るんるんな旅路
積み木屋敷を後にして、人が通るのだろう道を歩く。
山の中の獣道と違って随分と歩きやすい。
……別に整備されてるってわけでも無いんだけど。
何なら田んぼ道とかの、整備されてはないけど草が生い茂るわけでもなくしかし車輪の跡はあり、みたいな感じ。
それでも油断するとこちらの足や腕を傷つけにくる木の枝が無いだけ動きやすさが格段に違う。
いや、怪我をしたところてチクチク痛い程度だし、どうせすぐ治るからあんまり問題は無いんだけど。
足場が悪くてもわりとどうにかなる体幹もある辺り、キメラという種族はありがたい。
……にしてもちょいちょい人が通るな?
ネイチャー大陸よりも発展しているからなのか、それとも人里が近いのか、この道に出てからちょいちょい人が通り過ぎていく。
積み木屋敷の近くは人気が少なく、居てもそそくさとその周辺を通り過ぎようとする様子だったので不思議な感じだ。
……まあ、自称姉の縄張り付近って考えると、なあ。
身の安全を考えれば早く通り過ぎようとするのは正解だ。
下手に近付けば死亡確定コースなのは間違いあるまい。
そう思いつつ、主様に置いて行かれないよう気を付ける。
……動きやすい服装で良かった!
あのハロウィン用コスプレみたいな服から既に着替え終わっており、現在は普通に可愛らしい恰好になっていた。
緑色で胸元がガッツリ開いたノースリーブのシャツに、白い短パン。
横ストライプの靴下はシャツと合わせた派手な色だし右はニーハイ左はハイソックスと左右で長さが違う状態だが、それもまた良い感じのワンポイント。
ニーハイを留めるかのように紺色のリボンが結ばれていて、多分きっとオシャレなのだろう。
……うん、正直あんまりわかんないけどな!
着れれば良い派なのでアクセサリー類の必要性はいまいちわからない。
相手が身に着けていて似合っていれば褒め称えるが、自分となると途端にバランスがよくわからなくなるのだ。
でも首につけられた飾り付きのチョーカーは、所有物感が強くて好ましいと思う。
思うだけで、組み合わせの是非はよくわからないけれど。
ただまあ主様が満足しているようなので私も満足。主様の機嫌が最優先案件だ。
「それにしても、他にもキメラって居るんですね!」
「何を当たり前の事を言っているんだい?」
人とすれ違う事が多い為、しっかり人間に擬態している主様が振り返りもせずそう返す。
着ていた服は飽きたから、と積み木屋敷を出る前にまた着替えた為、今の主様も私同様随分と動きやすそうな恰好となっていた。
七分丈のピッチリしたハイネックの黒いインナーに、前を開けた濃い紫色のウインドベスト。
下はグレーのズボンで、程良く緩めのライン。
足にピッタリ張り付く感じでは無く、しかしだぼっとし過ぎるわけでもないデザインだった。
途中までキメラ姿だったからか靴を履いておらず裸足だが、それすらも芸術的に思えて来る。
……いやあまったく、ベストの前が開いてるもんだからピッチリインナーの良さが最大限活かされちゃってるんだよな……!
みっちり詰まった胸筋、影がくっきり出来ている腹筋、そしてインナーに覆われているからこそハッキリした陰影が窺える三角筋と上腕二頭筋。
素晴らしい程にパーフェクツ。
左手首に装着された黒いリストバンドが男らしい手のゴツゴツさを強調してくれているのもポイントが高い。
主様の綺麗なご尊顔は見る人にスマートな印象を与えるが、ボディのワガママ筋肉同様、手も中々に男らしさが満ちているという素晴らしきギャップ。
ふとした瞬間、思っていたより太くて節があって長くて無駄な肉が無くてでもガリでも無くゴツゴツしている手に気付き、その度に私の中のメーターが高速で回転し始める。
何のメーターかは知らんが回るのだ。マニ車かな。そりゃあ今の私が最高ハッピーな状況になるわけだよ。回せば回す程徳が積めるぜ。
「僕達は案外、そこら中に居る。人間が知らないだけでね」
「そうなんですね!」
「まあ、それなりに数も減っているけれど」
「えっ」
「連続で殺すなり、聖属性で攻撃なりすれば死ぬんだ。数が減る事もあるさ」
それ以上に自分達で勝手に増えたり減ったりしているけれどね、と主様は言った。
確かに自称姉も妹を作ってはサヨナラ、って感じの事を言っていたような。
……妹、増減してるっぽかったし……。
増えるだけならともかく減っているとはどういう事だ。
いや、自称姉の事なので、お姉ちゃんと呼ばなかっただけで何度か殺したらやり過ぎた、なんて事がありそうだけど。
うーむ、マジでありそうで嫌だな。
……でも、
「他のキメラにも、会ってみたいですね!」
「正気かい?」
「そこまで言います!?」
本気で信じられない物を見る目を向けられた。
支離滅裂、かつ意味不明の発言をしたドン引き案件に対して向けられる目だ。
それなりに向けられる率が高いのでよく知っている。
「だって気になるじゃないですか、他の方! 自称姉ですらあんだけキャラ濃いなら他もそんな感じなのかなって思うじゃないですか!」
「…………自称姉は、アレでまだ無害な方だよ」
「えっ」
「妹に丁度良いと認識さえしなければコミュニケーションが取れるからね」
ソレは無害と言うんだろうか。
少なくとも妹認定を出された誰かからすれば無害では無い。
……まあでも、人的被害に関しては、うん、キメラの標準設定だしなあ……。
そこを言っちゃうと私も有害扱いになるので除外しておこう。
そもそもの生態が人食いの化け物なので仕方がない。
「まあ他も、コミュニケーション自体は自称姉より取れる者が多いのだけど……」
「どんな方がいらっしゃるんですか!?」
めちゃくちゃ興味ありますよ! と私は拳を握る。
「出来れば筋肉が素敵な方か巨乳な方を紹介して欲しいです!」
「僕がキミの願いに応えてやる義理は無い」
「わあいご褒美です!」
ですよね、と言おうとしたのに口から出たのはそんな言葉だった。
申請を無碍に却下される事がここまで心地良いとは。
これがブラック業務の最中、ハゲキモデブ上司に有給申請したら却下された、とかなら私でもバチクソにキレていただろうが、相手が主様というだけで歓喜に変わる。
合法的に下僕となれるって本当に何て素晴らしい異世界だろう。眷属キメラ万々歳。
「……キミは本当に理解不能な言動をするね」
「主様が理性吹っ飛ばすくらいに好みですからね! そうじゃなかったら幾ら私でももうちょっと理性的な返答しますよ!」
「倉庫の品を回収している最中に聞こえた会話からすると、そうとは思えなかったけれど」
「聞こえてたんですか!?」
「キミ、声が大きいんだよ」
部屋から出てきて次の部屋に入る際、主様はまったくこちらに見向きもせず無言のままだった為、存在を完全に忘れ去られているか認識から外されていると思ったのに。
声が大きいと言った時の主様は辟易した表情だったが、私としては踊り狂いたいくらいに喜ばしい事だった。
・
休まず歩いていると、途中で馬車とすれ違った。
この道に出てから既に何度か馬車とすれ違っているのだけれど、その馬車は随分と変わっていた。
移動用のバスみたいな扱いなのか、人を乗せている馬車は何度か見た。
しかしその馬車はもっと簡素で、乗っている人達の服装が随分とシンプル極まっている。
……ふーむ?
完全に通り過ぎて馬車が殆ど見えなくなってから、私は主様に問いかけてみた。
「あの、主様。さっきのって」
「奴隷商」
「アレがそうなんですね!? っていうか当然の顔して奴隷移動させてるんですか!?」
「僕が人間だった頃に住んでいたところでは、あそこまで良い扱いはしていなかったけどね」
時代か場所か知らないが、人間的生活は出来ているようだったし。
振り返らないまま、主様はそう告げる。
……人間的生活……出来てたかあ?
あんまりお風呂に入れてない感じだったし髪とかもボサボサしてたし服も大分粗雑なボロに見えたが、アレでも人間的生活の範疇内なんだろうか。
奴隷文化が無い時代の人間なのでよくわからん。
「まあ色んなところを見た印象からすれば、奴隷の扱いは地域差があるようだったから、ソレだろうね。この辺りは奴隷に対して人道的な扱いをしているんだと思う」
「もしや今から主様の過去話ですか!?」
「過去に得た知識の話であって、僕の過去とは何ら関係が無いよ。奴隷と関わるような位置に居なかったし、そんな自由も無かった」
……その話自体が過去話じゃないのか?
「主様、病弱だったんです?」
すごい蔑みの目を向けられた。もっともっと!
「どういう起承転結をすれば思考がそんな結論に辿り着くんだ、貴様」
「いえ、自由が無いって事はあんまりお外出歩けない体だったのかな、って。主様の姿勢の良さからすると貴族っぽいですけどね! まあ貴族知らないんで漠然とそう思うだけですけど!」
「少なくとも病弱では無かったよ」
病弱は否定されたが、貴族は否定されなかった。
主様は嘘を吐くタイプでは無い上に、面倒臭いと言いつつかなり正直に教えてくれるタイプなので、恐らく貴族だったのは正解だったのだろう。
どのレベルの貴族だったのか、どういったタイプの貴族だったのかは依然不明だが、教えてもらえたのが何だか嬉しい。
……まあ、いつでも処分出来るから何言っても問題無い扱いされてるのかもだけどな!
何だか処刑確定してる捕虜相手に秘匿情報を暴露してくれるシーンを思い出した。
TRPGとかでもやたら細かい日記とかが出て来るが、ああいうの、向こう側からすれば大分迂闊な行動ではなかろうか。
主人公達、そっから解決に向けて動き出すし。
でもリアルで考えるとそっからどう逃げ出すのかといった問題があり、黒幕側からすれば実質的には喋らないぬいぐるみにお喋りするようなもんなので仕方ない。
色々とお喋りしたい気分ってのは誰にでもあるしなあ。
「ただ、そうだね。当時の記憶はとっくに飽きてるから思い出したくも無いけれど、あの辺りでの奴隷の扱いは所持品という扱いだったかな」
「所持品」
「逆らうなら罰を与えるし扱いは野良犬以下。気晴らしに殺しても罪に問われる事も無ければ注意もされない。人語を話す道具、くらいの扱いだったね。生き物という扱いすら受けていなかった覚えがある」
「成る程! 今何か、主様の私への扱いのルーツがわかった気がします!」
拳を握ってそう告げると、ク、と主様が愉快そうに笑った。
細めてうっすら弓なりになった目でこちらを見つめ、薄い三日月のように口角が吊り上がっている。
「奴隷よりは、まだずっと良い扱いをしているつもりだが?」
「はい! その通りです! 主様の身の回りのお世話をさせていただける光栄には毎日感謝してますとも! 腹筋をなぞるように拭かせていただけたり髪を乾かさせていただいたりそのしっかりとした筋肉がついている腕を袖に通させるお役目をいただけたりするだけでも感謝感激雨あられなのに、そこに加えて主様の足置きなどにもさせていただけるとか本当に性癖やら興奮やらが満たされる喜びでめちゃくちゃひゃっほいうへへって感じですよ!」
「…………」
主様の表情に興奮しつつ正直に、んでもって全力で気持ちを告げたところ、本気のドン引き顔をされてしまった。もっともっと!
「…………僕としては、娯楽でしかない人間的食事を気が向いた時に取らせていたり、僕が飽きるからという理由とはいえ着替えなどもさせている、という点について言ったつもりだったんだが」
「はい! 普通に注文した食事も良いですが、飽きたからという理由で主様が残りをくださる時なんて皿まで舐めたいのを必死に抑え込んでるくらいには幸せです! 着替えも色んな服着せてもらえる上に合法的に視姦プレイしてもらえるなんて最高ですよ!」
「………………」
主様は真正面を向きながら一度、すん、と鼻を鳴らし、真顔のまま目だけをぎょろりとこちらに向け、バチリという閃光が弾ける。
どうやら一回殺されたらしく、気付けば地面に転がっていた。
太陽の光があるので地面や服に付着した血はとっくに消滅済みであり、電撃を伴った手で頭部だけを粉砕されたらしく、服にはそれらしい破れなどは見られない。
……ちょっと土で汚れたくらいだな。
叩けば落ちるくらいなので問題無し。
寧ろ個人的には、ふと気付いた瞬間に主様に温度の無い目で見下ろされていたというアングルが大変よろしいのでとってもハピネス。
ローアングルは良いぞ。
絶対零度の瞳では無く、ただ温度が無くて無機質な目、というのも良い。
低いテンションゆえに暗い赤色状態である目が、横長の瞳孔がぎょろりとこちらを向く瞬間は本能的に背筋がゾゾゾと粟立つが、それもまた過ぎ去れば快感である。
「ありがとうございます主様! ご褒美です!」
「…………近くに人の気配が無いから不愉快と思ったままに殺したわけだけど、キミは本当にブレないね」
「主様が素敵である以上、私はブレませんよ! なんせ超ド性癖である相手が目の前に居る上、一切揺らがず主様のままですから!」
「そういう意味不明なところは目新しくて愉快なんだが」
ハァ、と主様は疲れたように溜め息を吐いた。
そのけだるそうな顔も嬉しい表情差分って感じで私のテンションがまた上がるのだが、気付いてないみたいなので言わないでおこう。
性癖の供給過多で大変嬉しい。




