4:『駆け落ち』
カントリーロード・4
『駆け落ち』
八重桜も散って、もう初夏と言っていい季節のことだった。
ま、いいか。
わたしは、簡単に諦めた。電車の中に帽子を忘れたことを。
今回も、洗濯物を干していたら、名残の春風に誘惑されて、ふっと飛び出してきた。だから、帽子なんか適当。なんかのキャンペーンでもらったキャップだった。
バスの時間も迫っていた。で、改札から走ってなんとか間に合った……それが、バス停五つ行ったところで、突然の故障。
「申し訳ありません、代車の手配をしましたので、しばらくお待ち願えますか」
運ちゃんは、済まなさそうに車内放送をした。乗客の反応はまちまちだったけど、大人しく待っていようという点で一致していた。
「すみません。わたし、ここから歩きます」
と、簡単にバスも捨ててしまった。一キロほど先の峠に見事な八重桜が見えたので、後先を考えていないというか、インスピレーションを大事にした。バスの故障なので、料金は取られなかった。降りてチラ見したら、バスのナンバーは「4989」の四苦八苦だった。降りて正解だと思った。
八重桜は、背は高くないんだけど、サッカーコート一面分ぐらいの群落になっていて、それは見事だった。
年甲斐もなく、妖精になったような気持ちで、八重桜の中を飛び跳ねた。数分そうしていると、うっすらと汗ばんできた。リュックからスポーツドリンクを出して一気飲みした。爽快だった。今のわたしを写真に撮ったら絶好のスポーツドリンクのPRに使えると思った。
峠の下にバスの気配。これに乗れればグッドタイミングだと思ったら、バスは峠下の脇道を、あさっての方角に曲がって行った。双眼鏡でバスを見ると、ナンバーは「4989」だった。どうやら代車が来るまでに故障は直ってしまったようだ。スマホでルートを検索すると、それが正規のルートだと知れた。
まあ、偶然なんだろうけど、インスピレーションに従って良かったと思った。あのバスに乗っていては、この八重桜は、遠くから指をくわえて、おしまいになっていただろう。
さて、帰り道。
来た道を戻るのには抵抗があった。なにより日差しが真ん前からくるので、暑くてかなわない。反対側にいけば駅まで五キロ。まあ、歩けないことはない。
一キロ歩いて後悔した。南中した太陽は帽子を被っていない頭を直撃する。さっき飲んだスポーツドリンクが汗になって流れていく。
それは、突然現れた。
道の脇が空き地になっていて、そこに可愛い車が停まっていた。助手席の女の子と目が合って、瞬間互いに微笑んだ。しかし、なにか人違いしたんだろう、すぐに表情が萎んでしまい、俯いてしまった。わたしは気まずく、先を急いだが、助手席から女の子が出てきて声を掛けてきた。
「あのう……」
「はい?」
「峠の向こうから、人が来る気配無かったですか?」
「あ……いいえ」
そう答えて、わたしは流れる汗を、タオルハンカチで拭った。
「あの……もしよかったら、この車で休んでいきませんか?」
「どうもすみませんね……♪」
後部座席でもらったスポーツドリンクを、半分ほど飲んだ。
「どうせ、駅の方には行きますんで、乗っていってください」
運転席の男の子が、緊張気味に言った。
「ありがとうございます。地獄で仏です!」
「はあ、どうも……」
それから、しばらく気まずい沈黙が流れた。
「あの……だれか待ってるんですか?」
「ええ……まあ」
「だから、携帯ぐらい持ってくるべきだったのよ」
「携帯なんか持ってたら、駆け落ちに……」
「え……駆……け落ち?」
「あ、今のは……」
「聞かなかったことに……」
「あ……はい」
また気まずい沈黙になってしまった。
「この車、ちょっとクラシックですね。でもなんだかカッコイイ」
「でしょう。ぼくの自慢なんですよ。ホンダN360っていいましてね。後ろのハッチバックなんかイカシテて、水中メガネなんてあだ名があるんですよ。純正品なんですよ、車仲間でも有名なんです。これで出てきたんだから、ボクの覚悟の程も家族に通じてるはずです!」
「四十年前の車なんだそうで、これでその……なにしたら目立つだろうなって」
「あ、目立つんじゃなくて、オレのコンセプト。頑なまでにスタイルと意地にこだわった」
「……でも、だれも追いかけてこないよ。家からここまでは一本道だっていうのに」
「……あの、駆け落ちしたん……ですよね?」
「だれも追いかけて来ない駆け落ちなんて、ぼくのコンセプトに反する!」
どうやら、二人は、追いかけてもらって、発見してもらい、葛藤の末の劇的な展開を期待していたようだ。
夕方まで待って、けっきょく誰も追いかけてはこなかった……。
「どうだろ、わたしを一日案内していたら遅くなっちゃったってことで、わたしのスマホでお家に電話……」
「……あ、それアイデアかも!」
「そうだよね、こんなに心配されないんじゃ張り合いないもんね」
で、二人は無事に家に帰った。わたしは二人の友だちということになり、女の子の家で歓待され、一晩泊めていただいた。二人は書き置きもせず、預金通帳も着替えなども持たずに家を飛び出した。携帯はただ忘れたと思われ、ホンダN360も、家族には、ただのポンコツ中古車としか認識されていなかったようだ。
わたしには、こういう妙な付き合いの友だちが多い。これもカントリーロードのおかげ。洗濯物が少し気になったけど。ま、いいか……。




