険悪な雰囲気
「俺は医者だ。安心して検体になれ、変態ちゃん」
目を細め、ニィ、とガリヒョロ野郎、否、医者の口角が上がる。
「さあ抗体を調べよう耐性を調べよう! いや、ドラゴンの血液や肉から採取される成分か!? 血液だけでも万病が治り毒を殺せる素晴らしき薬品! 問題は人間の体質体温に合わない事だな」
興奮気味で瞳孔かっ開き状態だった医者は、急にすんっと真顔になった。
「ファイアドラゴンならその分だけ火傷を負う。勿論火傷なんてのは他の薬でどうにかなるから、他の薬でどうにもならない病などをどうにかするドラゴンの血液の方が優先されるべきだ」
ああ、と医者が一気に口角を吊り上げる。
「しかしここに大量のサンプルがある!」
「ぉ」
誰がサンプルだと言ってやりたかったが言葉が出ず、襟を力強く掴まれた。
そのまま踊るように方向転換をした医者は、私を引きずって奥へ連れて行こうとしているようだった。
「キメラが相手ならば命が続く限り、無限に採取が可能となる! 人間に害の無い夢の治療薬、それを叶える手段が今ここにあるとは、諦観者君も随分と良い検体を連れて来たな!」
「おい」
主様の呼びかけが聞こえた直後、パァンという音と共に真っ白だった診療所内が真っ赤に染まった。
天井も壁も床も、見事なまでに真っ赤な噴水で染め上げられる。
しかし、明り取り目的なのか患者の日光浴目的なのかそれともこういう場合を想定してなのか、受付の部分は天井の至るところから日差しが入る作りとなっていた。
その為独特なビフォーアフターは一瞬で元通りとなり、首が落ちた事で力が抜け、私を床にゴトッと落とした医者の首もまた、しばらくすれば元通りの位置に鎮座していた。
「随分とはしゃぐじゃないか、人を食らう化け物の身分で。餌でしかない人間を助けようと、それも害無く助けようと尽力するのは勝手であり、事実その思想は御高尚だがな」
ハ、と主様は喧嘩を売るように首を傾け、嗤う。
そんな主様の態度に、医者の顔からはごっそりと表情が抜け落ちていた。
正に死人の色とでも言うべきか、顔から完全に生気が失われ、人の形をした伽藍洞がそこに佇んでいるかのようだ。
否、正確にはちゃんとした人間の形すらしていないけれど。
「これは俺のだ、医者。許可なく手を出されるのは不愉快極まりない」
「……お前が執着を見せるとは珍しいな、諦観者」
ギィ、と医者の口角が上がる。
唯一ある左目は尚も伽藍洞を映している為、その笑みは酷く異様なものだった。
「今までなら好きに捌けと言って、寧ろ提供してくれたくらいだろう。どうした、いきなりそんな執着を見せるだなんて。お前の眷属は別に、好き勝手捌いても良いって扱いじゃなかったのか」
「使い勝手の良いコレを殺されるのは些か困る。タフなのは知っているが、俺以外に傷つけられ続けるというのも気に食わない」
「主様……!」
「言動と行動があまりに見苦しいなら反射的に殺すだろうし、それに関してはやむを得ないと判断するが、今はそうじゃないからな」
「主様?」
あっれ、凄い嬉しいというか、好意というか、守ってもらえたというか、そういうアレコレに感動してたのに何だか最後でサゲられた気分だ。
身から出た錆なのは間違いないし、そういう言動であるという自覚もあるし、キメラにとって一回殺すくらいならツッコミ入れるくらいの軽さで行われるようなので今更気にもしないけれど。
あと正直主様が私を守るような発言と行動を取って執着見せてるとか言われてたのが超嬉しいので些細なアレソレはヨシとしよう。うん。
主様の執着というより、医者の方が本気でヤバいという可能性もあるが、そっちは深く考えるまい。ガリヒョロに割く興味は無し。
「チッ……ドラゴンの体液が確保出来れば現状どうにも出来ない病状を治せるかもしれないのに。安楽死以外の可能性が発生するんだぞ? それをどうでも良いと見捨てるのか?」
「生憎、僕の人生には関係無い話だ。どこで誰かがどんな死を遂げていようと、僕に害が無いならソレで良い。暇潰しになるなら救いもするが、干からびているミミズにわざわざ水をやる気も無ければ土のある場所へ連れて行くなんて事も早々しない。それだけだよ」
「俺は医者だ」
医者は左手の指である注射器を見せるように掲げながら、主様を睨みつける。
「この指で苦しまない安楽死を与える事は出来る。が、医者は患者に寄り添い、そして最善の結果を出してやるべき存在だ。勿論患者の中には言う事を聞かずに悪化させる者も居るが、だからといって見捨てる理由にはならない」
「ハ」
医者の言葉に、主様は凶悪な笑みを浮かべた。
目を細め、首を傾げ、口角を吊り上げた、周囲のオーラがどろりとした真っ黒のモヤで埋め尽くされているかのような凶悪極まりない笑み。
「見捨てなかった結果が、貴様の周囲を巻き込んだ連行だろう」
「五月蠅い!」
医者が牙を剥いて怒鳴ると同時、二つの事が発生した。
一つは医者を抱きしめるように巻き付いていた茨がぶわりと動き、主様を絡め取って触手プレイのように拘束しようとした事。
もう一つは、茨に拘束されるのを察していたのだろう主様がバチバチと体の表面に電撃を放出し、その茨を焼いた事だ。
強力なカウンターを受けた医者はあちこちが焦げ、ぷすぷすと音と湯気を立てながらもゆっくり回復してゆく。
焼き千切られた茨もまた復活し、医者の右目から新しい茨がずるりと出て再び医者の全身へと絡みついた。
「…………お前は本当に苛立たしいな。ピンポイントで逆鱗に触れやがって」
「僕は事実しか言っていないとも。そっちが身の程を弁えて引いていれば、僕だってキミの心の柔らかいところを傷つける気なんて無かったさ」
「チッ」
「あのー、ちょっと」
ようやく声が出るようになったので、いきなり何だと振り向く二人に、私は床に転がされたまま口を開く。
「まだ全然動けないんだけど、これ大丈夫なヤツ?」
「俺の注射器はその特性上、大丈夫じゃない薬品しか入ってないからな。一回死んでリセットした方が早いと思うぞ。殺しついでに採取させろ」
「ふざけんな近寄んなガリヒョロ注射器野郎! 百歩譲って腕斬り落とされるくらいならともかく注射器だけは構えんな!」
指代わりである注射器は単体でも浮いて移動可能なのか二つ程がふわふわこっちに寄って来たが、フシャーッと威嚇して遠ざける。
注射器は全体的にお断りだ。点滴にも心の玉ヒュンが発生するのにそんなおぞましい先端を見せるんじゃねえ。
「あとガリヒョロに殺されるよりも主様に見下されつつローアングルで眺めるっていう絶景状態で顔面をゆっくり靴でぐりぐり踏みつけられながら突然プチッと潰されたい!」
「おい諦観者君、コイツ変態だぞ」
「別にこの程度なら気にしない。自分の立場を把握した上での要求だしね」
もし私が踏みつける側を要求していたら一発アウトで検体コースだっただろうが、私は正真正銘マゾ寄りなのでそこは常に上位タイプな主様と良い感じに噛み合っている。
だからなのか、主様はあっさりと私の顔面を踏んでくれた。
体重調節をされつつゆっくりぐりぐりと踏みつけられつつ、その重みと靴裏の感触に恍惚とした気分を抱いていれば、突然プチュンという音と共に意識が飛ぶ。
眷属の要望に応えてくれる主様、最高過ぎるな! ひゃっほう!




