性癖にはいつだって忠実に
表の通りに露店が増えて来たから、という主様に続いて宿を出る。
村とは違って随分と賑わっている印象だ。
……うーむ、見事な露店通り。
半分は食べ物系を売っていて、残りは飲み物だったりアクセサリーだったり絵だったり旅人向けなのだろう小物だったりを売っている。
色々と目新しくて仕方ないが、すたすた歩く主様は一切こちらを気にしないので置いて行かれないよう気を付けてついていく。
主様の事なので、はぐれたが最後、多分マジで放置される。
……一応優れた嗅覚があるし合法的に主様の匂いをくんかくんか出来るとはいえ、はぐれるのはなあ。
背筋をピンと伸ばして無駄のない動きでスタスタ歩く主様が超格好良いので、その姿を見逃したくはないというのもまた本音だ。
そう思っていれば、主様がとある露店に視線を向けてピタリと止まる。
「……おや、チョーカーではないですか! 良い品揃えですね! バングルも露店にしては随分と質が良いような」
「おっ、兄ちゃん目利きだねえ!」
好青年モードに入った主様の言葉に、アクセサリー類を売っていた露店の主であるおいちゃんがニッと好意的に笑う。
良い感じにシワがあって魅力的だが、筋肉があるどころかガリ寄りなのが残念なところ。
「うちで取り扱ってるのは、ちょいと訳ありの品でね。質自体は上等なのさ」
「しかし、訳ありにしても些かお値段が手頃過ぎませんか?」
顎に手を当てた主様は、うーん、と困ったように眉を顰めて露店の前にしゃがみ込む。
「明らかに桁が一つ違うような……」
「まあ実際、素材やら手間やら考えるとそうなるらしいが、俺の知ったこっちゃねえからなあ」
そう言っておいちゃんはケラケラ笑う。
「ってえのも、俺はただ引き取っただけでな」
「引き取った?」
「あそこ、今は他のヤツが買い取って冒険者向けの装備を扱う店になってるんだが、その前は服屋でよ。それも一風変わった服屋だったんだ」
「ああ、そうそう、それも不思議だったんです!」
今思い出したとでも言うように、主様はパンと手を叩く。
「数年前に僕がこの町へ来た時、あそこには服屋があったような、と思ったんですが……やっぱり合ってたんですね!」
「まあ確かにそうなんだが、一風変わってたもんだから品物が売れねえんだなあコレが」
ありゃしゃーねーよ、とおいちゃんは口の端から、ぷへー、という横に広げた笑みで溜め息を吐く。
「色合いもデザインも奇抜で、変わったのが好きな貴族の道楽にしかならねえような服ばっかりだ。冒険者向けってんならそういうデザインもあるだろうが、冒険者向けってわけでもねえしな。あくまでデザイン優先なもんだから防御力はあったり無かったりとまちまちだし」
「それで、そのまま閉店してしまったんですか?」
「おう。本人も余生で趣味に走っただけだからっつってたな。んで実家に帰るってぇんで、わりと交流のあった奴らが店仕舞いん時に余ってた品物を貰ったってわけだ。俺の取り分はこういったアクセサリー類だったってこったな」
「成る程、タダ同然で仕入れたからこのお値段なわけですね!」
「それもあるが、見ての通りにデザインが良くても実用にゃあ向かねえのばっかだからってのもあるぜ」
ホラ見ろコレ、とおいちゃんが骨と皮だけみたいな指で示すのは綺麗な腕輪。
「見る分には良いが、実際に身に着けるとなると面倒なんだ。似合う服を着るのも手間だし、そもそも普段使いがし辛いデザイン。特に一般人からすりゃあ、つけてたところで洗い物の邪魔でしかねえ。踊り子業してるようなヤツに時々売れる程度でしかねーのよ、ここに広げられてんのは」
「ふぅむ……確かに華美過ぎると一般的な服には似合いませんね」
「兄ちゃんなんかは結構変わった服着こなしてっから似合いそうだけどな。隣の背の高い姉ちゃんも。安いし良かったらどれか買ってかねえか? 冒険者の場合、やっぱり何かしらの効果があるヤツのが良いか?」
「ハハ、僕らは冒険者じゃありませんよ」
爽やかに微笑んだ主様は、僕らはただの旅人です、とおいちゃんに告げる。
「確かに冒険者染みた格好をしている自覚はありますが、コレはあくまで好みの格好をしているだけですし。こういう独特の格好、目新しいので好きなんです」
「はぁん、だからあの服屋についても知ってたわけか。普通のヤツはああもカラフルな色合いの服屋にゃ近付かねえもんなあ」
成る程成る程、とおいちゃんは頷いた。
「んで、買ってかねえか? 複数買うなら安くするぜ?」
「ではあるだけ全部いただいても?」
「よーしちょっと待ていきなり過ぎて俺の心臓に悪い」
言いつつ待ったの形で手を前に出したおいちゃんは眉間を揉み、怪訝と困惑が混ざった目で主様を見る。
「全部?」
「もしここに無い物もあるなら全部いただきたいですね。僕は旅人でしかないから性能は気にしないのですが、やはり見栄えのする品物には惹かれてしまうので!」
「俺としちゃあ、ひたすらにありがたい話だが……いくら安くてもそれなりの値段にはなるぞ? あと単純に量が多い。あるのはここに広げられてる分だけだが、嵩張るだろ」
「こんな格好しつつも伸び伸び旅人やれるくらいなので、問題ありませんよ?」
「あー、成る程。兄ちゃん案外ボンボンなわけだな。んじゃ問題ねえか」
あの服屋の客、変わったボンボン多かったしなあ。
おいちゃんはそう言って主様と簡単な交渉をし、代金と引き換えに広げられていたアクセサリー全部を主様へと引き渡す。
私は主様からぽいぽい渡される品物を袋の中へと慌てて突っ込む作業をするだけだ。
長い袖が邪魔でやりにくいけれど、袖を捲る隙を貰えなかったので取りこぼさないよう気を付ける。
……というか普通にこの袋を持たされてるわけだけど、これって地味に荷物持ちでは……?
持ち逃げするようなヤツじゃないという信頼をしてもらえてるのは嬉しいから良いか。
寧ろ荷物持ちをさせてもらえるという喜びの方が大きいかもしれない。
主様のいいように使われる所有物とか、マゾ的には最高過ぎるポジションである。
……一応そういうお店でお金払うえばそういう扱い受けられるけど、何か違うんだよな、ああいうのは。
働いているサドの方々はお仕事でサドやってるだけの方も居ればガチめにサドの方もいらっしゃる。
ただし共通しているのは、めちゃくちゃ気遣いがあるという事だ。
お仕事でやってる側なのはサドじゃないという事もあってちくいち気にしてくるのは勿論の事、ガチのサドの方もまためちゃくちゃ気遣ってくれる。
というのも、マゾは際限なく喜んでしまうので、アウト状態へと陥る前に気付かなければならないのはサドの方なのだ。
マゾはうっかり喜んでしまうので、縄の痣が残る程度の後遺症に留める事が出来るかはサドの技量が重要となってくる。
勿論やり過ぎれば殺人事件になりかねないというのも事実だが、好きなように使って欲しいという欲求があるのも事実なのだ。
……でもなー! あくまでお店でのやり取りで終わるんだよなああいうのって!
もうちょっとナチュラルにこっちの予定とか聞かずに今すぐ来いとか言われて財布兼荷物持ちとして買い物に同行させられたい。
友人に言ったらドン引きされた上にお前ソレは都合の良いATMだし世間的には被害者ってヤツだぞと言われたが、私が求めるのはそういう系なのだ。
過剰に痛いのは普通に嫌なソフトマゾなので、そのくらいの扱いが嬉しい。
仕上げにアイスで汚れた手を突き出されて舐めろとか言われたら大歓喜するくらいなので、本当そういう恋人が欲しかった。
大学で出来た女友達の恋人がそんな感じだった上に女友達自身は別れたがってたのでその恋人さんに全力でアピールしたところ、めちゃくちゃ嫌がって拒否られた上に大学辞めてまで逃げられたが。
……その女友達には喜ばれたけど、私が望んでたのは違うんだ……。
ジムに通ってるらしくてわりと本気でしっかりめにガチガチした筋肉だったのもあってめちゃくちゃアピールしたのだが、全力で拒否られて悲しかった思い出。
友人にはお前確かに相手から見りゃ全てにおいて都合が良いけど正直過ぎる変態だからメリットよりも精神的ダメージがデカくてMURIとしか言えねえんだよなと言われて思わず頭突きをしてしまったものだ。
うっせえんだよ彼女出来るけど毎回長続きせずに終わってる細身野郎がよ。もうちょい厚みのある筋肉になってから言いやがれ。何の話だっけ。
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店仕舞いしたおいちゃんにさよならして、またスタスタと歩き始めた主様の背を追いかける。
おいちゃん曰く、主様が結構気に入っていたらしい服屋の人は先程言った通りに実家へ帰ると言って去ったそうなのだが、どうも実家に帰るまでの道で魔物に襲われたのか行方知れずらしい。
すぐ近くに実家があるからこそ、すぐに帰って来てないというのが発覚して周辺を捜索する事になったんだとか。
そしたら荷物は放り出されているわ血痕はあるわ本人は居ないわで、物取りではなく魔物に襲われたのだろうという事になったらしい。
……こういう時、普通なら残念でしたねとか気を落とさないでくださいねとか言うんだろうけどなあ……。
お気に入りの服屋が閉店していた上に店主が死んでいるという事実。
通常なら主様に対してそう声掛けするのが自然な気がする。
残念だとか気を落とさないでとか無関係なヤツが言うにしては無神経過ぎる気もするが、日本の感覚ではコレが通常なのでこういったワードしか出てこない。
しかし、主様はそういうのを好むタイプじゃない。
……そういうワードもそうだけど、そもそも落ち込んでるとか思われる事自体を嫌がられそうというか……。
まだ数日の付き合いだが、主様の様子を見る限り、同情とかを物凄く嫌うタイプだと思う。
同情のような、同じ目線あるいは上から目線に感じるような態度が地雷という気配がする。
特に私のような眷属、つまりは下である立場の存在にやられたらガチギレするんじゃないだろうか。
私は賢いのでこういう部分での察しの良さには自信がある。
友人にはその察しの良さを自制心や自重に使えば良いのに何で性癖に全部をつぎ込んでるんだよと言われたものだ。
性癖に一致するかどうかを嗅ぎ分ける以外に一体何に対して察しの良さを使えって言ってたんだろうアイツ。
……よし!
とりあえず正直に真正面から行って見よう。私の取り得はそれだけだ。
「主様!」
「うるさい」
「ごめんなさい! ところで聞きたいんですけど!」
「何かな」
「服屋さんの件で主様に対して残念でしたねとか言うのは確実に不敬ですよね!?」
「おや、よくわかっているじゃないか」
一瞬だけ顔を振り向かせた主様は、ふ、と楽しそうに目尻を緩めて口角を上げる。
「もしこの僕に対してそんな態度を取ろうものなら、人目のない場所へ移動すると同時に殺していたよ」
「ですよね!」
「だからといって僕の全てを理解したような態度も気に食わないけれど」
「大丈夫です! 主様はいつだって素晴らしさが更新されているので! 瞬き一つすらも私にとっては全てが新鮮に美しく見えてますよ!」
「…………それはそれで気持ち悪いな」
「褒め言葉です!」
それなりに本気のトーンで言われたその言葉にわあいと喜ぶ。
主様のこういう正直なところが大好きだ。
何よりも全部ハッキリ言ってくれるのでわかりやすくてありがたい。
……行動原理とか思考回路は結構わかりにくいけど、言葉が正直な分わかりやすさはあるもんな!
主様の考え方は、多分めちゃくちゃ衝動に正直なんだと思う。
だからこれがこうだから気に食わないといった理由ありきのものというより、単純に不快と思ったから不快、という感情や衝動優先のものだと感じる。
まあだからといってどうという事も無いのだが。
それが合っている確証も無いし、だからといって主様に変化があるわけでもない。
主様の素晴らしき顔の造形とか筋肉の完成度とか全体の神々しいバランスとかが最高ならソレで良い。
他に何を求めるというのやら。
性格だってその気まぐれさがパーフェクト。
マゾは基本的にお猫様タイプに服従するのが喜びになる存在だ。
「……まあ、服屋の件については残念だと思うけれど、良い品が手に入ったのは事実だから問題無いよ。適当に色んな町を巡れば一定の感覚でそういった服屋はあるし、何なら仕立て屋のところへ行けば大体の注文は受けてもらえる」
「仕立て屋? 専属の仕立て屋さんがあるんです?」
「キメラの呼び名さ。腕が良い上にキメラだから寿命の心配もない」
「あ、ああー成る程ぉ……」
確かにキメラは寿命が随分長いようなので、一般的な服屋などでは寿命的な問題が発生するのも仕方がない。
それこそ商会云々では関連した店があるかもしれないが、今までの会話からすれば主様が好む服は飽きにくいだろう独特のデザイン。
となると個人店の方がヒットするだろうし、主様の寿命的に考えれば既に何度か寿命などのどうしようもない問題による閉店もあった事だろう。
つまりよくある事で、同情も何も、という事だ。
……ベーコンポテトパイが数年ごとに復活するみたいな事だよな……。
何か違う気もするが、ソレが終わる事に対していちいち同情されてもなあ、という感じだと思う。多分。
アレは美味しいけれど一時的にしか復活しないのが残念だ。
いやまあ正式に復刻したらあんまり頼まない可能性が高いので、一時的な方がじゃんじゃん頼む事になって資金的な回収が捗るんだろうけど。
ベーコンポテトパイついでにドリンクが売れれば尚の事良いし、終わる前に行こうってなって集客率も上がりそう。
……うーむ、期間限定の上手な使い方だよなあ、アレ。
期間限定はヘンテコなのが多いイメージだが、人気商品が定期的に期間限定、というのはわかっていても踊らされてしまう。
そういう定番系期間限定を世間ももっと作れば良いのに。
まあ定番になってるのに期間限定って何だよって話だが。
「それにしても、キミにしては静かだったね。もう少し話すかと思ったら」
「話した方が良かったですか!?」
「いや、キミは何を言い出すかわからないから喋らない方が良い」
「ですよね! あと単純にあのおいちゃんちょっとガリ寄りだったんで好みと外れてました! 良い感じに枯れてる感出てるのは渋みがあって好きなんですけど、やっぱり筋肉が無いと駄目ですね! 骨と皮はちょっと! 筋肉が分厚くて美味しそうに脂肪が乗っててヨダレ垂れそうになる感じが好きです!」
「そこまで言わなくて良いしそういう事は喋らなくて良い」
「あっでも女性だったらおっぱい大きい人か良い感じに筋肉ついてる方が好きです! 腹筋が程良く割れてたり腕の筋肉がくっきりしてる感じとかが好きですね! 女性の場合はあんまり筋肉筋肉してて引き締まり切ってると何か好みと違ってるんですが、おっぱいがあるムキムキって感じのアマゾネス感はわりと好きです! ただし男女関係無く巨乳は好きですがデブは論外です! 主様は好みの中でも最高位です!」
「僕を他の不特定多数と比べる事自体が不愉快だな」
「そうですね! 主様の素晴らしさは最高位超えて最早別枠で追随を許さない殿堂入り枠ですもんね!」
「……僕が不愉快に思った点を的確に理解した上で本心からそうまで言えるのに、どうしてやかましいと思っているのは察しないんだい?」
「私は自分の性癖に正直なのでそこは覆い隠せません!」
「ああ、そう」
呆れたように溜め息を吐かれたが、その溜め息すらも芸術作品のようで興奮する。
私が稀代の画家だったなら「現代へ舞い降りた神の憂い」とかタイトルつけてその美しさを再現しきれない事に嘆きながらも必死で描き上げようとしていた事だろう。
残念ながらそう大した絵心が無いので出来ないけれど。
……ハー、それにしたって顔が良い。
主様はどうしてこうも他の万物が霞むレベルの美しさを持ってるんだろう。
前世で強姦されかけた女神を五人くらい助けたのかな。
そのレベルで美しい上に不死身とか、神にめちゃくちゃ愛されているとしか思えない。
まあキメラである時点で神に愛されてるどころか全力で拒絶されているのだが。




