように、キミが炎を吐けるように」


「成る程!」


「質問が終わったなら、履かせて良いかな」


「あっはい大丈夫です!」



 袋から取り出したのだろう、足首までをカバーするデザインの綺麗な靴。

 鮮やかな色をしていて、細やかな刺繍が施された、アジア系のデザイン。

 しかし一番特徴的なのは、その靴がとても小さい事だった。


 ……子供の靴じゃ、無いな。


 根本的に、人間の足に向いているデザインでは無い。

 そのくらいは私にだってわかる。



「うん、良いね。今の服にもそう違和感が無いところが良い」



 両方の足にその靴を履かせた主様は立ち上がり、全体を確認して満足そうに笑みを浮かべる。

 確かに、私が今着ている服は主様と同じく着替えたものだが、大変華やかなものだった。

 デコルテが大きく開かれたパフスリーブの赤い服。

 元々腹部分が出るデザインらしいソレは、踊り子用なのかキラキラした刺繍がこれでもかと施されている。

 下に履いているのも上と同じく真っ赤でゆったりしたデザインのズボン。

 腰の辺りには飾りがついたベルト代わりの布があり、前開きのスカートみたいなデザインの布が下げられている。

 その布はしゃらりとした手触りが楽しくて、透ける程薄いからか風にふわりとしたラインを描くのがまた美しい。

 あとは手首に輪っか状のブレスレットを通して、中心にやたら大きな宝石が飾られているヴェール付きのヘッドアクセサリーを装着したのが今の私だ。


 ……民族衣装を試着体験! みたいなヤツよりもクオリティ高いような気がしてくるな……。


 試着じゃないから、というのもあるかもしれないが、気合いの入り方が物凄い。

 主様からすれば単純に私という着せ替え人形で遊ぶのが楽しいだけかもしれないけれど。


 ……私の髪を下の方で二つ結びにした時とか、楽しそうだったもんなあ……。


 しかしまあ、アラビア系とアジア系で系統は大分違うけれども、エキゾチックな感じと思えばそこまで違和感があるわけでも無し。

 パッと見は変わったブーツ履いてつま先立ちしてるみたいに見えるだろう。多分。

 やたらと豪奢な踊り子服だし、主様の服も飾りが多い事から、旅芸人とかその辺と思ってもらえればある程度の疑問は黙殺されるのではなかろうか。


 ……主様の服は踊った時に見た目も音も映えそうだし、上着にもズボンにも綺麗な刺繍されてるし。


 こうも派手なら多少の違和感はまあそういう仕掛けか何かかな、と流されそう。

 そうであって欲しい。



「……主様、この変わった造形の靴って?」


「東の方にあるオリエンタル大陸で買った、纏足とかいう独特の文化用の靴」


「ゲェッ」


「おや、知っている反応だね」


「ええ、まあ……」



 それなりにオタクやってれば、何らかの何かで知ったりはするワードだった。

 中国系キャラの動画とかについてる原作知らないだろう人の「このキャラ纏足なの?」とかいうコメントとか、漫画でそういうキャラとして登場するとか、二次創作内で中国パロで纏足設定とか。

 二次創作に関しては現パロ学パロ性転換一人称口調性格変更とかザラにあるので本当魔窟。

 原形はどこへ行ったんだ、みたいのが普通にあるから本当凄い。

 それはもう二次創作飛び越えて一次創作状態ではと思う事も多いが、原作ありきで色々こねこねした結果生まれた産物なのでまあ一応二次創作ではあるのだろう。何の話だ。

 ともかく、そういうアレソレで纏足という物を知り、軽く調べたりした事もあるわけだが、



「……纏足って、幼少期に無理やり足の指を折り曲げて、骨を文字通り物理的に砕きつつ高熱やら激痛やらに必死に耐える事で得る人工的な小さい足ですよね……」



 小さい足の方が超可愛いじゃん! という事で、人工的に小さくしようぜ! とかいうえげつない文化である。

 定期的に政府が「もうやめようぜその分化……」と言ってたけど何故か廃れ切らなかったもんだからわりと今も纏足のお年寄りが居たりするらしい事実。



「最終的には動物の蹄みたいな感じになって、定期的に洗浄しては包帯やら巻き直してって大変そうで、そもそも無理矢理折り曲げて変形させた状態で固定してるわけだから足も不自由になるっていう……」



 そのか弱さが可愛いそうだが、大分不健全な愛で方じゃないだろうか、ソレ。

 いやまあ日本だってわりと最近、文明開化するまでは「頭の良い女とか可愛く無くて嫁の貰い手無くなるだろうが! 女は馬鹿で良いんだよ!」って扱いだったので、感覚的には似てるのかもしれない。

 男が女に求めてる理想像って、人工的なロリ要素だったりするんだろうか。



「そう、要するには障害者みたいなものだ。靴を履いていれば足がまともじゃない事は誤魔化せるし、聞かれれば地元の風習で親によって纏足にされた、とでも言えば良い。纏足がどういうものかを告げればそれ以上を聞いて来る事も、見せろと言う事も無いだろう」


「そりゃ言えませんよそんな事!」



 軽く調べただけでもゾッとしたし、完全なるアンタッチャブル案件でしかない。

 足を見せるのはセクシー案件という文化もあるようなので、旦那以外に足を見せるとかもしないらしいし。


 ……大陸側の土足文化だと、尚の事足を露出する事が無くてセクシー扱いされるんだっけ。


 私は素足単体よりもドMホイホイ系の足が好きだし、どうせ足単体ならストッキングとかで煽情的な陰影出てる方が嬉しいタイプ。

 靴で言うならもうシルエットが斜め超えて縦になってない? みたいな背の高いハイヒールが好きだし、だからこそ主様の獣足もかなり好みなのだが、まあこれは置いておこう。

 文化の違い故にわからないが、まあ胸を隠さない文化圏の方がおっぱいをドーンと露出してたら「うっひゃあスッゲェ!」って思いつつジロジロ見るだろうし性的興奮もそれなりにあるだろうから、うん、まあそういう事なんだろう。

 現地の人からすれば胸露出してる事の何に興奮してるんだと思うかもしれないが、文化の違いによってはそういう事もあるかもしれなくて、駄目だ想像したおっぱいのインパクトで何考えてたか八割方吹っ飛んだな。私はこういうところが駄目なんだ。



「まあ、纏足自体は比較的マイナーな文化だから、知っている人も少ないだろう。足が不自由な振りまではしなくても誤魔化せるとは思う。纏足の説明をしても尚詳細を聞かれそうなら、その風習が嫌で地元を出たとでも言えば良い。足については触れられたくない、と言えば大抵は大人しくなるだろうね」


「そこまで言ったら大人しくなるしかないし、大人しくならなかったら周囲の無関係な人でも止めに入るレベルですもんね……!」



 わかりやすい地雷に突っ込む人は居ないし、突っ込もうとする人が居たら巻き添えは勘弁な周囲の人達が止めるだろうという事だ。



「偽ってそういう障害の振りをするっていうのは倫理的にアウトな気もしますが、キメラだってバレる方が厄介な気もするので必要経費みたいなもんですよね!」


「理解が早くて何よりだ」



 笑みを浮かべた主様は、しゃらりと音を立てながら腰に手を当て、人の痕跡が強い方、人里のある方向へと視線を向ける。



「では、そろそろ行こうか。野宿でも問題は無いが、どうせなら寝床で寝たい」


「えっキメラって寝るんですか!?」


「寝るのも居るし寝ないのも居る。眠気が発生するかどうか、が判断のしどころだね。僕は眠るタイプだから、三日から一週間に一度、睡眠を取りたい。が、折角ならちゃんとしたベッドで寝たいだろう?」


「そうですね!」



 私は全然眠気が来なかったので睡眠を必要としないタイプなのかもしれないが、気持ちはわかるので全力で頷いた。

 それに私に眠気が来ないならずっと起きていられるわけで、主様が眠っているお顔を一晩中眺めたりも出来る可能性がある。

 許可を取らずにやったらぶっ殺されるだろうけれど、許可を取れば、案外主様は寝顔を一晩中眺めている事くらいは許してくれるのではないだろうか。

 問題は私が、一晩中、主様の美しい寝顔を前にして暴走せずに居られるか、なのだが。

 まあ私は理性的なので多分大丈夫だろう。理性が欲望に勝てた事は殆ど無い気がするけれど、最初から諦めてちゃ人生なんておしまいだよね。

 キメラになってる時点で人生はとっくにおしまい状態だが、そこは考えるまい。





 森を抜けて開けた道に出て、少し歩いたところに村らしきものを見つけた時、ふと私は主様へと問い掛けた。



「あの、そういえば聞いておきたいんですけど」


「何かな」


「主様の、人間の時のお名前って何ですか?」



 呼び名がわからなければ、人前で呼び様も無い。

 見た目が良い意味で特徴的なので特徴を上げていけばはぐれても見つけられるだろうし、そもそも嗅覚やらで見つける事も出来るだろうけれど、そのくらいを知っておかないと面倒が発生するかもしれない。


 ……っていうか、思い返すと私は私で自己紹介してなくない?


 まあでも人間時の名前なんて偽名だろうし、その辺は後でも良いか。

 主様に問われたら答える、で問題は無いだろう。

 宿を確保して落ち着いた頃に改めて自己紹介をすれば良い。

 我ながら名前も知らない相手に隷属したりセクハラしたりと大分アレだなと思ったが、受け入れられてるので多分大丈夫だろう。多分。



「……人間の時の名前、か」


「はい」


「キメラはあまり名乗らないんだが……まあ、他のキメラを思い出すに眷属キメラに教えている前例も多いから、問題は無いかな」



 あ、他のキメラとかも居るんだ。

 いやまあそりゃ居ても不思議では無いけど、と思った辺りで、主様はこちらを見た。



「僕の名前は、フェアツィヒトと言う」


「へあちひと」


「フェアツィヒト」


「フェアツィヒト、ですね!」



 覚えました! と敬礼して告げれば、ふ、と主様は笑うように目を細めた。

 子供が泥んこになって遊んで、帰る時に楽しかった! と笑顔で報告した時に親が見せる顔みたいな、何かそういう感じの笑みだ。


 ……まあ、うん、確かにさっきの私の滑舌は酷かったもんな……。


 日本人にはハードルが高いお名前だったが、キャラ名みたいなものと思えばわりと言える。大丈夫。呂律が回らなくなりそうでも、主様への愛があればどうにかなるさ。

 そう思っていた私は、主様と私で、微妙な認識のすれ違いを起こしていたとは気付けなかった。



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