5:『たまには都会を』
カントリーロード・5
『たまには都会を』
こんなわたしだって、たまには都会の真ん中にいる。
けして好きこのんでというわけではなく、列車や長距離バスの乗り継ぎの都合で時間が空いて、都会の道をうろついていることがある。ごくたまなことなので、結構楽しかったりする。わたしは基本、好きなことしかやらない人でもあるので、コンセプトから外れているとは言えない。
紫陽花の季節だったけど、珍しく、そよ風の上天気。
わたしは、東京駅のコインロッカーにバックパックを預け、渋谷を目指した。胸にドーンと紫陽花の花が咲いたTシャツに、ボトムはジーンズの短パン。温度変化用にチョッキをギンガムチェックのキャンパスバッグに入れて、昼を挟んで、五時間ほどの冒険。
わたしは景色が見たいので、山手線十個の駅をゆっくり数えながら渋谷に着いた。
ハチ公広場に立って、道玄坂から井の頭方面を目指してみようと思った。街の賑わいよりも、景色そのものの変化を楽しんで見ようと思ったのだ。
緩やかな上り坂になるので、髪を高い位置でポニーテールにした。ハチ公とツーショットでシャメって、道玄坂を目指す。「麗郷」って中華料理屋さんのところが三叉路になっていて、右の道が下り、左の道が上りになっていて、景色として面白い。なんだか運命が分かれる分岐点のようだ。アニメの『時をかける少女』にも同じような場所が出てくる。真琴が千昭との運命を変えようと何度もタイムリープを繰り返したところ。あそこにそっくり。
わたしは、ここに佇んでいる自分の写真を撮りたかった。人見知りなわたしは、何人か見送ったあと、人柄良さげな休日のOL風さんに声をかけて、デジカメを渡した。
「これでいいかなあ」
八枚ほど撮ったところで、モニターを見せてくれた。人柄と写真の腕は比例しない。でも、せっかくの好意なので、御礼を言う。
――ま、何事も思い通りにはならないよね――そう思うことにした。
「こんなのどうだろう?」
明後日の方から声がした。気づくと、左側の道の向こうから、カメラを三台ほどぶら下げたオジサンが、助手のような女の子を従えて立っていた。
「わあ、すごい!」
いつの間に撮ったんだろう、わたしの写真が百枚ぐらい撮られていて、中には、わたしのお望み通り、いや、それ以上の写真が何枚もあった。
とりあえず、スマホで撮った分を転送してもらった。
「この写真、雑誌に使っていいかな? むろん匿名にさせてもらうけど」
ヒゲまみれの日焼け顔の白い歯、直感でOKにした。
「もし、よかったら、道玄坂のここに寄ってもらえないかな。友だちの事務所で人を探してるんだ。君ならピッタリだ」
そして、その人のと、お友だちの名刺をもらった。
マックでお昼にしながら、名刺をもとにウェブで検索してみた。二人とも有名人だった……!
こういうのって苦手なんで、わたしは、そこを無視して歩き出した……はずなんだけど、なんという方向オンチ、わたしは、そうとは知らずに、その事務所のビルの前で道に迷ってしまっていた。
「あ、あなた、来てくれたのね!」
助手をやっていた女の子に発見されてしまった。
「先生、彼女来ましたよ!」
「あ、あの、その……」
あっと言う間に、スタジオに連れて行かれた。
「へえ、君は景色としての渋谷が好きなんだ」
「それも、谷がいいと言うのは斬新だな!」
二人のオジサンは、とても話させ上手だった。口べたなわたしが三十分も渋谷や、旅について語らせられた。で、気がついたら、気持ちよくリズムを取りながら歌まで歌っていた。
「キミの『カントリーロード』は明るくていいね……」
「見ろよ、こんな表情は……」
二人のオジサンは、他のスタッフも交えて、楽しそうに話している。いつのまにか、写真どころか、歌っている姿までビデオに、しっかり撮られていた。
「キミ、うちでデビューしないかい!?」
一時間後、話は、そこまで飛躍していた。「こりゃまいった」という自分と「試してみたい」という自分が二人いた。
「ちょっと、一人で考えさせてもらえませんか」
一人にしてもらって、わたしは、隠しカメラがないことを確認した。
そして、胸に手を当てて心を取りだした。
「だいぶ成長したわね……」
わたしの心は、小さなハトぐらいの大きさで、赤く灯りながら息づいていた。
「……よいしょっと」
わたしは、心を二つに分け、オレンジ色に灯る一つを胸に収め、もう一つに軽く息を吹きかけた。心は、空中で二回転ほどして、もう一人のわたしになった。
「あなた、SBY24の則子さんに似てるわねえ」
あれから一年、旅先で、よく言われるようになった。
もう一人のわたしは、前野則子としてアイドルをやっている。
もう一人のわたしは、なるべくイメージが被らないようにして、旅を続けている。
二人になったわたしは、いつか、もとの一人に戻るのか。はたまた、もう一人別の自分が生まれるのか……。
とりあえず、カントリーロードの三叉路で行き先を決めかねているわたしだった……。