鎧の男
「ぅ...うっ......」
子供の泣く声が聞こえる。久しぶりに聞く人間の声だ。辺りには他のモンスター達の気配も増えつつある。人間の子供は奴等...いや、我々にとっては素晴らしく美味いらしい。
身を起こして剣を携える。両刃で威力もあり、重量もかなりあるのだがモンスターになってからは軽々と振り回す事が出来るようになった。
いくらモンスターになったとはいえ、子供がモンスターに食べられる所を黙って見ていられる程薄情になったわけではない。どこか人間らしい心も残っているようだ。それが自分にとって得か損なのかはわからない。
「面倒な奴が集まってきたようだ......」
一匹の犬野郎が飛んで獲物に向かってくる気配を察知する。
少し急いで森の茂みを掻き分け、声の発生源まで歩みを進める。鎧のモンスターになって聴覚が無くなってしまうのかと思ったら案外そうでもない。耳が聴こえる所か、五感の全てが研ぎ澄まされ、他の生き物の気配を瞬時に感ずることが出来る。
金属の擦れる音を発てながら、先の見えぬ暗い森を進んでいく。一体、どうしてこの様な魑魅魍魎の住まう森に子供がただ一人捨てられているのか?
「いた...」
森の少し開けた場所に子供はいた。踞って嗚咽をあげている。周りから見れば格好の餌だ。生憎人間を食べる程モンスター色に染まってはいない。見過ごす事も......
背負っていた盾を持ち、両刃剣を構え何処から襲われても対処できる位置につく。
「そこのお嬢ちゃん。怪我はないかい?」
「ぅう!?」
駄目だ。声を聞き姿を見て気絶してしまった。自分の声は甲冑の中を反響し、重く濁った声音として発せられる。そして外見はおどろおどろしい鎧だ。そこらの衛兵とはオーラが違う。
「早いところ此処を去るのが良しか。」
幸いなことに、この子の元へ一番に辿り着いたのは自分であった。周りからは獲物を奪う機会を窺うハイエナのような輩がゾロゾロといる。圧を出して牽制しているが何時まで効くのか......
肩に子供を載せて、安定するように左腕で押さえる。左腕には盾を持っているので他のモンスターによる不意討ちもある程度は防げるだろう。
木々の間から覗く月を眺め、方角を認知し、近くにある街へ向けて歩みを進めていく。同時に周りのモンスター達も動き始めた。
振り切ることはできない。重い鎧である上に、子供を一人担いでいる。また、森の中であるが故に機動性のある奴等の方が有利だ。
女の子は体調が悪いような様子は見受けられない。心臓の拍動も鎧を伝って感じられる。気を失っているだけである。
服装は少し優美である。上等なシルクの白いワンピースに紺のブラウス、革のブーツを履き、銀の魔除けをつけている。髪は綺麗な金髪で、顔立ちも優れている。上流階級の子供のように見える。
「消えろ! 小癪な...」
木を伝って真上から飛び掛かってきた犬型を斬り払う。血の雨が降り頻るが、女の子は盾で防がれ、穢れる事はない。
胴が真っ二つに犬型は未だに目をギラギラ光らせて此方に噛みつこうとジタバタしている。
この動きに反応するかのように周りのモンスター達がガサガサと動きを始める。
流石に、女の子を庇いながらこの数を相手にするのは難しい。
モンスターの首を斬り落とし剣先に引っ提げて、辺りに見えるように掲げるとモンスター達は息を呑み、意気を落とし、気配を散らしていった。
[自分はモンスターだ。動く鎧というカテゴリーに収まる一モンスターだ。それが一体何をやっているというのだ。既に自分は人間ではないのだ。モンスターになったのであればモンスターらしく生きるべきではないのか?]
その様に考えた事も何度もあった。だが、自分は今自分が正しいと思うべきことを為すと決めたのである。後悔はしたくない。自分の心に従い悔いのない人生を...いや、モンスター生? を送るのだ。折角、モンスターとはいえ健康な身体を授かり受けたのだから......
「う...うん......」
おっと、臭い思考に耽っている内に女の子が目を覚ましたようだ。どうしよう? また気絶されたら、それはそれで運びやすいから良いのだが、ある程度彼女の身の上についても知っておいた方が良いだろう。
取り敢えず穏和な表情を... としたいところだが鉄の面がにやけることもない。
「私... 死ぬの?」
「安心しなさい。君を喰らおうなど考えてはいない。」
「夢?」
「現の世だ。取り敢えず君の名前を聞いておきたい。」
「どうするつもりなの?」
「君を街まで送る。」
「街......?」
「ああ、此処はモンスターの巣窟だ。君の様な子供が来る場所ではない。」
「私は森に捨てられたのよ。だから帰ってはいけない。」
「捨てられた?」
「私はね... 妾の子供なの。だから捨てられたの。」
「......」
「家に帰っても殴られるから...... 誰も私のことを好きじゃない。だから......」
「...」
抱き上げていた。女の子の頭に硬い鋼鉄の手を置き、硝子の人形を撫でるかのように。辛いとか可哀想とか偽善的な考えを持ったのだろうか。
取り敢えず、この子をどうにかしてあげたいと思ったのだろうか?
今は、ただ撫でることしかできなかった。
「あなたの手、痛い。」
「ごめんなさい。」
誤字、感想、アドバイス等あれば宜しくお願いします。




