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理性は溶けるもの



 ()()に追い出された、というかだんだん空腹を覚え始めていたのは事実だった為、主様を背に乗せて再び海の上で飛行タイム。

 間もなくして商船だろうなという船が見えた為、こっそりと二人確保して逃亡。

 やり方は簡単で、人気(ひとけ)の無いところでこそこそ酒を嗜んでいたお二人さんを捕まえさせてもらった。


 ……こそこそと悪い事しちゃ駄目だな!


 もっと悪いヤツがそれを文字通りの食い物にしちゃうのでマジで危ない。

 まあ人食いの化け物という悪いヤツどころじゃないこちらとしてはありがたかったけど。

 ともかくツバメがシュピンと横切るようにして二人の首を掴んで船から距離を取り、片方を主様、片方を私が食べた。

 途中で飽きた主様と交換になったが、こちらとしては主様のお残しを食べられるというハッピーイベントなので否やは無い。寧ろ最高に美味い調味料だと思う。


 ……そういえば、いつの間にかオッサン二人は死んでたなあ。


 首を掴んだ時点では仕留めていなかったので悲鳴くらい上げられるかもなあと思ったが、普通に衝撃と驚きと急な風圧やらの諸々で首のところが無残に伸びきって死んでいた。

 うーんコレは首つり自殺した人か死刑執行された囚人の遺体。

 千切れたりはせず体がぶら下がっているままだから良いものの、大分首の辺りが伸びきっていて悲惨なテルテル坊主となっている。

 まあどうせそのままむしゃむしゃするのでどういう死に方してようが気にしないけど。

 空腹が満たせたらソレで良いし、キメラの味覚からすれば人間は美味しいし、死に方、つまり調理法に違いがあろうとも美味しければそれでヨシ、だ。



「……うん」



 ふぅ、と腹が満たされた満足感のある吐息が背から聞こえる。



「空腹も満ちたし、空の旅も飽きた事だからそろそろ本気で飛んでもらおうかな」


「へ?」



 本気で、とは?



「あの、主様? 本気でっていうのは?」


「出せるだろう? 速度」


「確かに出せるような感じはあります!」



 そこで虚偽の申告をしたところで無意味な為、正直に答える。

 そう、今までのはバイクよりはそりゃまあ速度があるスピードだろうけど、飛行機やらに比べれば全然の速度しか出していない。


 ……主様、本読んでたしなあ……。


 あと尻尾とかで主様の体重や体温を感じつつ二人っきりの空間、加えて主様が私を乗り物扱いするという最高過ぎるシチュエーションを長く楽しみたいという欲望に負けたというか、はい、そういうアレで。



「ドラゴン自体、出そうと思えば相当な速度を出せるものだ。大陸間を移動するくらいは数時間で出来る程に」


「い、今までそこまでの速度出した事無いんで正直ちょっと怖いです! そんだけのスピード出して方向間違ったら色々アウトですし!」



 主に主様がブチギレそう。

 いや、それもまたご褒美だから私としては良いけれど、それなりに仕える使い勝手の良い眷属ポジションを捨てたくはないのだ。

 良い感じに利用価値があると思ってもらった方が侍れるし使ってもらえるしでマゾ的にベスト。



「良いから」


「ふぉあっ!?」



 尻尾を背もたれにし頭を足置きに、という体勢で座っていた主様が身を起こした。

 位置としては雲の上という中々の高度だというのに、その体幹は一切のブレも見せない。

 筋肉に相応しいだけの体幹が備わっているという事実にペンライトを振ってキャーキャー言いたくなってしまうが、冷静な自分も居るので流石にその欲望は抑え込んだ。

 というか今この瞬間に体勢を崩したりする方がアウト。

 主様にキレられるのはそれもまたご褒美だからマジで捨てられるレベルじゃないなら有りかなって思うけれど、それはそれとして使い勝手が悪いと思われるのは凄く嫌だ。

 都合の良い眷属でありたい、と身を強張らせる。


 ……って、うおああああああ温もり! いや温もりか!? ひんやりしてるから温もりじゃないな!? っていうか筋肉の圧が! ヤバい!



「…………あっつ」


「すみません主様! でも予告無しでそんな密着されて主様の豊満にミチミチしてる最高の胸筋を背中に押し付けられたら正気を失います! しかもドラゴンコルセット部分だと感触死んでるからアレなのに今触れてるのちゃんと生身の部分ですし!」



 生身と言うには服があるけれど、感触皆無に比べればずっと生身。

 そのドキドキによって思わず体温が上がってしまい、耳元から主様のダルそうな声が吐息混じりで聞こえ、また体温が上がるという悪循環。


 ……いやでも、コレで平常心保てるとか修行僧超えた何かだよ! 最早草の擬人化か何かでしかない! いや草とかの植物も受粉はするから多分それよりも無に近い何かしかMURI!


 私の背中にピッタリ寄り添うような体勢で、首に主様の腕が巻き付いていて、背中には主様の程良い脂肪がのった胸筋が密着していて、尻尾は主様の長くてしっかりした筋肉がついている足に挟まれていて、耳元には主様の口があって。

 もうコレ、エロいお姉さんが童貞ボーイをからかう時の構図でも中々に理性をぶち殺しに来てる時のヤツじゃないか。

 嗅覚と触覚と聴覚で理性を殺しに掛かってる。


 ……視覚的には殆ど見えてないのがまた強い……!


 見えないからこそ妄想で補完し興奮する、というのは常套手段。

 その状態でこの密着度。

 しかも超好みの体型と性格している異性。

 世の男だって突然背後からおっぱい大きくて良い香りがする好みのお姉さんにこんな密着されたら正気を保てるとは思えないし、もし保てるならソイツは既に去勢済みだ。

 股に男のアレがぶら下がっていようと、精神的な去勢済みに違い無い。

 そのレベルで凄い密着度なこの状況下で体温調節とか普通に無理。


 ……ただでさえ炎属性ってのもあって体温高めだし、興奮によっては体温上がりがちだからマジで無理だぞ!?


 体温が上がったとしても服がちょっとアイロンがけされたみたいになるかちょっぴり焦げ臭くなるか、という程度だが、この状況下では炎上するのも時間の問題というレベル。

 いや、接触している主様にダメージを入れるわけにはいかないから必死で心を凪の状態にもっていくしかないけれど。


 ……でもこの状況下で理性的になるとかどうすんの? お経? 私お経とか全然知らないから唱えらんないし、数字系も苦手だから素数も数えらんないよ?


 つまり頑張って萎えさせるしかないけれど、どうやって萎えろというのか。

 世の童貞ボーイが美女にからかわれたらガチムチ男を思い浮かべて萎えさせるのだろうが、生憎とソレは逆に燃料となるため大却下。

 ならばデブとかハゲとか骨と皮みたいなジジババの全裸を想像すれば良いじゃないとなるかもしれない。

 しかし、背後に密着する確かな感触と体温を無視してそんなモンをハッキリくっきり想像出来るような余裕は無いのだ。

 目の前に超美味そうな香りさせてる焼きそばがある状況下で焼きそば食べたい欲を抑え込めるだけのハンバーグを想像出来るかと言われたらそんな集中力あるわけねえだろとなるように、単純明快過ぎる不可能状態。

 もうコレ正気を失う以外の道が無くないか。サヨナラ理性。



「…………何だか気味が悪い程喋らなくなっているけれど、大丈夫かい?」


「何一つとして大丈夫じゃないです! 主様の体温とかその他諸々に大興奮の脳内を必死に理屈とか全く違う事に関連付けて思考を逸らそうとしてるのに全ての道が主様最高って結論に導かれるんですよ! 主様ってもしかしてローマだったりします!?」


「意味が分からない」


「褒め言葉ですね!」



 果たして今のは本当に褒め言葉だったのだろうか。

 こっちが勝手に褒め言葉認定すれば褒め言葉だが、今はちょっと混乱し過ぎて思考がパニック。

 今なら主様に靴の裏の泥汚れを舐めて綺麗にしろとか言われてもひゃっほい喜んで応じてしまいそう。

 いや、それは通常運転でもひゃっほい喜んで応じるし、その状態で靴を口の中にぐいぐい押し込まれたら大興奮で尻尾もビタンビタン舞い踊ることだろう。


 ……って、そういうこっちゃなくて!



「あの、これどうしたら良いんですか!? 今の私ってマジで思考が主様からの密着ヤッターって感じの思考一色で! 主様の感触に大興奮で! 私が無謀過ぎる命知らずだったら今すぐ主様を抱きしめて熱烈なキスをかましてそのままベッドに連れ込むところですよ!?」


「どこにベッドがあるんだか」


「んんんんん主様のそういうところ大好きです!」



 今のツッコミどころは明らかにそこじゃないが、そういうところも大好きだ。

 まあ今のは私によってベッドに連れ込まれるのを暗にオッケーしているわけじゃなく、単純にそういった状況下に陥ったら容赦なく殺せるからという事実による反応なんだろうけどさ。

 私の察し力は高いので、こういう時の推測は大体合ってる。


 ……結果的に何故か恋人が浮気してないかどうかの調査を頼まれた時期があったっけな……。


 尚、推測の通り浮気してる勢はその罪が暴かれて肩身が狭そうになってたのは申し訳なかった。

 いや、そもそも身から出た錆だし、好みの筋肉いなかったからどうでも良いけど。

 一応私に対して復讐しようとする輩は居たが、大抵は浮気男絶対殺すガール達が私を囮にする事で徹底的に叩きのめしてその県に居られなくしていたが。

 大学どころか県から追い出すレベルでやる辺り、熱量が凄い。


 ……お、よーしよーし思い出に意識を持っていけるくらいには落ち着いたっぽいぞ……!


 逆に言うと現実に意識を戻し過ぎるとまた発狂するという事かもしれないが、現実はいつでも直視し辛いものなので、はい。

 美女の全裸は直視したいけど直視出来ない、といったように、どれだけ最高だったとしても直視出来ないものはあるのだ。

 それがどれだけ全力で味わいたいものでも、堪能しておきたいものでも、それどころじゃなくなるものはある。

 幼少期にエロ本をうっかり見てしまってコレ見ちゃいかんヤツだって察して逃げたけどそれからも見たページが脳裏に焼き付いて離れず、あの時もっとちゃんと見ておけば良かったなみたいな、そういう経験がある者ならば私の気持ちもわかるはずだ。

 そんな経験ねーわって人は知らん。もうちょいエロに関心を持て。三大欲求足りてないと人間の心は死んでいくぞ。まあ私は人間として死んでるけども。



「良いから、早く全力で飛んでくれるかな」


「今この理性引き千切れそうな状況下で!?」


「全力が出せるなら良い事だろう。僕は早く陸地に行きたい。雲の上も海の上も、何だってあんなに代わり映えしないんだか……海の中の方がまだ見飽きないのに」



 ハァ、という吐息が耳に届き、思わずヤギの耳をピルピルさせてしまう。

 その熱のある吐息一つで理性が滅多打ちされまくりだという自覚がないのかこの変なところで天然な主様は。

 袋に入れたクッキーを重たくて硬い適当なものでドンガンドンガンやった結果の残骸レベルで理性がぶっ壊されてて本当にヤバい。

 もし私が男だったら股間のテントを隠せていなかったところだ。

 コレに関しては女で良かったとマジで思う。誤魔化せるもん。いやあんまり誤魔化せてない気もするけどさ。



「いや、でも、あの、マジで手加減無い全力スピードが出る気がするので、下手したら風圧でミンチになりませんかね!?」


「なるだろうね」


「ほらあ! 嫌ですよ私主様をミンチにしちゃうの!」



 エロ系作品特有の何故か服だけがサヨナラするタイプならともかく、性癖ド真ん中な主様がグロ系ミンチになるのはちょっと。

 わりと頻繁にグロ系ミンチとなっている私が言うのも説得力がないけれど、私はグロ系に対する素養は特にないのでそういう系はちょっと厳しい。

 もっとわかりやすいエロの方が好きなので。


 ……主様自身は電撃になって瞬間移動染みた動きも可能だけど、それはあくまで電撃姿になってる時だけで、通常時なら普通に風圧によるダメージ負うだろうしなあ……。


 つまり跡形も残らずミンチコースの危険性。



「別に、ミンチになったところで体の一部があればそこから復活出来るし問題は無いよ。キミが僕の腕を掴んでおけば、到着してから復活すれば良いだけだし」


「不死身のキメラだから出来る荒業ですけどもぉ!」



 マジで気にしてないみたいな声色で言われても、いきなりそんな事を言われた側としては困るの一言。

 オムレツに失敗しちゃった、大丈夫大丈夫スクランブルエッグにしてリカバリーしよう、って会話ならともかくお料理の時間じゃないんだぞ。



「…………ぐだぐだと喧しいな」



 粘って拒否していれば、低い声と共に舌打ちが耳へと響いた。

 同時、首へと巻き付いていた腕に力が籠められ、ぐい、と後ろへと引き寄せられる。



「俺はいい加減この光景を見飽きた。だから早く移動したい。そしてお前にはその手段がある。それが事実だ」



 ぐ、と首に鋭い何かが食い込む感触。

 主様の手が、爪が、皮膚を破らない程度に押し付けられていた。

 恐らく、皮膚を破り肉を抉った瞬間には激痛と認識されて痛みが皆無になるからこそ、まだ感触が伝わる程度、かつ恐怖を与えるの優先で爪を立てているのだろう。



「俺をあまり、不愉快な気分にさせてくれるな」



 わかるね、と耳に唇を寄せて脳に響かせるような囁きをされては、もう駄目だ。



「はひぇい……!」



 脳から、そして腰からくるゾクゾクした快感によって最後の砦とも言える理性がぶち壊されるのを感じながら、私は翼を大きく広げる。

 全力スピード、出しちゃうぞ!



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