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赤い花が咲いた  作者: 優 夜
3/3

第二話 桐咲十兵衛

 



「おはようございまーす」

「行ってきまーす」

 列をなして横断歩道を渡る児童達が、旗当番の保護者達へ次々と挨拶をしていた。挨拶を笑顔でする子や面倒くさそうにする子、頭だけ下げる子など多種多様。

 保護者は信号が赤になると児童達を旗で停止させ、青に変わると横断歩道に立ち、道路を渡る児童達の安全を見守る。至ってどこにでもありがちな光景だ。

 歩道では髪を腰辺りまで伸ばしたスカート姿の女性が信号を待っている。女性の斜め後ろには、痩せ形でニット帽を被り、黒縁メガネをかけた男性がいた。この男は(うつむ)き様でスマホを(いじ)っている。

 信号が青に変わり、女と男が横断歩道を渡り始めた。二人が渡り終えようとしたところ、信号が点滅する。すると、前方からランドセルを背負った女の子が横断歩道へと入ってきた。

「ちょっと待ちなさい、危ないわよ」

 保護者の一人がこの少女を呼び止めようとしたが、学校とは真逆の方向へ少女が駆け足で行く。

(何か忘れ物でもしたのかな……)男は少女のことが気がかりになり、立ち止まって信号を見た。

 点滅していた信号が赤になっていた。男が後ろを振り返ると、右折してきた軽自動車が黄色い帽子と赤いランドセルの少女を襲おうとしていた。

「危ないっ」男は無我夢中に少女のもとへ駆け寄る。

「きゃあああ」(うずくま)る少女。

 急ブレーキの音が辺りに響き、次の瞬間――。

 ドンッ――。

 車が人を()ねる鈍い音がした。倒れていたのは少女ではなく男の方だった。車と接触する間際、男が少女のランドセルを引っ張り自分の体を投げ出したようだ。

「大丈夫ですか」保護者の一人が急いで男へと近寄る。「救急車呼びますね」

「お兄ちゃん……」少女の顔は青ざめていた。

 男は仰向けに倒れており、口から出血をしている。かけていたメガネも外れ、地面に落ちていた。

 男が口元を必死に動かす。「はしぃ、すはあろ」どうやら意識があるようだ。

 男は顔だけを横に向け、横断歩道を見た。先程、横断歩道を一緒に渡っていた女性が少女を介抱していた。少女は泣きながら右手を女性に見せている。男に引っ張られて地面に手をついた時、怪我を負ったようだ。

 男はそちらへ笑みを浮かべると、眠るように気を失った。

 たくさんの野次馬に、カメラを向けられながら――。


 平屋の前の庭では、仙石澪八(せんごくれいや)が一人、(まき)割りをしていた。斧で次から次へと薪を割り、暖炉に入れやすいよう細かくしている。

「これくらいでいいか」一息入れる仙石。「今日も寒いな……はっくしょん」

 仙石はくしゃみをした後、良からぬ噂でも立っていないかと思い、辺りを見回す。そして読者(こちら)に気づいた。

 読者(こちら)に気づくや否や、まだやれますよ、と言い斧を握り薪を割っていく。「あっ」仙石はこう思った。「薪、割りすぎた……」


 一方、一ノ瀬七奈美(いちのせななみ)はリビングで外国映画『殺人鬼は○○フェチ』を観ていた。仙石のソファに座り随分とリラックスしている。

 この日の一ノ瀬は、上から赤いベレー帽、白のブラウス、紺のスカート、レース付きの白い靴下、とガーリーな服装。「私、絵描いてるんです」と言われたら「ああ、絵描きさんなんだ」と信じてしまいそうな格好だ。

【細くて綺麗だ……これからは僕だけのモノだよ】主人公の殺人鬼が、殺した女性の右手を(つか)み指を眺めている。右手を台の上に固定すると、血のついた包丁で切断した。

「うわぁ、これはグロいな」一ノ瀬は嫌悪感を抱き、チョコをつまむ。

 映画の物語りも進みエンディングを迎えた。

【貴方の近くにも僕のような人がいたりして――】殺人鬼が不気味な笑い声を上げ画面から姿を消した。

「そんな人、ここにはいま――」

「あのぉ」

 一ノ瀬の発言を誰かが(さえぎ)る。

「え……」一ノ瀬は声のした方へゆっくり振り返ると、知らない男がいた。「うわぁ、出たあああ」驚愕する一ノ瀬。

 そこにいたのは、事故に遭い()()へとやって来た男だった。「お、落ち着いて、ね?」

 一ノ瀬の大声が聞こえたのか、仙石が家の中へと戻ってきた。

「どうしたぁ、ななみん」リビングへ向かう仙石。

 スライドドアが開けっ放しになっており、リビングの中を仙石が覗く。

「あっ、おい、そこで何してる。どこから入りやがった、強姦め」仙石が強い口調で言った。

 仙石から見たら、男が一ノ瀬を襲おうとしているように見えたのだろう。男も慌てて釈明する。

「ち、違いますよ、誤解ですってば。俺はそっちから入ったんです」男が裏口の方を指差して言った。「襲おうとなんてしてませんよ。ほら」拳銃を突きつけられたみたいに手を上げる男。

 仙石は、こいつは怪しい、という目で彼を見ていた。

 一ノ瀬がソファの上で膝立ちをして、男の背後からひょこんと顔を出す。「仙石さん、私がビックリしすぎただけなんです」一ノ瀬が男を擁護した。

「そうですか、これは失礼しました」仙石が頭を下げた。

「いえいえ、人様の家の裏から勝手にお邪魔した俺も悪かったです。頭を上げてください」

 仙石は頭を上げる。「僕は仙石です。あなたのお名前は?」

「仙石さんですね。俺は桐咲十兵衛(きりさきじゅうべえ)、歳は二十四です」

「桐咲十兵衛くんか」仙石が言った。

 仙石は、自分より年下だと分かり『くん』付けで呼んだらしい。

 一ノ瀬がソファから立ち上がると十兵衛に近付き、彼を凝視(ぎょうし)する。「私より少し上か……そうには見えないなぁ」

 十兵衛は肌の色が白く頬が()けているので、一ノ瀬には彼が年下に見えたのだろう。

「てか、偉く古風な名前してますよね、十兵衛って」一ノ瀬が言った。

「ええまあ……父が五郎、母が五美(いつみ)と言って、二人の名前の五を足して十。それに父がなんちゃら兵衛と名付けたかったらしく、十兵衛にしたそうです」

「へええ」感心する一ノ瀬。「私は一ノ瀬七奈美です。『七奈美』や『ななみん』と呼んでくれても結構ですよ、十兵衛さん」

 十兵衛が一ノ瀬に対して頬を赤らめる。

「じゃ、じゃあ、七奈美さんで」十兵衛がもじもじしながら言った。

「とりあえず座りなよ、十兵衛くん」仙石がソファの方へ手を向けて言った。

 仙石は自分のソファに、十兵衛と一ノ瀬はコーナーソファに座った。

「早速ですが、これに触れてください」仙石がケースを開けてディスクを見せる。

 仙石は座る前に棚からケースに入ったディスクを取り出していた。

「な、なんです、急に」十兵衛は困惑している。「これに触らせてどうするつもりなんですか」ディスクを疑う十兵衛。

「早く触れ」

「は、はい……って、今誰が言いました?」十兵衛が二人を見た。

 仙石はあっけらかんとし、一ノ瀬は満面の笑みを浮かべている。読者(みなさん)もお気づきだろうが、()()は言わないでおこう。

「じゃあ、触りますよ」半信半疑で十兵衛がディスクを触った。十兵衛がディスクに触れたことで、ディスクが白い輝きを放つ。「な、何が起こったんですか」

「驚きました?今ので十兵衛さんの記憶が書き込まれたんですよ」

「記憶って、あの記憶?」十兵衛が不思議そうに一ノ瀬へ聞く。

「はい、あの記憶です」一ノ瀬が答えた。

「率直に言うと、十兵衛くん、君は今、死にかけているんです。ここは『生死の平屋』と言って、魂だけになった方がいらっしゃり、その方の記憶を当人と我々で観るんです」

 仙石の話しを聞いた十兵衛は落ち込む。「そうなんですか……俺は死にかけなんだ」

「何か覚えてますか?」一ノ瀬が十兵衛に聞いた。

「いえ、何も」

 十兵衛のこの発言に、仙石は何か引っかかる。

(そんなはずはない。例え記憶障害だとしても直前のことくらいは覚えている……十兵衛くんは嘘をついているのか?)仙石はテーブルを見つめながら考える。「ううん……それでは、十兵衛くんの記憶を観ましょうか」

 仙石は『桐咲十兵衛、二十四歳』と表示されているディスクを持って、テレビの方へ移動した。仙石がテレビの右横にディスクを挿入して、自分のソファへと戻ると、再生が開始された。


 学校のグラウンドでのサッカーの練習風景が映し出される。

【くそっ、怪我さえしなけりゃ】

 ブレザースタイルの制服を着た十兵衛が校舎の渡り廊下にいた。足には包帯を巻き、顔からは悔しさが(にじ)み出ている。

「十兵衛くんはサッカーやってたんですか?」仙石が興味深そうに聞いた。

「ええ、まあ高校二年の時に怪我をして辞めましたが……」

「ポジションは?」更に仙石が聞く。

「一応、フォワードやってました」

「へええ、僕もサッカーが好きでしてね。スペインのクラブチームを応援してるんですよ。どこか知りたいですか?言いますよ、レア――」

「映像変わってるぞ、仙石」

「……はい」

 仙石の一方的な喋りを一ノ瀬が止めた。

 映像変わり、大学の卒業式が行われている。

【おい、桐咲、お前就職活動失敗したんだろ。このまま卒業して大丈夫なのかよ】十兵衛の隣に座る男が言った。

【少し不安だけどな……まあなんとかやってみるよ】

 再び映像が変わる。

【十兵衛、あなたいつまで部屋に閉じ(こも)るつもり】十兵衛の部屋の前で、母親の五美がドア越しに話しかける。

【ほっといてくれ。今は俺に話しかけるな】十兵衛はテレビゲームに没頭していた。

「もしかして、十兵衛さんって引きこもり?」一ノ瀬が聞きづらそうに質問した。

 あまりにも直球な質問に十兵衛の顔がひきつる。「あはは、お恥ずかしながら……卒業してからも就職活動を頑張ったんだけど、なかなか上手くいかなくて」

(なるほど、無職か)仙石は心の中で呟く。

「そうなんですね。すいません、言いづらいことを聞いちゃって」

「いいよいいよ、七奈美さんは謝らなくて。俺がダメなだけなんだから」

 十兵衛は自分の右隣に座る一ノ瀬の方へ体を向けて喋っていた。が、仙石には十兵衛の視線が一ノ瀬の顔ではなく、スカートをはいた一ノ瀬の脚に目がいっているのが見て取れた。

(さっきから七奈美の脚ばかり見ている。ううん……)

 仙石は暖炉を見てあることを思いつく。少しニヤつくと気を引き締める仙石。(一か八か、だな)

 映像が飛ぶと横断歩道を渡る十兵衛が画面に映っていた。

 ピッと音がすると映像が停止する。仙石が一時停止ボタンを押したようだ。

 一ノ瀬が仙石の方を見る。「あれ、どうしたんですか、仙石さん」

「ああ、暖炉の火が消えかかっているから薪でも取りに行こうかと思って」

「そう言えばそうですね。お願いしまーす」

 仙石はスライドドアを閉めてリビングから出て行った。

「じゃ、じゃあ、俺もトイレに。お腹が痛くて痛くて」

 十兵衛がお腹をさすりながら出て行き、リビングには一ノ瀬だけが残った。

「あっ、十兵衛さん、トイレの場所分かるかな……まあいっか」独り言を言う一ノ瀬。

 一分もしないうちに二人のどちらかがリビングへと戻ってきた。ドアが開くと、一ノ瀬がそちらを見た。

「十兵衛さん、トイレ早かったですね。お腹の方は大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫でしたよ」十兵衛が右手を背中の後ろで隠し一ノ瀬のもとへ歩み寄った。「何も痛くは」隠していた右手の包丁を一ノ瀬に向けて振り(かざ)す。

「えっ」愕然(がくぜん)とする一ノ瀬。

「ありませ――」

 ビリリリリリッ――。

 右腕を誰かに掴まれたまま十兵衛が気絶した。掴んでいたのは仙石だった。仙石の左手の紋様が青く光り、電気を帯びている。この左手をスタンガンのようにして十兵衛を気絶させたのだろう。

「大丈夫か?」仙石が一ノ瀬を案ずる。

「せ、仙石」ほっとする一ノ瀬。「なぜ十兵衛さんは、私なんかを」

「さあな。でも、七奈美の脚ばっか見てたのは確かだ」

「そうですか……」

 一ノ瀬の表情を見て何かを察する仙石。「まあ、数十分で目が覚めるから」


 気絶した十兵衛が仙石のソファに座らされていた。仙石は一ノ瀬と一緒にコーナーソファに座っている。しばらくすると十兵衛が目を覚ました。

「うう、痛っ」十兵衛は体が痺れていた。

「十兵衛、そこを動くな」仙石が威圧する。

 十兵衛は仙石に対して恐怖心が湧いたのか、ただただ頷く。

「十兵衛さん、なぜ五人もの女性を殺したの。それに少女を救ったのはなぜ」

 仙石と一ノ瀬は映像の続きを観ていたらしい。その映像はどこかで停止している。

「俺は、女の綺麗な脚を見ると興奮するんだよ。七奈美さん、君の脚も綺麗だから、俺のモノにしようとしたんだが……あの少女を助けたのは、成長を楽しみにってところかな」

「……」一ノ瀬は黙る。

「脚フェチか。十兵衛、七奈美は君と話しをする時も顔じゃなく脚を見ていたのを気づいていたぞ。わざと知らないフリをしていたようだが。それに事故に遭う前は六人目も狙っていたようだね、未遂に終わって何より。まあ、僕が行動に移したおかげで君の本性が暴けて良かったよ」

「あははっ、完敗ですよ、仙石さん」

「十兵衛さん、続きを観てください」一ノ瀬が再生ボタンを押す。

 十兵衛が階段を降りて外へ出かけた場面から再開された。

【五美、あいつはまた出掛けたのか。夜な夜な何をしに行っているのか、全く】テーブルのイスに座る十兵衛の父親、五郎がご立腹といった様子だ。

【そうねえ。五郎さん、もしかしたらあの子は、こっそりとアルバイトでも始めたんじゃないかしら】五美が皿を洗いながら嬉しそうに言った。

 これを聞いた五郎も、フン、と鼻で笑う。

 ここで映像が終わりメニュー画面へと戻った。

「十兵衛さんはこれを見て何も思わないんですか」

「……」

「それでもあなたは人間なんですか」

「……」

 一ノ瀬の問いに、十兵衛は無言でいる。

「とりあえず、外に出ようか」仙石が言った。

 三人は裏口から外へ出ると、霧がかかる一本道の手前に植木鉢が置かれていた。仙石は水の入ったコップを左手に持っており、十兵衛に鉢の上で(すく)う手をするよう命令した。

 仙石の左手の甲が赤く光る。「水、渡すから、かけてね」

 仙石はコップの水を十兵衛の掬う手に流し、十兵衛はその水を植木鉢の中の土にかけた。

「これでいいですか?」

「ああ、あとはこの道を歩い――」

「はい」

 仙石の話しの途中で、十兵衛は足早に霧の道へと向かった。

 十兵衛の姿が見えなくなると一ノ瀬が口を開く。

「仙石さん、十兵衛さんは帰れますかね」

「下を見ろよ」

「えっ、もう赤い花が咲いてる」

 二人の足もとには真っ赤な花が咲いていた――。


 十兵衛が目覚めたのは事故に遭った翌日のことだった。病院のベッドの上で正午を迎えようとしている。ベッドのテーブルには、一輪の赤い花が花瓶に入れられて置いてあった。

「うう」目を覚ます十兵衛。

「十兵衛、大丈夫か」五郎が心配そうに言った。

 五郎の隣では五美が泣いている。

「お兄ちゃん、ありがとう」

 突然声がした方を見る十兵衛。声の主は昨日助けた少女だった。(そば)には刑事もいる。

「どういたしまして」十兵衛が少女に笑顔で言った。

 十兵衛がこの部屋を、自分と刑事の二人だけにするよう三人へ頼む。そして二人きりになった。

「刑事さん、実は俺が、最近この辺りで起きている『女性切り裂き殺人事件』の犯人なんです」

「どうして急にそんなことを」

「俺は本当のことを言っているんです。信じてください」

「わ、分かった」刑事は携帯電話を取り出すと病室から出て行った。

 寝たまま空を見つめる十兵衛。(これでいいんでしょ、七奈美さん)

 窓からの風で赤い花がゆらゆらと揺れる中、十兵衛の揺れていた気持ちも、償いを受けることでけじめをつけたようだ――。


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