かつて漁師だった海
私は初期にキメラへと作り変えられた、実験体だ。
最早生前の記憶は曖昧で、覚えている事と言えば真っ白いようで赤黒さに塗れている実験施設くらいなものだがな。
他に覚えているのは、青い海。船。沢山の家族たち。
けれどそれはまるで夢のように曖昧で、覚えているのは真っ白い世界で、自分を失いながら、何度も何度も様々な実験をされる光景。
「殺しても回復したぞ」
「毒はどうだ」
「効いていない様子だな」
「殺すのは一旦ここで停止しよう。これまでの成功例も十回以上の死亡で完全に停止する事が多い」
「毒が効いていない事についてはどう説明する?」
「他の実験体の様子からすると、精神的に干渉するものでなければ効果は……」
「脳への影響があるか無いか?」
「いや、この反応からすれば思い込みの方だろう。毒を使用する際、先に説明した方が効果はあった。人間としての理性が残っていて言語を理解出来るかも大きい」
「やはり人としての知能を残す必要性があるな」
「痛覚はどうだ」
「反応ありません。この個体は痛覚無しになったようです」
「痛覚の有る無しなら無い方が兵器としては有用だが、痛みで制御する案はどうする?」
「ベースとなる人格は人間だった頃の記憶がメインだ。それなら生きている間に逆らえないようにしてしまえば良い」
「他も人間の時点で幾つか実験をしておくか。それがどういった結果に繋がるのか調べなければ」
とにかく、白衣を着た人間が沢山居た。
私達はそれこそ独房のようなところに放り込まれていたよ。
その時、まだキメラを作る際の工程がハッキリしていなかった事もあって、私のような成功例は可能な限り様々な事を試された。
まったくもっておぞましい事だが、幾つかの国ぐるみ、いいや、下手をすれば大陸ぐるみだったのだからどうしようもない。
その大陸は私以降にキメラ化された者達が暴れ出した事で壊滅し、現在は地図上ですら存在を消され、ジャンク大陸と呼ばれている。
元は違う呼び名だったが、おぞましい記憶を過去とするには、新しい呼び名を使う方が気楽でね。
まあ、どうせ私は昔の大陸名を覚えていないんだが。
覚えているのは、その大陸は私の地元では無いという事だ。
私は船に乗っていた。
そう、確かパレット大陸から出た船だったが、大きな船に襲撃されてね。
そのまま奴隷船に乗せられ、売られ、実験体とされた。
人間を使用したキメラ作成となれば、それだけの材料が必要になるわけだ。
「……何故、私達をこんな化け物にしたんだ……!」
「戦争の為に決まっているだろう?」
人間としての自我が強くなった時にそう問いかければ、白衣を着た人間はそう答えた。
「今この大陸では、誰が全てを手に入れるかで争いに争いまくっている。一部の例外もあるが、そんな穏やかな国は他の国の戦争に巻き込まれてお陀仏さ。資金源にされるなりして破滅に向かう」
「何せ、この施設の目的に賛同してくれている国も多い」
「目的は、最強の兵器作り」
「疲れず、死なず、攻撃力は高く、人里を殲滅出来る力があり、積極的に人を襲う」
「人間のままでは世界に存在する魔力に言葉で干渉して方向性を定めなければ魔法を使う事は出来ないし、特定の魔法以外は適性が無くて使えない」
「しかし、魔物は違う。魔物であれば詠唱は要らない! 種族によっては人間に使用不可能な魔法だって思いのままだ!」
「だから作った」
「死ななければ永遠に動く」
「疲れなければずっと動く」
「眠らなければずっと動く」
酷く不健康そうな青白さを持つ男は、目の下に隈をこさえながら、それでも気味が悪い程爛々としている目を見開いて言う。
「兵器である以上、徹底的に強くなければならない」
「都市を殲滅出来るくらいの力があれば好ましい」
「しかし積極的にソレをするかどうかを考えれば、生態に組み込んだ方が早かった」
「だからお前達は数日で飢え、人を食らう。人間の自我程度では抑え込めない程の衝動だろう?」
「そうでなければ、兵器としては使えない」
「魔物の人格では碌に動かなかった。意思疎通も何も出来ないんじゃ意味が無い。作るのは無敵の戦争兵器なんだから」
「人間のように紛れ込み、人間のように作戦を理解し、そして化け物のように殲滅! それこそが目標とする存在!」
「更に製造が安定すれば、不老不死の方法も確立する!」
「痛みは無く、年老いる事も無く、死ぬ事も無く、そして無敵の強さを誇る、そんな存在になれる!」
「その可能性を前にして、動かない馬鹿が居るか!?」
「その為にキミ達が犠牲となったのは、まあ必要な犠牲だ」
テンションを上げていた男は、ネジが切れたようにテンションを下げてそう言った。
「何であれ、何かを作る際には犠牲が必要だからな」
「服を望んだ通り縫えるようになるまでには、沢山の練習が必要で、沢山の布が無駄になるように」
「人間を材料にするんだから、それ以上の人間が犠牲になるのも致し方ない」
「これまでも実験は繰り返してきたが、人間だけじゃ駄目なんだ」
「人間をそのまま魔物にする事は出来たが、駄目だった」
「兵器として使えないんじゃ意味が無い」
「人工的に戦争用の魔物を作り上げる事も出来たが、駄目だった」
「自我が無ければ調整出来ない」
「命令を聞き、自己判断が可能で、命令の意図を理解可能」
「そういう魔物を作りたいんだ」
「人を殺す事に特化した、そんな兵器を作るんだ」
「キミは珍しい成功例だから、これからも実験はさせてもらう」
「おめでとう、完成品」
「キミのような完成品のお陰で、もっと効率的になって、成功率が向上して、沢山の人間を沢山の化け物に出来るだろうさ」
それが一度の会話だったのか、何度も会話していてそれが継ぎ接ぎになったのかは覚えていない。
覚えているのはそれだけだ。
他にも沢山の人が居て、人間も居れば魔物も居て、私のような化け物も居た。
私と混ぜられた魔物が海の記憶だからこそ、私は実験される以外の殆どは、海を再現した水槽がある独房に居た。
頻繁に殺された。
頻繁に試された。
そうして腹が減って、寄越されるのは知っている顔で。
「ヒッ……! 来るな、来るな化け物!」
同じ船に乗っていた家族には、酷く怯えた顔でそう叫ばれた。
そうやって拒絶された。
けれどお腹が空いて仕方が無くて、そこに私の意思は無くて、私は本能のままに津波となって家族を食べた。
私の記憶でも海の記憶でも、海の魔物より津波の方が恐ろしくて、人を食らうといえばコレだった。
海の魔物なんていうのは対処可能だが、津波はどう足掻いたって対処なんて出来ないから。
「……とうとう俺の番かよ……。まあ、コレで他のヤツと会えるってんなら、これでこの地獄が終わるなら、それで良いさ……海の上じゃねえのが惜しいけどな!」
知っている顔を食った。
アレは確か、親父だった。
そうだ、私は親父を食ったのだ。
血の繋がりなど無い、船の上で得た家族。
同じ漁師をしていて、一蓮托生で、家族よりも家族な存在。
そう、私はかつて、パレット大陸で漁師をしていたんだ。
・
私達は港に住んでいた。
気さくな人が多い、良いところだった。
特に親父は良い人だった。
「何だ、お前。さっきからボウッとした顔で突っ立ちやがって」
親に捨てられて行く宛ての無かった私を拾ってくれた。
「港ってなると、人の行き交いが激しいからかお前みたいのは結構居るんだよ。残念な事にな」
「…………」
「だが、海の上ならそんなもんは関係ねえ! 船が沈めば一緒に死ぬ。船の上では皆平等だ。何せ状況が同じだからな! 俺っつー船長こそ居るが、海に沈めば皆死ぬのは変わらねえよ」
あの人はそうやってからからと笑う人だった。
そう笑って、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でていた。
「おら、他のヤツともちゃんと仲良くしとけ。お前もアイツらも、俺に拾われたって点じゃあ誰も変わらねえよ」
船員達も、家族だった。
血の繋がりは無いけれど、確かに家族だったのだ。
わいわい騒いで、酒を飲んで、遊んで、からかって。
とても楽しかったのを覚えている。
普通に漁師となった者も居れば、私と同じように捨てられ、親父に拾われた者も居た。
中には家出をしてそのまま漁師になった者も居たし、売られた場所から逃げ出してきたという者も居た。
しかしそれでも、過去なんて関係なく、私達は家族だった。
船長である親父を慕い、俺達は働いていた。
「パッショーネ! 随分と日焼けしたじゃねえか!」
「ハハハ! そうだろうそうだろう! 私も立派な海の男になったものだな!」
「言いやがる!」
海の上は波の音があるから、自然と皆は大きな声を出していた。
毎晩のように笑い合っているから、笑うというのが馴染んでいった。
ずっと日の下に居るから、肌は浅黒く焼けていた。
海に落ちても引きずり上げる事が出来るよう、髪を伸ばした。
伸ばした髪は潮風で痛んでいて、他の奴ら同様に酷い有り様ではあったが、実に海の男らしい様相となって嬉しかった事を覚えている。
気付けば逞しい男となっていて、家族と一緒に働けて、毎日がずっと楽しかった。
海賊の襲撃を受けて奴隷として売られ、実験体にされてしまうまでは、最高の人生だったのだ。
その実験の成功例となってしまったが故に、忘れていた。
「パッショーネ!」
そうだ、私は家族にそう呼ばれていた。
長い長い時間の中で、また私は家族の事を忘れていた。
化け物になって、よくわからない事をされて、よくわからないまま解放されて、よくわからないまま海を漂って、自分自身すらよくわからなくなっていたけれど。
私は生前、漁師だった。
確かに幸せな、漁師だったのだ。




